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21 ユリアーノは最後まで好意以上を与えられず、ハルバードはユリアーノを愛し続けた。

***



 私は陛下にキャルウェンを連れてくるように言われて、陛下の下へと訪れた。


 キャルウェンは陛下の前で天候を操って、陛下も気がついていない病気を見つけた。

 医者が呼ばれ、診察を受けると、キャルウェンが指摘した病変が見つかった。


 そして、キャルウェンはその場で陛下の病気を治してみせた。

 陛下は気持ちよさそうに目を閉じて、キャルウェンが放つ光を受けていた。

 再度診察を受けたが、あったはずの病変は見つけられなかった。


 陛下は「このことだけで聖女とは認定できないが、キャルウェンは聖女で間違いないだろう」と言った。

「出来得る限り、秘密にしておいたほうがいい」とも。

 私は陛下に心から感謝した。



***


 ハルバートと義父が視察から帰ってくる予定の日が過ぎても帰ってこない。

二〜三日の遅れなら気にしないが、一日一日と伸びていく度に不安は増していく。

 勘が働くのか、嫌な予感が振り払えない。

 キャルウェンの様子も私と同様に不安定になっている。


 予定の日から一週間が経ったけれど、連絡もなく、帰ってくる気配もなくて、私はコンチェスタの父を頼ることにした。


 父はすぐに騎士を数名領地へ向けて走らせてくれた。

 それから待つこと十四日、父が騎士を一人連れて尋ねてきた。


「お父様!ハルバート達は見つかりましたか?」

「ああ。見つかった」

「よかった。無事なんですよね?」

「・・・残念だ」

「残念って・・・?」


「ハルバートとレーベリッヒの遺体を発見した」

「え?嘘でしょう?!」

 そう言いながらも、ああ、やっぱりと思った。

 父の鎮痛な表情は変わらない。


「二人の遺体の周りには平民に落ちたオリステーレの親族達も七名斬り伏せられていた。逃げのびた者も多数いると考えられていて、捜索をしている」

「オリステーレに・・・!!本当にオリステーレは何をやっているんでしょうね?!」


 父も答えようがないのか、息を呑み、現場の話に戻る。

「遺体の側には紋章つきの馬車もあった。二人の顔を知っている者を行かせたから間違いない。今、綺麗にしてもらって、こちらに向かっているところだ」


 私は父に抱きしめられて、呆然としていた。

 この世界の人の命はなんと軽いことか?!

 涙は出なかった。まだ現実味がなくて、まるで夢の中の出来事のようだった。



 私が考えたのは、ハルバートと義父が本当に殺されたのなら、子供達は無事に生き延びられるのかということが心配でならなかった。


 

 母と、兄とヴィレスタ様がシューテイン家にやって来た。

 ヴィレスタ様の取り乱しようは、見ているもの全ての涙を誘うほどに取り乱していた。

 涙も流さない私のほうが異常なのかもしれない。


 子供達は不安そうな顔をして、私に縋りついている。

 ヴィレスタ様の子供アンバーは兄が抱いている。

 私は兄をその場から連れ出して「ヴィレスタ様とアンバーの命の危険がある可能性があると思います。そして、私と、私とハルバートの子供達の命も」


 そう伝えると、兄は目を見開き、息を呑んだ。

「お前は大丈夫なのか?コンチェスタに帰ってきた方がいいのではないか?」

「かもしれません。ですが、葬儀もせずにコンチェスタに戻ることもできません」

 兄はまた息を一つ吐いて「そうだな」と答えた。



 私は、恐怖で震える体を自分で抱きしめながら、どんな手段をとっても子供達を守らなければなららいと決意した。



 私はヴィレスタ様の取り乱している姿を他人事(ひとごと)のように見つめていた。

 嘆いていられるヴィレスタ様が羨ましく思う。

 ハルバートと義父が乗って行った馬車が到着する。

 あちこちに傷がついていて、血が飛び散っている。 ハルバート達が最後まで抵抗したことを如実に表していた。


 少し間を開けて、遺体を運ぶ丈の長い馬車が目の前に泊まり、扉が開かれた。

 中には棺が二つ並べられていて、その中にハルバートと義父が眠っているのだと否が応にも理解させられた。

 

