09 夏弦は魔法を使って多くを思い出した。ハルバートは今のユリアーノを愛している。
正月休みに入るので、今日から一週間毎日、更新しようかと思います。
ハルバートは毎夜、私を主寝室に誘う。
新婚で盛り上がっているのか、ハルバートの勢いは衰えず、ついていくのが大変だ。
若いって凄いなと感心しつつ、ユリアーノの体も受け入れることに馴染んできていた。
一度愛された後、ハルバートは私を抱きしめて「今日は助かった」と言った。
私を強く抱きしめる腕が心地いいと思い始めているのは、愛なんだろうか?それともこの家で唯一すがることが出来る人間だからなのか?
「何がですか?」
「ヴィレスタと話をしてくれたのだろう?」
「ちょっとお話をしただけです」
「ユリアーノのおかげだ」
「今日お話してちょっと引っかかったのですが、ヴィレスタ様は何か知っておられるのかもしれません」
「何かとは?」
「バリファンのしたことを」
「なんだと?」
ハルバートは上体を起こして私を見下ろす。
「はっきり仰ったわけではないですが、コンチェスタが今も恨んでいる理由を知っていると仰っていました」
「どうしてヴィレスタが・・・」
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夏弦がおかしなことを言い出してから健次はずっと戸惑っていた。
今まではこういった悪ふざけをするようなことはなかったし、そういうタイプでもなかった。
どう見ても夏弦なのに、行動は異邦人にしか見えない。
夏弦が話した内容は自分勝手なものでとても受け入れられるようなものではなかった。
殺したいほど憎い相手と結婚をしたくないのなら相手を殺すなり、自殺なりすればいいのだ。
夏弦を巻き込む理由がどこにあると言うのか。
俺を見下すような態度にも腹が立った。
夏弦が今どんな目に合っているのか心配でしかたない。
ユリアーノと名乗る夏弦では、仕事に行かせられない。
町中を歩くことも、電車に乗ることもできないだろう。
この先どうすればいいんだ?
夏弦の顔をした他人の面倒を見ていくのか?
「元に戻れる可能性はあるのか?」
「ないでしょう」
「この世界であなたはどうやって生きていくんだ?」
「・・・・・・解りません」
「あなたではこの世界で生きていけないと思うぞ。野垂れ死ぬのが関の山だ」
「両親が面倒を見てくれるものじゃないんですか?」
「この世界では成人した大人の面倒を見る親は居ない」
一部例外はあるが、それは言わない。
夏弦の親は面倒は見ないと言いきれる。
「親は子の面倒を見るものでしょう?」
「子供に限るな。成人している子供の面倒は見ない。ここに来た方法が解っているなら、戻ったほうがいいと思うぞ」
「夏弦のこの体では魔術が使えません。向こうで夏弦が万が一、私が使った魔術を同じように使ったとしても元に戻る可能性はゼロでしょう」
苛立ちが募る。
夏弦に会いたい。
だが、夏弦が戻る可能性がないなら、この女と一緒に居る理由は俺にはない。
俺は腹をくくる時が来ているのではないかと思った。
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図書室で魔法について書かれた本があり、喜び勇んでページを捲っていく。
この世界ってやっぱり魔法があるのね。
魔法で何が出来るんだろう?
読み進めるが、意味がまったく解からない。
理解できる魔法の本を探してみたが、この図書室にはなかった。
ハルバートに「図書館に行きたい」と言うと「気を付けて行け」とあっさり送り出された。
***
図書館で初心者向けの魔法書を数冊出してもらい、読み進める。
決められた呪文があり、その呪文に魔力を乗せると魔法が発動する。・・・らしい。
一旦席を離れ、野外に出て、魔法を発動させようとして、思い出した。
ユリアーノの魔法に対する知識を、実力を。
そして、ユリアーノのせいで私との入れ替わりが起きたのだということも理解した。
ユリアーノが図書館で最後に借りた本を手に取り、貸出の手続きを取って帰路の馬車の中で魔法を一通り使ってみた。
初心者向けの魔法だけれど、全て使えた。
ユリアーノは魔法が得意だった。
けれど、その事は秘密にしていた。
秘密にしていた理由は思い出せなかったけれど、ユリアーノには隠さなければならない理由があった事は本能的に理解した。
初級の魔法を次々に使って、炎の魔法を使った時に、思い出した。
何時かバリファンに仕返しをするつもりで、魔法が使えることを隠していたのだった。
ユリアーノはこの手で、エルマリートの敵を討つんだと心に誓っていた。
ユリアーノの代わりに死んでしまった従兄弟。
祖父に言い聞かされたオリステーレは敵だということ。
絶対にバリファンを殺すという強い決断に、手を下す前に死なれてしまって、ユリアーノは絶望に陥った。
ユリアーノはバリファンが死ぬ前にハルバートかヴィレスタを殺せばよかったと毎日悔やんでいた。
ハルバートとの結婚を嫌がって逃げ出したのは、ユリアーノにとって当たり前のことだったのだろう。
巻き込まれてしまう他人の気持ちなどはどうでも良かったのだろう。
ユリアーノの勝手な振る舞いに腹がたった。
私は私の世界で、日々不満はあれど、幸せだったのだ。
ユリアーノには何も渡したりしない。
健次は夏弦のものだ。
私が強い決断をしたからか、魔法を使えるようになって、ユリアーノの記憶を思い出すことが増えてきた。
それと同時に夏弦のことも詳細に思い出せる。
ところどころが空白があるけれど、ユリアーノの記憶はほぼ手に入れた。
自分の立場や取るべき行動が解った。
口に出す言葉が正解かどうか怯えずに済むようになった。
健次は同棲中の彼氏だった。
結婚のタイミングを外してしまっていたが側に居てほしいのは健次だけだった。
健次、どうしてるかな?
