24 ヴィレスタは相手の手に落ちてしまう
私が一番最後のページを捲るとユリアーノ(なつる)と書かれていた。
前のページへと捲っていくと、私のことは既に十ページ程書かれていた。
そこにはユリアーノが魔術を使って入れ替わり、今のユリアーノは地球という星の日本という国の、金神夏弦という人間であること。王命にてハルバートと結婚したこと、子供が生まれたことなども書かれていた。
そして、ユリアーノ(ナツル)がフィータス王を欲し、フィータス王が心より望んだ相手である。
そう書かれていて、私の心は締め付けられるような気がした。
私は陛下を欲していたのか・・・。
自分のことなのに、気がついていなかった。
私は一度、この本を閉じて、今度は最初のページから読み始めることにした。
そこには、まだ国がなく、一人の男が貧しさに嫌気がさして、集落として纏めたところから始まっていた。この本は長くて、読み終わるまでには相当な時間がかかりそうだと息を吐いた。
私は本を読むことに没頭していると、外部からノックの音が何度も響き、ハッとする。
一瞬ここがどこで、何が起こっているのか解らなかった。
その間もノックは続き、私は慌てて本を閉じ、テーブルの上に置くと、本は箱に戻った。
鍵を左手に握り込み、掌から消えたことを確認してから部屋の外へと向かった。
メイドが一人と護衛が二人立っていた。
「どうかして?」
「陛下がお茶にお誘いです」
「ありがとう」
私はメイドの後を付いて行き、その後ろを護衛二人が付いて歩いた。
陛下の執務室に腰を落ち着けて、お茶を入れてもらうと、人払いがされた。
陛下は私の隣に腰を下ろすとマリアルイス王妃との事を聞いてきた。
私は正直にすべてを話した。
陛下の表情には渋面が出ていたけれど、箱の最後の話になるととても喜んでくれた。
触れるだけのキスを何度も落とし、深いキスを堪能した。
顎から首筋へとキスが下りていき、時折陛下の手が私の胸に触れた。
陛下は私の肩に頭を載せ「結婚までの日が長すぎる」そう言って、また唇にキスを落として、お茶の時間は終わった。
ふぁふぁした気持ちで、廊下を歩きながら、結婚式に向けてダイエットしなくちゃと思った。
夏弦は三十六年も生きていて一度も結婚しなかったのに、ユリアーノになってから二度目の結婚って信じられない。
それも一人は殺したい相手、もう一人は王様って普通じゃないわよね?!
平凡を絵に書いた夏弦とは大違いの人生を送っているよ。
健次、今幸せ?
私はかなり幸せみたいよ。
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義父母と夫がアンバーを連れて城へとユリアーノ様とその子供達に会いに出かける。
浮かれて出ていくコンチェスタを馬鹿にする以外私に出来ることはない。
憂さばらしに買い物にでかけたいと護衛達に伝えると、渋られたが、外出は認められた。
欲しい物など何もなかったけれど、出かけたことでほんの少し気分転換ができた。
そこに見覚えのある顔があった。あれはエルロイの末子だったかしら、確かルーベリー?だったかしら?
声をかけようとしたら唇に指を一本立てられて、話しかけてはならないのだと気がついた。
護衛に知られたくないってことかしら?
コンチェスタだから?!
やはりそうなのね・・・。
お父様とお兄様を殺したのはコンチェスタの者達なのね!!
