07 オリステーレはバリファンのしたことの再確認をとる。
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「爺様はなぜエルマリートを殺したのかわかったのですか?」
「私の方が聞きたい。解らないことをここで話していても仕方ない。エルロイを呼ぶ」
駆けつけたエルロイに事実を話せと脅しても透かしても口を開かなかったが、ユリアーノが全て見ていたと言ったらエルロイは一筋涙を流した。
「覚えていらっしゃるのですか・・・」
「爺様がユリアーノを殺そうとしたのは本当なのか?!」
エルロイは重々しく口を開いた。
「バリファン様はどこか狂っていたのではないかと思います」
「そんな素振りは見当たらなかった!」
「コンチェスタ家に関わることにだけ、と言ったほうがいいかもしれません。オリステーレの歴史書を何度も何度も読み返し、亡くなった者の名前を暗唱し、何百年も前の死者をまるで我が子が死んだかのように悼んでらっしゃいました」
誰かのため息が漏れた。
「バリファン様のお父君もコンチェスタの事を酷く恨んでらっしゃいました。お祖父様のお祖父様が殺されたのだと言い、王命で仇を取ることができなくなった事を嘆き、王を恨んでらっしゃいました。亡くなった者達は勿論戦争で亡くなった者達のことです。その恨みは何故か薄れず、日に日に濃くなっていったように思います」
一口お茶を飲み、エルロイは話を続ける。
「これも英才教育と言うのでしょうか?バリファン様は幼少の頃からコンチェスタ家への嫌がらせは欠かしませんでした。嫌がらせをすればするほどバリファン様の中ではより酷く、もっと残虐に報復しなければならないと思い込んでいったのだと思います」
父も私も声も出せない。
爺様は俺たちに向ける笑顔の裏でずっとコンチェスタに嫌がらせを続けてきたのか!
「私どもが止めようとすると癇癪を起こし、手がつけられないような状態になる事が度々ありました。ですが、コンチェスタが関わらないと何事も冷静沈着に対応していらっしゃいました。何がどうしてそこまでと我々は思っていました・・・」
エルロイはふた口お茶を飲んだ。
「ある日、エルマリート様とユリアーノ様が二人で、いえ、護衛も勿論いました。買い物に来られていたのをバリファン様が見つけてしまいました。ユリアーノ様の誕生日が近く、そのプレゼントを買いに来ていたのだと後から噂で知りました」
エルロイは首を振り、祖父に切られた場所だろうか?肩の辺りを何度も擦る。
「バリファン様は執拗にその後をつけ、護衛の目が子供達からそれる瞬間を待って剣を抜き、ユリアーノ様に切りかかりました。エルマリート様がいち早くそれに気付き、ユリアーノ様を庇われたのです。大きな血管が斬られたのか、血が吹き出し、バリファン様は返り血で酷く血濡れていて、その形相は正常な人のものではないと私は思いました」
エルロイは傍にあった水差しから水を汲み、コップ半分ほどの水を一気に飲み干し、息を漏らした。
「コンチェスタ家の護衛が気付き、こちらに駆け寄ってくるより早くバリファン様はユリアーノ様に切りかかりましたが、七歳の子供を切らせるわけにはまいりませんでした。私は身をもってお止めいたしました。子供ばかりを狙ったバリファン様の行いは誰がどう見ても蛮行としか言えませんでした」
「あの時の怪我は父がつけたものだったのか!?」
エルロイは父を見返し、首肯いた。
「ユリアーノ様はエルマリート様の傷口を必死で押さえていらっしゃいました。泣くこと無くバリファン様を睨みつけ、その行いを見ていらっしゃいました。その時に思いました。あぁ、また憎しみの連鎖を新たに産んでしまったのだと・・・。レーベリッヒ様がせっかくコンチェスタを恨むことがないようにとハルバート様達を育てていても、バリファン様にはそれが受け入れられなかったのです」
父、レーベリッヒが頭を抱える。
「レーベリッヒ様が、憎しみの連鎖を打ち消そうとする度に、バリファン様は憎しみを生産していったのです」
父は拳をひとつテーブルに振り落とした。
「私は知らないが、コンチェスタから嫌がらせを受けていたのか?」
淡々と問いかけようと努力したが、私の声は怒りに震えていた。
「仕事でぶつかることはありましたが、コンチェスタは礼儀正しく接していたと記憶しております。それこそ、コンチェスタは戦争のことをいつまでも引きずるのはおかしいとさえ思っていたでしょう。エルマリート様が亡くなるまでは」
「救いがない・・・」そう私が漏らしたら、父が苦々しく「そうだな」とポツリと言った。
