08 ユリアーノは実家へ帰るけれど、祖父は会ってはくれない。
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ベッドの中で自信を取り戻したのか、ハルバートは初心者相手とは思えない程激しかった。
夕飯を食べ損ない、部屋に二人分の食事が運び込まれた。
その間、ハルバートは私を背後から抱きしめたまま離さなかった。
誰もいなくなると、強く抱きしめられる。
「すまない」
「何がですか?」
「何もかもだ」
「ハルバート様は悪くないでしょう」
「オリステーレが全面的に悪いかもしれない。調べてはいるが、爺様が狂っていたとしか思えない」
私が体をこわばらせたのがハルバートに伝わる。
「すまない」
私は体の力を抜いてハルバートに身をまかせる。
「私はユリアーノと幸せになりたい」
ハルバートはユリアーノを愛しているのだと気が付いた。
「調べがついたならコンチェスタと話し合いましょう」
「そうしなければならないな」
「ヴィレスタ様を守って差し上げないと、酷い未来が待っています」
「ああ」
「ですが、兄が何をどう感じているのか私には解りません」
「そうか・・・」
「兄はエルマリート兄様と仲が良かったので」
きつく抱きしめられた。
私はハルバートの方を向き、ハルバートの頭を抱きしめた。
ヴィレスタが夕食を辞退したあの日からヴィレスタは部屋から出てこなくなった。
食も細くなっているようで、食事にほとんど手を付けなくなっているとハルバートが言った。
「ハルバート様、一度実家に帰らせていただいてもいいかしら?」
「何しに行くんだ?」
「兄の考えを聞きに」
「・・・・・・わかった。頼んでいいか?」
「勿論です」
***
「ただいま戻りましたと言ってもいいのでしょうか?」
父が私を見て驚き、無事であることを喜び、泣きながら私を抱きしめた。
屋敷中の者が玄関ホールに集まり、無事を喜んでくれる。
メイドから調理人まで全員がホールに集まり、名前と関わりを思い出すことが出来た。
いつも父の背後に控え、ひっそりと佇む母に足を向け、抱きつく。
母はぼたぼたと涙をこぼし「無事で嬉しいわ」と何度も言った。
これだけでもオリステーレとコンチェスタの温度差が解る。
オリステーレはちょっと意地悪はするけど、殺傷沙汰は考えてはいない。
まぁ、義母に関しては良く解からないけれど。
三十分も玄関ホールにいただろうか?カールに促され応接室へ家族で向かった。
「私、今日はお兄様とお話がしたくて・・・」
「私達が居ては駄目なの?」
母が真っ赤な目をして文句を言う。
「駄目なわけではないのですが、先にお兄様と二人で話してみたいと思います」
「解った」
両親とカールが出ていくのを見送り、兄と並んで座った。
「お兄様」
兄に抱きついた。
「よく戻ったね。辛くはないか?」
「大丈夫ですよ」
痛ましい者を見る目を私に向け、私に話すよう促した。
「私があちらの家でどんな扱いを受けていると思われますか?」
ぐっと奥歯を噛み締めた兄が言葉に詰まる。
「お義母様は少々嫌味を言いますが、概ね一般的な嫁として扱われています」
「ありえないっ!」
「いえ、本当です。白い結婚でもありません」
「そんなっ!」
白い結婚のほうが家族にとっては良かったのかもしれない。
「ハルバート様には愛されていると自信があります」
「そんなことありえないっ!」
「私もそう思っておりました。ですが屋敷内では自由でどこに行こうが咎められることはありません。ハルバート様の執務室にも、お義父様・・・いえレーベリッヒの執務室にも入りました」
「ありえない・・・」
「お兄様はヴィレスタ様と来年結婚することになりますが、どうされるおつもりですか?」
「どう・・・とは?」
「どう扱われるのですか?」
「それはっ!」
「お兄様がヴィレスタ様に酷いことをしたら、それがすべて私に返ってくると想像していただけていますか?」
「!!」
兄が目を見開く。
「私、あちらの家でも同じことを言いました。私が受けた扱いはヴィレスタ様が受ける扱いだと」
「それは・・・そうだな・・・」
「私は先に使わされた人質ですもの」
「そう、だな」
「もう一度聞きます。ヴィレスタ様をどう扱われますか?」
