04 ハルバートの上機嫌。夏弦は、人前でキスする習慣はないんだけど!!
翌朝、案の定、私はベッドから出られず、ハルバートに抱き上げられ主寝室から私室のベッドへと降ろされた。
メイド達が見てる前で唇にキスを落とされる。
私、日本人なんですけど!!
人前でキスする習慣はありませんっ!!
朝とは思えない情熱的なキスに昨夜の熱が冷めきらない体に熱がこもる。
「今日はゆっくり休め」
「初日なので朝はご一緒したかったのですが」
「そうだな・・・。食事をここへ」
私はご両親と一緒にっていう意味だったのだが、ハルバートは違うように解釈したみたいで、私は何も言わず、受け入れた。
ベッドの上で二人並んで食事をとるが会話はない。
食後のお茶を飲み終わり、今日の予定を聞こうとしたらなぜか、朝の一戦を交えることになった。
何も言わずともメイド達が部屋を退いていくのが目に端に映った。
「初心者に、手加減は、ないのでしょうか?」
私はもう息も絶え絶えだ。
機嫌良さそうに大きな声で笑い、ハルバートは部屋から出ていった。
私はすべてを知っているメイド達が部屋に戻ってきて、羞恥を覚えたけれど、思うように体を動かせず、メイド達にされるがままとなった。
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ハルバートは上機嫌で執務室に入り、自分に割り振られた仕事をこなしていく。
今日、しなけれなならない仕事はなかったが、ユリアーノには気持ちを整理する時間も必要だろうと考えて、側を離れた。
まさかなんの抵抗もなく初夜を終えることが出来るとは思っていなかった。
何も出来ずに終わることを九十%位の確率で考えていた。
ひょっとしたら刃物の一つでも出てくるかとも思っていた。
それなのにユリアーノは朝も私を受け入れた。
有り得ないと今でも思うほどだ。
受け入れられた喜びを噛み締めて書類に目を通し、サインしていく。
***
オリステーレとコンチェスタの恨みは根が深い。六百年程前からずっと争っている。
元々隣接した敵国だった。
それでもその当時は関係は良好だった。
それが崩れたのは国と国の戦争で、誰々が殺されたと互いに恨みを持ち始めたことだった。
そしてまた戦争が起き、誰かが死ぬ。
その恨みは蓄積されていく。
戦争だからといって、どちらも諦められなかった。
戦争と呼べるものから、小競り合いまで、延々と続いて、二百年程前にもまた大きな戦争が起きた。
戦っている間に両国とも他国にいいようにされ、いつの間にか他国に接収され、オリステーレとコンチェスタは同国の同格の侯爵貴族となってしまった。
今日からは同じ国の貴族ですと言われ、はいそうですか。というには互いの恨みが大きすぎた。
同国の貴族となっても小さな諍いを何度も起こし、誰かを失い、王族に仲介され、一度は矛を収めるが、数年と置かずにまた小競り合いを起こす。
その繰り返しだった。
オリステーレに生まれたら、コンチェスタを恨めと育てられ、コンチェスタに生まれるとオリステーレを恨めと育てられる。
同国になって二百年が経っているのにもかかわらずだ。
嘘か真か判らないが、オリステーレには殺された歴代の親族達の名前の一覧があるという話だ。
きっとコンチェスタにもあるのだろう。
いい加減王家も仲裁の匙を投げ、一度、仲裁をせず、好きにさせたことがあった。
それは大きな争いとなり、王家をも巻き込み、若い王子、王女も殺されてしまい、両家も半数以下になる程のものだった。
子を殺された王の怒りは凄まじく、両家を潰そうとしたが、他の貴族に止められた。
だが王は許すことは出来ないと王命を下した。