エルロイの話を聞いてから、今まで読まれることがなかった爺様の日記を読むことになった。
それが終わったら曾祖父様の物も読むことになるだろう。
なんとかコンチェスタの非を見つけたいと思った。
私と父、エルロイ、シアの四人で読み進めたが、コンチェスタのことだけ、常軌を逸していた。
王家から、祖父の代でもコンチェスタとの婚姻を提案されていた。
祖父は頑として受け入れなかった。
祖母と結婚し、父や叔父、叔母が生まれ、我が子にコンチェスタを恨むように育てているにも関わらず、上手くいかないと延々と書かれていたものあった。
父の結婚話が出た時、コンチェスタとの結婚を王家から持ちかけられていたが、祖父が断固として受け入れなかった。
年齢的に不釣り合いなこともあって、王家も無理は通そうとはしなかった。
父は父の代にも婚姻話があったことは知らなかったと言った。
すべてに目を通したが、コンチェスタに恨みを募らせるような出来事はどこにも書かれていなかった。
書かれていたのは爺様が父親に教え込まれたことと、ぼろぼろになった戦争で亡くなった者達の名前が書き綴られた本だった。
その名前は写本され、何十冊も見つかった。
コンチェスタに代々亡くなったものの名前が書かれたものがあるのではなく、オリステーレ・・・爺様が書き写していたのか。
爺様は書き写しては恨みを募らせていったのだろうか・・・。
ランドールに陛下に拝謁願いたいと申請してもらい、翌日の午後にお会いしていただけると返答があった。
「陛下は爺様、バリファン・オリステーレの事をどの程度知っておられるのですか?」
「なんだ、ユリアーノの話ではないのか?」
からかわれ、ちょっとムッとしたのが顔に出たのか、陛下に声を上げて笑われた。
「このタイミングでバリファンの名が出るということはユリアーノは無事に生きているんだろうな?」
「当然です!ユリアーノを害そうなんて考えたことはありません!!」
陛下はせつなそうな顔になった。
「ユリアーノは違うだろう・・・」
「爺様の愚かな行いを知っていてなぜユリアーノとの婚姻の王命を下されたのですか?」
「簡単なことだ。お前がユリアーノに惚れているからだよ」
「なっ!!」
赤面したのが分かった。
「大事に守るであろう?」
「当然です」
「前王も、その前の王もオリステーレとコンチェスタの婚姻は成すべき事柄と考えていたが、実現できなかった。時期は悪いと思ったが、漸く実現出来た」
「ですが、コンチェスタの恨みはとても強いものになっているではないですか!」
「恨みが薄くなる日が来るのか?後何百年待てばいい?」
「それは・・・」
「私はハルバートとユリアーノにかけることにした。愛をもって幸せになれ」
「ですが、ヴィレスタはどうなります?!殺されに行くようなものではないですか!!」
「だからユリアーノという人質を先に手に入れさせたであろう?」
「ヴィレスタの婚姻を二年後にしてもいい。上手くやれ」
「陛下!!」
「オリステーレには貸しがある。エルマリートを殺したことに目をつぶってやっているんだからな。オリステーレはバリファンのしたことを知って、どうするんだ?」
私の答えは必要なかったのか、今後を見ると言いたかったのか、陛下は部屋を出て行ってしまった。
ユリアーノの部屋の前で暫く佇み、意を決して扉を叩いた。
「話がしたい」
ユリアーノは私の入室を快く受け入れてくれた。
正面に座らず、ユリアーノの横に腰掛けた。
「オリステーレの歴史を読んでいるのか?」
「ええ、とても面白いですわ。コンチェスタとは全く違うことが書かれていて」
「そう、なのか?」
「ええ」
「両家とも自分たちの都合の良いように書かれています。私は、図書館で国が認めている歴史書も読んだことがありますが、どれも書かれていることが違って、どれが正しいのかさっぱり解りません」
「ユリアーノは・・・」
声を出してみて、何を口にしていいのか解らなくなる。
「ハルバート様、私がバリファンの話をして以来、私をお呼びになられませんが、もう、妻に飽きてしまわれましたか?私、楽しみにしていましたのに」
ユリアーノがクスクス笑う。
「ユリアーノを望んでいいのか解らなくなった」
「ハルバート様は自信満々で、どんなことでも俺の思い通りになる。そういう態度の方が似合ってらっしゃいますよ」
ユリアーノの手を痛みを伴わない程度に握りしめた。
「なら、抱いてもいいのか?」
「夫が妻を抱くのになにか問題でもありましたか?」
私はユリアーノを強引に抱き上げ、ベッドへと引きずり込んだ。
私の飢えた心を癒やすように、ユリアーノは私を優しく包み込んでくれた。