ユリアーノと健次は間違いなく合わない。
健次から私を取り上げたユリアーノを許せるはずがない。
私の体と中身の違いにきっと苛立っているはず。
そう思いたい。
健次ごめんね。私、ハルバートと結婚しちゃったよ。
結婚する相手は健次だと思っていたのに・・・。
ここで生き抜くために頑張るよ。
だから健次・・・健次も幸せを選び取って。
借りてきた魔法書を読み終わり、魔法に関することを全て思い出し、理解した。
失われたとされる入れ替わりの魔法も理解した。
そして私が夏弦に戻れないことも解ってしまった。
ユリアーノが使った入れ替わりの魔法を使っても、その時、同じ行動をとっていないと、相手と結びつかない。
同じ行動をしている他の誰かと入れ替わりが起きてしまうだけだ。
ユリアーノは鏡の前で自分を見つめて入れ替わりの魔法を使った。
夏弦は家に仕事を持ち帰り、仕事に詰まった時にふと鏡を見て疲れた顔をしていると思っていた。
そのタイミングが合って、私とユリアーノが入れ替わってしまった。
戻れないなら仕方ない。この場所で自分の望む道に進むだけだ。
健次のことだけは、戻れなくてもいいとは言えないけれど・・・。
健次に一言伝えたい。
ユリアーノなんて捨ててしまってと。
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調べた結果、爺様、曾祖父様はコンチェスタにこれといった何かをされていたわけではなかった。
過去の戦争の恨みをつのらせて、狂っていっただけだった。
「父上・・・どうしますか?」
「・・・・・・謝罪せねばなるまい」
「謝罪しても許されるとは思えませんが・・・謝罪しないよりましでしょうね」
シアとランドールの顔を見たが意見はないようだった。
「我々はこの十年、コンチェスタの我慢の上でのうのうと暮らしてきたことになる」
「そうですね」
「ヴィレスタを少しでも守ってやりたい」
ユリアーノのことを私は思ったが、何だか彼女は大丈夫な気がした。
学生の頃、遠くから見ていたユリアーノと、今のユリアーノは別人だと言いたくなるほど違うように思う。
学生時代のユリアーノは私を見ると視線で人が殺せるのなら、ユリアーノの視線ではないだろうかと思っていた。
今思えば本気で私を殺したかったのだろう。
けれど、結婚式の日からユリアーノの視線は柔らかくなり、私を拒絶することも無くなっていた。
勝ち気なところもあるが、それは好ましいと思える程度のもので、私をより一層惹きつけてやまない。
ヴィレスタのことも、オリステーレから頼むのではなく、ユリアーノから言い出して動いてくれている。
こんな優しさをユリアーノが持っているとは思わなかった。
結婚前に見ていたユリアーノと、結婚してから見たユリアーノがあまりに違って、戸惑う。
今のユリアーノは前よりもっと好ましいと思う。
結婚前はほのかな憧れみたいなものだったけれど、今のユリアーノの事は愛しているとはっきり言える。
強く凛とした美しい顔を思い出し、柔軟な思考を持つユリアーノを抱きしめたいと思った。
「ユリアーノに説明をせねばなるまい」
「そう、ですね」
父の言葉に、ズンッと胸の中に重いものが落ちた気がした。
図書館の本には魔術と記載されているですが、夏弦は魔法という言葉から抜け出せません。
夏弦が全ての記憶を思い出すまで後一歩です。