『次に争いを起こしたら両家とも潰す』と。
オリステーレとコンチェスタが弱っている間に両家の力を剥いでいき、他貴族に力を与えた。
王の両家への怒りは次代になっても続いた。
オリステーレとコンチェスタは王の怒りに震え上がり、王家には逆らわないと誓いを立てた。
けれど互いへの恨みは続いている。
下されたその王命は未だ生きている。
王が変わる度に結び直される両家の誓い。
小さな諍いは今もある。
それでもなんとか折り合いをつけてやってきた。
だが王族の目は厳しく、緩むことはなく両家を監視し続けている。現在も尚強く。
ハルバートとユリアーノの結婚は内密に下された、王命だった。
誰も真相は知らないが、誰もが王命で結婚したのだと理解している。
祖父の代ではまだ断る力があったと言う。
けれど、今はオリステーレの力が弱まりきってしまった。
私達の代では、両家共断ることはできなかった。
オリステーレ家にユリアーノを嫁がせ、一年後には、妹のヴィレスタ・オリステーレがユリアーノの兄、ステフォイン・コンチェスタに嫁ぐことが決まっている。
結婚という名の人質交換に王命が下された。
ハルバートはこれで少しでも両家の諍いがなくなればいいと思う。
憎しみも薄まって欲しい。
ユリアーノを遠くから見て、ずっと好ましく思っていたから。
最後の大きな争いから百年以上が経っているのだ。
もういいではないかと思うのは、私が父からコンチェスタを恨め、と育てられなかったからだろうか?
ユリアーノはオリステーレを恨め、と育てられていると聞いていたが、それでも私を身の内に受け入れた。
最初の一歩は、なされたのではないだろうか?
浮かれた思考で、これでは駄目だと思い直す。
コンチェスタ侯爵の結婚式での態度を思い出す。
今尚、恨みに凝り固まっていた。
それに、母の態度も。
母など、他家から嫁いできた人間だというのに、誰よりもコンチェスタに恨みを抱いているように見える。
愚かとしか言いようがなかった。
ランドールが部屋に入ってきて、私の機嫌を見極め、目を細める。
「上手くことが運んだようですね」
「上々の首尾だ。早く子を産んでほしいものだ」
「気が早いですね」
「爺様も婆様も死んだ。両家の争いはもう要らない」
「そうですね」
「ユリアーノが落ちついたらヴィレスタと話せるようにセッティングしてやってくれ」
「かしこまりました」
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ベッドに横になりながら、金神夏弦にどうしたら戻れるのかを考えていた。
答えの分からない事を考えることが馬鹿らしいことだと気がつくまで。
それでもまた気が付くと考えている。
こんな状況になっている理由が解らない。
夏弦は死んだのだろか?
大概こういう時は不慮の死を体験しているものよね?
だったら夏弦の事も覚えていそうなものなんだけど・・・。
思い出そうとしても思い出せることが少ない。
最後に何をしていたんだっけ?
必死に考えるがなにかに邪魔されて、手繰り寄せることが出来ない。
両親、兄弟の名前、顔、生年月日は思い出せた。
邪魔をする何かに苛立つが、解消方法がない。
最後に何をしていたか、思い出そうとするけど解らない。
ひとつため息をついて思考を切り替える。
初夜が終わってもユリアーノの感情は戻ってこない。
奥深く潜ってしまったのか、消えてしまったのかも解らない。
解らないことだらけだ。
オリステーレ家を敵だと認識している理由も解らないまま。
オリステーレと懇ろになってしまった私はコンチェスタ家《実家》の敵になってしまうのだろうか?