ルーベリーは付いてこいとでもいうように顎をしゃくり、付いていくとルーベリーに腕を絡ませた女が楽しそうにドレスショップに入って、ドレスを選びながら試着室へと入っていった。
ルーベリーはその隣の試着室に入るように指示を出し、私がドレスを手に試着室に入ると、そこには分厚い封筒が置かれていた。
私はバッグの中にその手紙を入れて、ドレスを試着したけれど、適当に手に取ったものだったから、私には似合わなかった。
衣装を着替えて外に出た時には、ルーベリー達はどこにも居なかった。
屋敷に戻って手紙を読むと、お父様とお兄様を殺したのはやはりコンチェスタで、コンチェスタのせいで、オリステーレはほぼ壊滅的状態で、ユリアーノとその子供達を殺す算段を立てていると書かれていた。
手を貸してくれるならと、次に落ち合う場所が書かれていて、私は覚悟を決め、ユリアーノ様と子供達を殺すことを決意した。
アンバーへの愛情は心が麻痺してしまっていて、殺すこともやむなしと思っていた。
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子供の泣き声が聞こえて、慌ててそちらへ向かうと、膝から血を出して、地べたに座り込んでいるミステイーナ王女だった。
「どうされましたか?」
「追いかけっこをしていて、転んだんだ」
コルベルト王子がそう言い、そこにいる皆が頷いた。
「失礼いたしますね」
私もその場に座り込み、ミステイーナ王女を抱き上げ膝の上に載せ「痛いの痛いの飛んでけー」と撫でる仕草をしながら怪我を取り除いた。
「他に痛いとことはありますか?」
ミステイーナ様は首を横に振って「痛いところない」と言って私に笑顔をむけた。
ミステイーナ王女は私の首に腕を回して、私の匂いをかぎ「お母様・・・」と言った。
ミステイーナ王女をギュッと抱きしめた。
暫くその体勢でいると「もう大丈夫」と言って私の膝から降りた。
私は不敬かも知れないと思ったけれどコルベルト王子にお伺いを立てて、膝立ちになりコルベルト王子も抱きしめた。
コルベルト王子は少しくすぐったそうな顔をして、私の首に手を回した。
キャルウェンを抱きしめ、ベリートゥイン、フォロウェインも抱きしめた。
子供達が私から離れ、遊びに戻っていくのを暫く眺めて、私は箱が置かれた小部屋へと戻り、読み進めた。
結婚式の準備が一つ一つ整っていく。
互いに再婚だから、小さく済ませられると思っていたのだけど、どうやらそれは認められないらしい。
リューチェウ王妃との時よりは規模を小さくしつつも、侮られることがない規模のものにしなければならないらしい。
再婚であっても、私は王妃になるのだと、周囲から真綿で締め上げられているような気がする。
覚悟はしていたけれど、私の覚悟なんかでは全然足りない。
私の覚悟なんて、ただの一市民の覚悟だもの。王室になんて嫁ぐ覚悟なんて、いくらしても足りるものではないだろう。
もっと強固な覚悟が必要だった。
時折フィータスに自分の覚悟の足りなさを嘆き、甘えさせてもらって、自分を固めていく。
ウエディングドレスの仮縫いが終わり、ドレスに散りばめる石を陛下と二人で選んだ。
この世界にはない婚約指輪を陛下に強請り立爪の婚約指輪を贈ってもらい、揃いの結婚指輪を発注した。
ハルバートとの指輪は引き出しの奥へと仕舞ってある。
「婚約指輪、我儘を言ってごめんなさい」
「これくらいかまわない」
慈しむ顔で陛下は私を見てる。
これくらいというような値段の品ではない。
世界に一つか二つしかないような品だった。
「夏弦の世界の結婚の約束の品なのです。凄く憧れていたので、夢が叶いました」
「叶えたのが私で嬉しいな」
そう言って口づけられる。
ほんの少しハルバートに罪悪感を抱きながら、幸せを噛み締めていた。
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ヴィレスタは自分では知らない内に深みへと嵌っていっていた。愚かな女だと思う。
誰がハルバートとレーベリッヒを殺したのが誰かも気付かずに、オリステーレの残党に情報を漏らしているのだから。
最後に殺されるのがヴィレスタだとは気付かずに、ユリアーノと陛下の結婚式の詳細をオリステーレの残党に漏らしていた。
ユリアーノがハルバードを裏切った事を懲らしめたいという一心で、本当に愚かだ。
オリステーレの残党は、ユリアーノのことはどうでも良かった。
まぁ、殺せる機会があるなら殺してもいい程度のものだ。
ハルバートの子供と、ヴィレスタとその子供のアンバーさえ殺せば、オリステーレの残党達の復讐が叶うのだ。
バリファンに斬られた父の苦しみを今、晴らしてやる。俺達をこんな身分へと落とした国王陛下にも復讐を誓っていた。
馬鹿なガキどもも十数人仲間に引き入れた。
彼方此方で暴れさせるだけでも、警護の目が他所を向く。
その時に、国王陛下を狙ってみせるとルーベリーは暗い笑みを漏らしていた。