02 何も解らなくても、結婚式は進んでいく。
コンコンコンとノックの音が聞こえ、私は文字通り飛び上がった。
誰かに相談することも決心が出来てない中で誰かと会いたくない!
返事をせず黙っていると、20歳位の女の人が不審がって入ってくる。
「お嬢様?!」
入ってきた人が誰か解らなくて、その人を見て瞬きをひとつした。
そう、ナイリだ。
「ナイリ・・・」
恐る恐る名前を口にしてみたら、正解だったようで安心した。
メイド服を着ていることに驚く。
メイドカフェのような華やいだ感じは全く無く、黒に白のエプロンで、スカート丈はくるぶしまで隠れている。
場違いにも、そんなに長いスカート丈で、メイドの仕事が出来るのかしら?と思った。
「お嬢様、残念なことにお時間になってしまいました」
ナイリはこの世の不幸をすべて背負ったような顔をしている。決してこれから結婚する花嫁相手に向けるような顔ではない。
結婚なんだよね?なんで?
もしかしてここでは私がウエディングドレスと思っているものは、実はお葬式の格好とかの可能性もある?!
「わかったわ」
私はナイリに手を差し伸べられて、立ち上がるけれど何が何やらさっぱり解っていない。
ユリアーノの意識が正しい行動をとっているだけだ。
ただ覚悟と嫌悪がないまぜになっていて、私を動かす。
ナイリに手を引かれ、誘導されるがまま歩を進める。
聖堂と思わしき扉の前に、40代半ばの男性が、親の葬式へ行くような顔をして私に向かって手を差し出した。
誰だろう?
状況的に考えて父親?
瞬きをまたひとつ。あぁ、お父様だわ。
「お父様・・・」
「ユリアーノ。済まない!こんな結婚を阻止できなくて本当に済まない」
結婚で間違いないのね。ホッとしたけれど、ホッとしてる場合ではないと思い直す。
こんな結婚ってどういう事ですか?!
そんな不幸になりにいくような結婚ってなんですか?誰か詳細を教えてっ!!
私、せめて結婚で幸せになりたいっ!!
内心大嵐なのにも関わらず、口をついて出る言葉は冷静なものだった。
「気になさらないで下さい。お父様」
父の肘に手を添え、扉が開くのを待った。
カチャリとラッチボルトが引き込まれる音がしてゆっくりと扉が開けられる。
私、正しいやり取りできているのかな?
私はリハーサルもしていないから、どうすればいいのかも解らないんだけどーーー!!!
友人の結婚式に参加していて良かった。
私の世界の結婚式が通用するのかわからないけどねっ!!
招待客の多さに私は尻込みしてしまう。
式に参列している人だけでも300人越えているように見えるんだけど・・・。
お式も披露宴も全員出席とか?
その中をユリアーノは父にエスコートされ、堂々とした態度で歩くことに集中する。
父が一歩一歩ゆっくりと進む。
父はバージンロードを、私を嫁がせたくないことが分かる歩調でゆっくりゆっくり歩いた。
奏でられているパイプオルガンの曲が終わって、また初めから奏でられても、まだ半分も進んでいなかった。
向かう先に待つ私の結婚相手になる人は、伸ばしていた手を一度下ろし、とても不機嫌な顔をしている。
当然だよね。
また瞬きをひとつすると結婚相手になる人の名はハルバート・オリステーレだと解った。
この一つずつ思い出すの、なんとかならないの?不便で仕方ないんだけど
あぁ、旦那様になるハルバートは、敵なのだとまたひとつ思い出した。
敵って何?と必死に思い出そうとするけれど、何も思い出すことはできなかった。
ハルバートを見ながらまた瞬き一つすると、子供のユリアーノを庇って十五〜六歳の子が、真っ赤になって倒れていくのを思い出した。
私の中の思い?感情?記憶?は、ユリアーノはハルバートの下に行きたくない。嫁ぎたくなどないと抵抗している。
父親がゆっくり歩んでくれたおかげで、周りを見る余裕ができた。
またパイプオルガンの曲がまた途切れた。
招待されて座っている人達はただ黙って座って私と父、ハルバートを見比べていた。
誰もこの状況を不自然だと思っていないってことよね?
結婚式に来ているので皆いいドレスを着てきているのは理解できるけれど、その洋装は中世ヨーロッパを思い起こさせた。
過去の世界へ来たの?
最後の一歩で父が立ち止まり、肘に添えた私の手を反対の手で押さえた。
「やっぱり駄目だ。こんな結婚認められない」
私の中のユリアーノは父の言葉に、歓喜に打ち震えたが、そんな事は許されないと諦めてもいる。
父の顔を覗き込み、笑顔で父の手をほどいて、右手をハルバートに差し出しかけた。
父が私の腰を掴み「やっぱり駄目だっ!!」と後ずさる。
「コンチェスタ侯爵、諦めが悪すぎる」
ハルバートが私の手を掴み、引き寄せられる。
強い力で引かれて体がふらついてしまう。
「きゃっ」
ハルバートは低い低い声で私に告げる。
「泣き声は夜までとっておけ」
ただ驚いただけの声だったのだけれど、拒絶の悲鳴ととられたみたいだった。
父とハルバート両方に手を引かれ、私は戸惑った。
この状況は大岡越前だよね?!