 屋敷の中に運び込まれた棺の蓋を開けると、中には義父が眠っていて、ヴィレスタ様は棺に取りすがって泣き崩れた。


 子供達が義父に近寄り「お祖父様、起きて」と声を掛けた。

 そのことにようやく涙が出た。

 子供達はまだ死がよく解っていなくて、お祖父様がなぜ起きないのか解らないというふうで、なにか異常なことが起きていると気がついたのか、途中から泣き出しはじめた。


 そして、隣のハルバートが眠る棺の蓋が開けられた。

 新たに開けられた棺に父親が眠っていることに気がついた子供達はハルバートに取りすがり、ハルバートの顔をペチペチと叩いて「起きて」と揺さぶっていた。


 父親が起きないと私に訴えかけてきたけれど、私にはどうしてあげることもできない。

 まだ命があるのなら、私でも、キャルウェンでもどうにかできた。


 子供達を抱きしめ「ごめんね」と「お父様はもう目覚めないの」と繰り返し伝えるすべしか私は持っていなかった。


 泣き疲れた子供達は気を失うように眠ってしまい。父と兄が子供達をベッドに運んでくれた。



 ハルバートと義父の葬儀の準備が始まる。

 ここからはほとんど人任せだ。

 私は聞かれたことにYESかNOか答えるだけだ。

 シューテインになってからこんなに早く葬式を出すことになるなんて、夢にも思わなかった。

 喪主は私がすることになった。フォロウェインでは小さすぎた。

 

子供達を守る方法を何通りも考えて、考えて、出た答えは一つだった。



 葬儀の間も尋常ではないほどの警備がつけられた。

 陛下が手を回してくれて、私達を守ってくれた。


 葬儀を行う傍ら、オリステーレの生き残りの親族が次々に捕らえられていく。

 それは罪がある者も、ない者もお構いなしに捕らえられていった。


 ハルバート達を襲ったのは三十二人。

 たった二人を殺すために三十二人もの人を集めて襲うなんて。


 その内七人はその場で死んでいる。

 護衛に付いていて、命を落とした騎士達の保証もしなければならなかった。


 平民に落ちたオリステーレの親族達は妻や子供までもが奴隷が存在する遠い国へと売り払われた。

 そのお金は護衛騎士達の家族へと分配された。

 

 未だ所在が解っていないオリステーレの親族は九人居て、その中には実行犯と計画を立てた者もいるだろうと思われている。その妻や子達はもう売り払われている。



 ヴィレスタ様の泣き声と、子供達の「お父様。お祖父様」と呼ぶ声が哀れを誘う。

 私は泣く余裕もないまま、ただ葬儀が終わるのを待っていた。


 母は痛ましげに私を抱きしめてくれていた。

 母の温もりを知り、ハルバートの冷たさに、本当に死んでいるんだと私に教える。

 最後まで、心から愛していると伝えられなかった。

 ハルバートのことを本当の意味で愛せなかったことを、後悔した。

 

 ユリアーノとして愛せなかったのか、夏弦としても愛せなかったのか、よく解らない。

 ハルバートに愛を伝えられても、好きよと答えられたけれど愛は答えられなかった。

 どうしても目の前で殺されたエルマリートの顔が浮かんでしまうのだ。



 棺の蓋を閉められる時が来て、棺に取りすがる子供達を抱きとめた。

 私一人では止められなくて、父と兄がまるで通せんぼをしているように子供達を押さえた。


 土が掛けられ、もう二度と会えないのだと当たり前のことに、今頃気がついた。

 一筋、涙が流れると次から次へと涙がこぼれた。

 子供達が「お母様、大丈夫。泣かないで」と慰めてくれたことが、余計に涙が流れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 父と二人して屋敷を空けることが少し心配だった。