昨夜の義母の様子からしてもオリステーレから敵視されていることは間違いないだろう。
本当に何も解らなくてどうすればいいのかさっぱり解らない。
またため息をついて思考を切り替えた。
答えが出ないことばかりで何を考えたらいいのかも、もう解らなかった。
ララに「昼食はどうされますか?」と聞かれた。
「オリステーレではいつもどんな感じなのかしら?」
ララがその問いに答える前にノックされてメイドがひとり入ってきた。
「お体の調子が良いようでしたら執務室へ昼食に来られないかとハルバート様が仰っておられます」
「そう、ありがとう。今から身支度をして伺いますとお返事してくださる?」
「かしこまりました」
ララに身支度を頼み、そろそろとベッドから降りる。
夏弦の時にこんな風に足腰が立たなくなるようなことは無かったなとふと思いだした。
足に力が入るのを確認して、ララに着替えさせてもらう。
ララではないメイドにハルバートの執務室まで案内され、メイドに名前を聞いたが返答はなかった。
ハルバートの執務室に入り、メイドに連れてきてもらった礼を言い、もう一度名前を尋ねた。
「さっきも聞いたけどあなたのお名前なんだったかしら?」
今度は返答があり「テスタです」と嫌そうに答えた。
ハルバートは気に入らなさそうな顔をして書類を机に叩きつけた。
「ユリアーノが気に入らないなら辞めろと昨日言ったよな?」
「も、申し訳ありません!!」
慌ててハルバートに謝罪するテスタ。
ハルバートはきつい眼差しでテスタを見てからランドールに向かって叱責した。
「ランドール、シアに教育がなっていないと言っておけ」
「かしこまりました」
一礼してランドールがテスタを引きずるように連れて出ていった。
「シアとはどなたかお聞きしても?」
「家令だ」
昨日の光景を思い出し、当たりをつける。
「体はどうだ?」
「なんとか歩けるようになりました」
「今晩も期待しろ」
今夜もか〜・・・。
「手加減を覚えていただきたいと思います」
「暫くは無理だな」
ハルバートがクツクツと楽しそうに笑う。
食事が運び込まれ、また互いに会話はなく、無言で食べる。
沈黙を破ったのはハルバートだ。
「ユリアーノに頼みたいことがある」
「はい。なんでしょう?」
「ヴィレスタにコンチェスタの事を教えてやってくれ」
難問が出てきた!!
分からないのにどうすればいい?!
「私に教えられることがあれば喜んで」
「ヴィレスタもユリアーノと同じように敵地に嫁入りするんだ。互いの気持ちがわかるだろう」
ひとつ溜息をついた。
「やはり、敵地になるのですね?」
「コンチェスタはオリステーレを敵として子供を育てているだろう?」
そうなの?
「そう、ですね」
「だが、オリステーレでは私達の世代はコンチェスタを敵だとは教えられていないんだ」
「そう・・・なのですか?」
「ああ。父が教えないだけで、爺様や婆様はコンチェスタを敵と教えたがな」
「嫁入りしてきた婆様や母がコンチェスタを敵と思うのが不思議でしかたがないけどな」
「そう、ですね・・・。ですが、横になっているときに思いました。私はオリステーレで敵として扱われ、そしてコンチェスタでもオリステーレに下った。と敵として扱われるのかもしれないと」
ハルバートは嫌な顔をしてため息をついた。
妹のことを考えたのか、私のことを思ってくれたのかは解らなかったがハルバートのことを少し信じてもいい気がした。
その日の夜も、ハルバートにたっぷり楽しまれたのは言うまでもない。
想像とは違い、穏やかな日常を送っている。
嫌味な義母と、頼み事をすると嫌な顔をするけれど、渋々言うことを聞くメイドたちを省けば。
少々日常に退屈を覚え始めていた。
義母がいるため、女主人の仕事が私に回ってくることはない。
時間つぶしのための外出が認められるのか、ハルバートに聞いてみなければと心に決めた。
どこに出かければいいのか、思いあたらなかったけれども。
夏弦にとって初夜の時、健次の名前や顔を思い出せていないことは救いになります。
思い出していたら、きっとハルバートを受け入れることは出来なかったでしょう。
万が一、ハルバートとユリアーノが初夜の場で顔を合わせていたら、ハルバートは確実に殺されています。
ユリアーノはハルバートとヴィレスタを殺して王家に捕らえられることと、逃げ出すことを天秤にかけて、逃げ出すことを選びました。
夏弦は本当にただの被害者なのです。