公家勢力の迷走1
この剣はどう見ても、普通の剣ではない。疑い深い自分でさえ、ひょっとしたら本物かもしれない……という気持ちが湧いてくる。自分にやっと運が向いてきたのだ! 天は我を選んでくれたのだ!
晴良は、剣を鞘に納める。大急ぎで三宝を持ってこさせ、上座に置いた三宝の上に恭しく剣を置いた。そして大げさにその前に跪き、仰々しく拝礼するのである。
「義隆殿! これは安徳天皇とともに海底に沈んだ、天叢雲剣に間違いない!」
「何と……これは! 天のお導きなのか!」
義隆も上座に置いた剣の前で跪き、仰々しく拝礼する。さすが義隆殿、素早く我が意をご理解いただいているようだな。都落ちし、沈んだ我の晴良の心が晴れ渡る。
三種の神器が、赤間関に打ち上げられたという噂が、周防のみならず西国の国々で噂になる。なぜかって、それは忍者撹乱隊が噂を流しまくっているからだよ。
そんな時……
『都の仏像から血の涙が流れた。それも1体だけではない』という噂が、周防に流れてくるのである。
晴良は、急いで都に残る子飼いの公家たちに確認する。何人もが同じことを知らせてくる。この噂はどうも本物のようだ! 赤間関に打ち上げられた天叢雲剣は、意外と本物なのかもしれない……という気持ちが益々強くなっていく。
残り2つの神器などはどうでも良い、偽物を適当に作らせておこう。とにかくこの剣には、見た者に本物の天叢雲剣だと信じ込ませる力がある。それで十分なのだ。騙せるものは、1つあれば十分なのだ。
晴良は、体全体に自信と力が漲ってくるのを感じる。天叢雲剣が我らのもとにある限り、百万の軍勢を持ったようなものだ。
大内館に天叢雲剣を始めとする三種の神器が揃ったことに加え、都の仏像から赤い涙が流れたという噂を耳にし、大内家の家臣たちは『大内家が天下人に選ばれた』と沸き立っているのだ。家臣が3人集まればその話で持ち切りなのだ。
舞台が整ってきたではないか。後奈良天皇と疎遠になりつつある第一皇子の方仁殿下にも、周防の三種の神器の噂や、仏像の噂は耳にしておられるはずだ。
良き流れじゃ! 勢いは我にあり! 我は天に選ばれた!
この勢いで殿下に声を掛ければ、必ず話に乗って下さるに違いない。流れは我にあり!天命を得た時とはそういうものであろう!
晴良は先の展開を想像しながら、熱狂に心が満たされていく。
問題は、都に張り巡らされた忍びの結界だ。しかし、大内家、毛利家、尼子家が飼っている忍びを、全て使い潰すつもりで仕掛ければいい。流れは我にあるのだ! 殿下に周防まで来ていただけるに違いないのだ。
卑しき忍びの命など、何百人失われようといいではないか! 高貴な方のために死ねるのだ! 下賤な奴らにとっても本望であろう。誰かある! 大内家、毛利家、尼子家に、この文を届けよ。
しかし、大内家、毛利家、尼子家の忍びたちは、とっくに大名家から心が離れている。晴良から依頼された内容は、すぐに俺が知ることになる。連絡に来てくれた忍びには「しばらく二条晴良の命に従っておくべし」と、感謝とともに多くの銭を渡しておいた。
……30日が経過する……
「方仁殿下を都から連れ出せと命令を受けました」と、大内家、毛利家、尼子家の忍びの頭領たち3人が、京にいるオヤジたちのところに報告に来ている。場所は、京に設けた複数の忍び拠点の1つだ。傍目には、商家にしか見えない。
オヤジたち3人の前で、忍びの頭領3人が畏まっている。
「二条晴良様の命により、明日の夜更けに殿下のところに向かうことになっております。その仕事のため、大内家、毛利家、尼子家の忍びは、都の様々な場所に身を隠してしております」
「遠路ご苦労! 都の警備は緩々にしている。殿下が西に行きたいというのであれば、周防まで丁重にお連れしてくれ。今日の夜は、ささやかながら酒と料理を用意している。里では苦労が絶えないと聞いているからな」
「連れてきた忍び衆も、店の客や商人のふりをしながら、この店に集まるよう伝えよ。百人くらいなら詰めて座れば大丈夫だ」
時間を分けて、大内家、毛利家、尼子家の忍びたちが店に集まってくる。何が起こるのか? 忍びたちが緊張した面持ちで部屋に入る。襖が開け放たれて大広間ができている。大広間から見える庭も手入れが行き届いている。
夕方になり、大広間に膳と酒がどんどん運ばれてくる。料理の種類も多く、どれを見ても美味しそうなのだ。こんな料理はこれまで生きてきて1回も食べたことがない。
オヤジたち3人が上座に座ると、集まった忍び全員が一斉に頭を下げる。
「せっかく京の都まで来たのだ。あまり飲み過ぎない程度に、飲んで食って楽しんでくれ。京の料理も美味いぞ。それから大内家、毛利家、尼子家それぞれの頭領たちは、こちらで、我らと酒を酌み交わそうではないか。自国のことをいろいろ教えてほしいからな」
忍びたちは驚いた。こんな立派な料理を食べて良いのだろうか? 料理を口にすると、美味くて涙が出てきた。止めようとしても箸が止まらない。
飢えないために、自分も家族も何でも食べてきた。食べなければ死ぬ。ただそれの繰り返しだった。子供や妻の顔が目に浮かぶ。この料理はありがたいが、家族に食べさせてやりたい!
「頭領たちに、それぞれ銭を渡しておく。里の者にも美味いものを食べさせてやってくれ。我ら伊賀も十数年も前はお主たちと同じだったのだ。緊張せず。楽しんでくれ」
なんと、家族にも美味いものを食べさせてやれるのか。大内だの、毛利だの、尼子だの、あんな奴らのいうことなんか聞けるか! 伊賀の忍びだった玄武王様に、どこまでも付いていこう。周りの忍びの表情を見たが、同じことを思っているのが表情で分かる。
戸惑ったり、感激したり、涙ぐんだりしながら、忍びたちは酒を飲む。美味い!
これ以上は止めておこう。明日の仕事に差し支える。
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