 オリステーレの恨みは父に、そして私に向いていた。

 小さな嫌がらせから、見過ごせない嫌がらせまで、毎日報告が入る。


 視察に赴かなければならないが、今の時期に動くことはあまりいいことだとは思えなかった。

 父もそれが解っているのだろう。

 渋い顔をしている。


 私に残れと父は言い、私もそのつもりだった。

 だが、父はシューテインで面倒を見ているだけのただの平民で、何の権限も持っていなかった。


 一旦は、父に留守を任せて、私が視察することに決めたが、領地の要望で、父に領地の屋敷に滞在してもらわなければならなくなった。


 不安を抱えながらも、コンチェスタの父上に現状を詳しく話し、留守の間のことを頼み、父と私は護衛の数を増やして視察へと向かった。



 領地に付くまでは何も問題もなかった。

 領地の屋敷に着くと、家敷の中は血と死人で異様な匂いが立ち込めていて、私達がやり取りしていた家令や使用人が殺されていた。

 大騒ぎになり、捜査が進む中、殺されたのは私達が王都邸を出発した頃だと解った。


 嫌な予感がして、王都邸に戻ったほうがいいのではないかと父と話して、急いで戻ることにした。

 捜査のために護衛の三分の一を残してここに残るはずだった父も、一緒に王都へと向けて出発した。

 二日目の野営中、くぐもった人のうめき声が聞こえた気がして目が覚めた。

 父を揺り起こし、口元を押さえる。


 父に剣を渡し、私も鞘から抜いた剣を握りしめた。

「賊だっ!!」

 と誰かの声がして、辺りは騒然とした。

 闇の中、明かりは月と焚き火の明かりのみ。

 誰かが斬られる音がして、そちらを向くと、オリステーレの親族達だった。


「カルガイン!!其方!何をっ!!」

 父が親族達の一人一人を睨みつける。

 カルガインとは父が気にかけていた親族の一人だ。

「お前達だけが生き残って、私達は最下層へ落ちた!!この恨みを知れ!!」

 

 そう言って斬り掛かってくる。

 父はためらっていたが、私はかまわず親族の一人を切って捨てた。

 護衛の半数が立ち上がらない。


「原因はお前達なのに、どうして我々だけが罰せられるのか?!」

「愚かな!自分がしたことを忘れたのかっ?」

 父が従兄弟のハトルヴィへ怒鳴り返す。

 知らない顔は一つもない。

 ここに居る全員が親族で間違いなかった。

 


 私はユリアーノの元に帰る!!

 圧倒的に敵の数が多く、一人で五人以上相手をしなければならない。

 ユリアーノの下に帰るんだ。

 

 父の「ぐうっ」と言う声が聞こえて振り向くと、背中から切られた父が倒れた。

「父上!!」

 声を掛けるが返事はなく、私は十人以上に囲まれた。

 立っている味方は見当たらない。

 ここで死ぬのか?!

 

 駄目だっ!生き残る!何が何でも生き残る!!

 ユリアーノっ!!ユリアーノっ!!!

 お前の下に帰りたいっ!

 この手にお前を抱いていたいっ!!


 誰かを斬り捨てたと同時に左肩を突かれた。

 痛みに剣を落としそうになって、剣を握る手に力を入れる。

 右側から「死ねっ!!」と言う声がして、斬りかかられたのを防いだと同時に、左腕と背中が斬られた。


 ユリアーノ!ユリアーノ!!ユリアーノっ!!!


 背中から剣を突き入れられ下を向くと切っ先が私の腹から出ていた。

 引き抜かれると、口から血が吹き出た。

 ドサリと前へ倒れこんで、その衝撃にうめき声が漏れる。


「まだ息があるぞっ!!」

 何本もの剣が私の背中に突き立てられた。


 帰るんだ・・・ユリアーノの下に。


 ユリアーノ・・・。

 フォロウェイン、ベリートゥイン・・・。

 キャルウェン・・・。

 

 四人の顔が浮かんでは消えていく。

 ユリアーノ。ユリアーノ。ユリ・・ア・ーノ・・・。

 あい・し・て・・る・・・。

 ユリアーノ・・・。

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