「わからない・・・」
「考えていただけますか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
両親にも同じ話をした。
そして同じ質問も。
「ヴィレスタ様になにかあると酷い未来しかありません。陛下もきっとそうお考えでしょう。私とヴィレスタ様の命は陛下にとって軽いものだったのでしょうね。どちらかに何かがあれば、両家共潰されてしまいます。陛下は私達両家のことは、無くなってしまったほうがいいとお考えなのかも知れません」
両親、兄とカールが歯を食いしばる。
「私は酷い未来をなんとか回避したいと思っています。お父様達は私を助けてくださいますか?」
その日、返事は貰えなかった。
私は帰る時間だ。
泊まって行けと引き止められたが、それは無理だと答えた。
「人質は人質らしくせねばなりません。また遊びに来てもいいですか?」
「勿論だとも!何時でも帰ってきなさい!!」
「ありがとうございます。お祖父様は顔を見せてくださいませんでしたがお元気ですか?」
「元気にしているよ」
私も両親も同じことを考えているのだろう。
お祖父様にはもう、会えないのかもしれない。と悲しく思った。
ハルバートの執務室に顔を出す。
破顔したその顔に心臓がひとつ大きく跳ねた。
「帰ったか」
「はい。ただいま戻りました」
私の元までやって来て、ランドールが居ることにもかまわず挨拶以上の長いキスを落とされた。
「コンチェスタからの返答はありませんでしたが、ヴィレスタ様のことも考えてみると言っておりました。ただ、お祖父様だけは・・・」
「・・・解った。ありがとう」
「私、明日にでもヴィレスタ様と少し話してみますね」
「頼む」
ヴィレスタの部屋を何度かノックしたけれど、返事はない。
ドアのノブに手をかけると、簡単にノブが回り、抵抗なく開いた。
「ヴィレスタ様・・・」
ベッドに夜着のまま、小さく丸まった姿があった。
たった二週間ほどの間に二回りも小さくなってしまっている。
ベッド脇に椅子を持っていき、腰を下ろす。
「さっき、ヴィレスタ様の未来の旦那様に会ってまいりました」
ヴィレスタの体がビクリと震える。
「私の兄は悪い人間ではないのですよ」
がばりと起き上がり私を見た。
「でも、私はオリステーレの人間だわ!」
「そうですね」
「私知っているの。コンチェスタが今も強く恨んでいる理由を!!」
「えっ?」
「嫁いだらきっと私は殺されるわっ!!」
「今の状態も死んでいるのと変わらないのではないですか?」
そっとヴィレスタの手を取る。
「それは・・・」
「ヴィレスタ様が殺されるかどうかは私には解りません。ですが、今から怯えてもしかたがないことだと思いませんか?どうせ死ぬのなら楽しんでから死なないと損ですよ」
「・・・・・・損得の問題?」
「私はヴィレスタ様を守る人質です。ヴィレスタ様にも私を守る人質になっていただきたいと思います」
「私がユリアーノ様を守る?」
「そうです」
「でも、人質なのね?」
「私の立場を他に表現するなら、嫁入りです」
「ふっふふふふっ。そうね」
「姑、小姑にいびられるのは普通のことではないでしょうか?」
「普通なの?」
「母親にとっては可愛い息子を取ったにくい嫁。というのは普通のようですよ?」
「そう言われてみればそうかもしれないわね」
「兄とヴィレスタ様は個人的に合う、合わないもあるでしょう。それに私達には歴史も絡みますから」
「そうね・・・」
「内に籠もらず発散して下さい。私に当たってもいいですし、ご両親やハルバート様に当たってもいいと思いますよ」
「そうね」
「ヴィレスタ様は、今と言う時間を無駄にしています。さぁ、食事に参りましょう。まずは体力をつけて、全てを跳ね返す位の力を蓄えましょう」
暫く躊躇った後、ヴィレスタは顔を上げた。
「わかったわ。着替えたらダイニングに行くわ」
私は微笑みを浮かべ、ヴィレスタの着替えを頼むためにナイトテーブルの上にあるベルを鳴らした。
メイドが私を見て訝るが「ヴィレスタ様がお食事に向かわれます。ご用意を」と伝えると喜んでヴィレスタの用意を始めた。
その日の夕食は義母も嫌味を言わず、和やかな時間になった。