05 鼻高々な義母。突然思い出したバァリファンのしたこと。
夕食のため、ハルバートにエスコートされダイニングに入った途端に今日も義母から嫌味が飛んできた。
義母は毎回、顔を合わせると嫌味を言わないと気がすまないらしい。
「なに?また一緒に夕食を取るつもり?コンチェスタは本当に厚かましいのね」
自分に向けて言われてる感覚が薄く、私は気にとめてなかった。
その反応が気に入らなかったのか、義母は日に日にエスカレートしていく。
それに顔を青くするのは、ヴィレスタ様の方だった。
私は目の端に映ったヴィレスタ様の事が気になり、視線を向ける。
ヴィレスタ様は義母が私に当たると毎回、ヴィレスタ様の方が真っ青になり震えている。
私の視線に気がついたのかハルバートがヴィレスタ様を見て、義母を咎めた。
「母上その辺りで止めたほうがいいですよ」
「なに?妻にした途端にコンチェスタをかばうのですか?」
「それは勿論。私の愛する妻ですからね」
義母は手近にあったグラスを掴み、ハルバートに対してなのか、私になのか、投げつけた。
「何が愛する妻ですかっ!!許しませんよっ!」
「外から嫁入りしてきた母上が何をそこまでコンチェスタを恨む必要があるんですか?母上は全く関係ありませんよね?」
「私はオリステーレの人間ですっ!!」
「今回の婚姻を受け入れられないのなら領地にでも戻られたらいかがですか?はっきり言って、私は母の存在がオリステーレにとって不利になるのではないかと心配で仕方ありません」
「ハルバートあなたって子はオリステーレとしての矜持はないのですかっ!!」
「何を騒いでるんだ」
義父が義母に激しい叱責を与える。
義父がダイニングに入ってきてヴィレスタ様に視線をやり、心配そうに声を掛けた。
「ヴィレスタ、大丈夫か?真っ青だぞ」
「私・・・今日の夕食は失礼させていただきます」
「ヴィレスタ!!なんですか!はしたないっ!!」
ヴィレスタ様は小走りにダイニングを出ていく。
「はしたないのは母上ですよ」
ハルバートの言い草に義母が真っ赤になる。
「まぁっ!!!」
義母はハルバートに非難の目をむける。
「母上がユリアーノにしていることは、一年後にヴィレスタが経験することになると理解していますか?ユリアーノのことは置いておいても、少しはヴィレスタのことを考えてあげてはいかがですか?」
思いもよらなかったのか、義母は途端におろおろしだした。
「そんなつもりは・・・」
「ですが、少し考えれば解ることでしょう?メイドたちがユリアーノに対して態度が悪いですが、それもそっくりそのままヴィレスタが同じ目に遭うんですよ」
そんな事は想像もしなかったのか、義母はさっきまでの強気な態度とは打って変わって顔色も青ざめていく。
義母よりのメイド達も顔色を悪くする。
ハルバードは一つ息を吐いて、義母を見据える。
「母上は、領地に戻るべきだと思いますよ。何度もいいますが、この婚姻は王命です。それに逆らう態度を示すのは不敬です。事と次第によっては死罪、もしくはオリステーレが潰されることになると思いますよ」
「私は戻りませんよ。この屋敷をコンチェスタのいいようになどさせません!」
「マリアンネ、だまりなさい」
義父の一括で義母は唇を噛み締め黙った。
「母上、いい加減、何百年も前の恨み言は終わらせたいんですよ。私は」
ハルバートは大きなため息を、わざとらしく吐き出した。
ユリアーノの記憶がまたひとつ思い出される
「あら、ハルバート様。何百年も前の話ではありませんよ。ほんの十年前のことです」
不思議そうな顔をしてハルバートと義父母は私を見た。
「席についてもよろしいかしら?」
「あ、ああ」
ハルバートが椅子を引いて私を座らせてくれる。
「ついでに人払いをお願いしても?」
義父が目配せを送り、家人達が一斉に下がったが、シアとランドールは残った。
私は一口水を飲み口の中を潤す。
「十年前のこととは?」義父が聞く。
「本当にお知りにならないのですか?」
三人共心当たりはないようだった。その事に私のほうが驚く。
「十年前、私の従兄弟のエルマリートが十五歳で亡くなったことは知っておられるのかしら?」
ハルバートはすぐに思い当たる顔をした。
私は息を吸い、覚悟を決めて言葉にした。
「バリファン・オリステーレに殺されたんですよ」
「嘘だっ!」
「そんな!」
「ありえない!!」
「私の目の前で起こりましたので間違いありません」