私一人、完全に別世界に気持ちを飛ばしていた。
コンチェスタの執事が目に入り、瞬きをひとつ、カールだと思い出し、父を下がらせるように視線を送る。
正しく読み取ったカールが父を押さえに動き、私の手を離させた。
「お父様・・・」
声を出さずに『ありがとうございます』と父に唇を動かした。
私はハルバートに引きずられるように大司教の前に立たされる。
少し乱暴な所作に私は、腹を立てる。
ハルバートは不機嫌な声で、大司教を一喝する。
「早く進めろ!」
ハルバートの声に大司教が咳払いをし、聖書を読み上げた。
誓約を震える声で交わして、指輪の交換をし、誓いのキスを頬に受けた。
誓約書にした私の署名の文字は震えていた。
私が震えたのか、ユリアーノが震えたのか?
本当にサインしてよかったのか?
賛美歌が歌われ、ハルバートに手を取られて肘に添えさせられる。
嫌味のつもりなのか、ハルバートもバージンロードをゆっくりと歩いた。
式が終わり、知らない人たちに、二着目のウエディングドレスに着替えさせられる。
結婚式で着たものは、床の上をレースがズルズルと引きずる物だったが、着替えたものは腰にレースをたくし上げた、引きずらないデザインのものだった。
正直言ってこのドレスもかなり重い。
もしかしたらレースは全て手編みなのではないだろうか?
そしてユリアーノ、スタイルが凄くいい。
手足が細くて長い。胸はEカップかもしかしたらFカップ。なのに重力に負けていない。ウエストが信じられないほど細くて、ハルバートが力を入れたら折れてしまいそうだ。
ぼんやりと、そう言えば昔、手首の倍が首の太さで、首の倍がウエストのサイズがどうとか聞いたことがあったような気がする・・・。
ハルバートはホワイトのモーニングコートからブラックのフロックコートに着替えていた。
お色直し?
かなりお金をかけているよね?
身分がかなり高いんじゃないかしら?
教会の庭に数え切れないほどのテーブルがあり、そこには食事と飲み物が供されている。
ハルバートの肘に手を添えた私は誘導されるがままについていく。
ハルバートは私の歩幅に合わせて歩いてくれているのか、付いて歩くのに無理はなかった。
結婚式の倍以上の人がいる・・・気がするんですけど・・・。
「私の妻になった気分は?」
ハルバートは皮肉げな顔をして尋ねてきた。
「答えにくいことを聞かれるのですね」
「あぁ、妻の気持ちを理解しておくのも夫の務めだからな」
嫌味だったのか、本音だったのか解らなくて私は答えた。
「感謝します」
ハルバートはじっと私の顔を見た。
「なんだかユリアーノじゃないみたいだ」
私は息が止まるかと思うほど驚いた。
それと同時にいくつかの事を思い出した。
「コンチェスタからオリステーレに変わりましたから」
私は思いつくままにごまかしただけだなのに、ハルバートは満足げな顔になっていた。
「いい覚悟だ」
私の顔を見てハルバートはにやりと笑う。
ハルバートは私との結婚を、嫌がっていないのだとなんとなく思った。
「一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何んだ?」
「何とお呼びすればよろしいですか?旦那様?ハルバート様?」
「・・・ハルバートと呼べ」
仲よさげな顔をして挨拶回りをしていても、ここにいる全員が知っている。
私達が敵同士だと。
そしてその二家がなぜ結婚したのか知りたがっている。
私も知りたい。ユリアーノの感情でどう振る舞えばいいのか何となく分かるけど、私は状況を全く解っていない。
人に会う度に相手が誰か瞬きひとつで思い出す。好悪感情が判るだけの人と、その人との関係が思い出せる人がいる。
ユリアーノが、元々知っている人は判るのだろうと考えたが、それが正しいのか私には判断できない。
ユリアーノが全く知らない相手も一定数居て、すべては覚えられないと諦めた。
だってカタカナの名前って頭に入ってこないんだもの!
けれど沢山の人と会って、知り得たこともかなりあった。
笑顔で対応している時、あることに思い至った。
あれ?ちょっと待って!結婚式、披露宴ときたら今日は初夜なんじゃないの?!
婚前交渉は・・・してるような雰囲気じゃないよね?
チラリとハルバートを見上げる。
この人と初夜?!
私、経験済みだけど、ユリアーノは間違いなく処女よね?!