ハルバートは目を見開き、義父は「父が?ありえない」と何度も言っている。
「あの当時、私は八歳のいえ、誕生日前だったので七歳でした。ハルバート様のお祖父様である、バリファン・オリステーレは私を切り殺そうとしていたのを、エルマリート兄様が庇ってくださって、切られて殺され、それでも足りずにもう一度私に剣を振り下ろしたのですよ」
私の言うことは信じられないようで、シアまでもが口を半開きにしている。
「二度目の凶行は、バリファン・オリステーレの従者であったエルロイが私を庇ったため殺せなかったのですよ。エルロイはまだ生きていらっしゃるでしょう?確認を取られたらいいですよ」
義父がシアに目配せを送る。
「バリファン・オリステーレはエルマリート従兄弟様が死んだ姿を見て狂ったように指さして高笑いなさっていました」
「信じられん・・・」
「その後、我が子を失った叔母が正気を保てなくなり、自害いたしました。叔母の部屋はそれはそれは酷い有様で、ぱっくりと開いた叔母の首に、辺り一面は血塗られていて、それはそれは酷い惨状でした」
私は一息つき、続ける。
「お祖父様はその血濡れた部屋へ私とお兄様を連れて行き『オリステーレのしたことだ。何があっても忘れるな。オリステーレは我が家の敵なのだ』と何度も何度も仰って涙をこぼしていらっしゃいました」
「・・・・・・」
「お祖父様にとっては孫と娘を殺されたのですもの、しかたのないことだと私は思います。その後のことを知ってらっしゃいます?」
「なにを・・・?」
「バリファン・オリステーレは叔母の葬式に『おめでとう』というメッセージカードをつけて真っ赤なバラの花を三百本送ってこられたのですよ」
「・・・そういえば」
薔薇の料金にでも心当たりがあったのだろうか?
「我が家ではそのカードは額に入れて飾られ、その横に赤いバラの花を欠かさずに活けています。後世がこの恨みを決して忘れないようにと」
「コンチェスタは王家の言いつけを守り、諍いは起こさず、エルマリートが殺されたことに、口を噤みました。
公にするとオリステーレだけではなくコンチェスタにも実害が及ぶと思ったからです。
私達オリステーレの恨みは何百年も前のものではありません。ほんの十年前のことです。
「私はエルマリート兄様が殺されてからは、ハルバート様とヴィレスタ様を殺す方法を毎日模索していました。ただ、コンチェスタが罰せられない方法を思いつかず、今日まで来てしまっただけです。コンチェスタが罰せられないのなら、今すぐにでも、報復をしたいと思うほどには恨んでおります」
ハルバートが息をコクリと呑み込む。
「コンチェスタ一同、毎日考えているでしょう。如何に復讐すればいいのかを。残念なことにバリファンが亡くなってしまって、見せつける相手が居なくなってしまいました。本当に残念です。バリファンに絶望を味わわせたかったです」
「ただ、本当に王家に許してもらえる状況を作り出せないだけです。それに・・・コンチェスタが口を噤んだことは王家も知っておられるでしょう」
私は一人一人の顔を見る。
「王家は、コンチェスタが報復して、両方とも潰す機会をじっと伺っているのだと思います」
私はフォークでサラダを刺し、口元に持っていき、食べるのを止める。
「そうそう、私、この食事に毒が入っていても驚いたりいたしませんよ。オリステーレに嫁ぐこととは殺されに行くことだと知っておりますし、この家に一歩入ったときから、殺される覚悟は出来ています。お義母様を見ればよく分かるでしょう?」
私はおっとりと笑う。
「ヴィレスタ様は私よりもっとその覚悟が必要になるでしょう。すぐには死ねず、少しづつ弱って、死ぬことになるでしょう。コンチェスタの恨みを一身に受け止めなければならないのですもの。本当にお可哀想だわ」
「そんなっ!」
義母が悲鳴を上げる。
「お母様が一番おわかりでしょう?嫁いできた嫁にどのようにするのか・・・ヴィレスタ様だけが安心なんて、当然、思ってはいないでしょう?」
自分の娘だけは安全と思えるのか理解できない。
「ヴィレスタ様はそれが解っていらっしゃるから、毎日お義母様のなさることを見て、恐怖で退室なさったのではないかしら?自分が嫁いだ後、どんな目に遭うのかを想像して、絶望しているのではないかしら?」
真っ青になった三人の顔を見て、ユリアーノは満足する。
義父母とハルバートは、食事を取らないままダイニングを出ていった。
私は一人、美味しく食事をいただいた。
毒?勿論入っていなかったわ。