19 メイリーロウの結婚式
オリステーレの屋敷に戻ると義父とシアが玄関で迎えてくれた。
「体調は悪くないか?」
義父は私が馬車に乗ることを心配してくれていた。
「大丈夫です」
最近は胎動を感じるようになって、子供が元気であることが解る。
「お義父様とヴィレスタ様にも話があります」
「解った」
応接室のソファーにゆったりと座り、三人とシアとランドールとオルカが来るのを待つ。
三人がソファーに座り、三人がそれぞれの後ろに立つ。
ヴィレスタ様の後ろには誰もいない。
「まずはこれをお義父様に」
離婚届の受理書を渡す。
「助かる」
「陛下からの申し出で、オリステーレは一族含めて全て潰すそうです。現金以外の物は全て没収。古いものは全て捨てよとのことです」
「そうか」
「私が産んだ子にシューテインという家名を名乗らせる事、子供が成人するまではハルバードが中継ぎになっても良いこと。お義父様は隠居で、私の子供に面倒を見てもらうこと。ヴィレスタ様はオリステーレの名が残っている間に、ステフォインお兄様との婚姻を早急にしろ。とのことでした。それから、陛下が私の子供に新しい屋敷を建ててくださるそうです。新しい屋敷が建つまではここにそのまま住んでもかまわないと」
「思ってた以上に優しい処分になったな」
義父が言い、ハルバートも頷く。
ヴィレスタ様は「お母様は?お母様はどうなるのですか?」
「それは何もおっしゃいませんでした」
「そうですか・・・」
実の母親のことだ、心配で当たり前だろう。
でも、私達のように優しい処分にはならないだろう。
***
メイリーロウの結婚式にオリステーレの名で夫婦で出席する。
私の子供が生まれるまではオリステーレの名を名乗ることを許されている。
オリステーレが潰されることはまだ噂にはなっていなくて、ドリステン家が失爵したことが一番の話題だった。
新郎は、メイリーロウの言っていた通りの人だった。ガテン系のおにーちゃんではなくボディービルダーだった。
残念なことにモーニングコートは似合わない。
「メイリーロウ、とても幸せそう」
「そうだな」
「・・・私達の結婚式の日、ハルバートは何を思っていましたか?」
「複雑な気持ちの中、幸せを噛み締めていた。陛下も偶にはいいことをすると」
「陛下が聞いたら叱られますよ。偶にはとはどういうことか?と」
ハルバートは明るい声で笑う。
「ユリアーノは不思議な女だ」
「そうですか?」
「遠くで見ていた頃と、今では違う女だと思う。結婚前はただ、ユリアーノの美しさを屈服させたいと思っていたが、今のユリアーノには愛して欲しいと思う」
私はハルバートの目を見つめ、少しの嘘を混ぜて小さな声で「愛しています」とハルバートに伝えた。
「こんな場所じゃなかったら、ベッドに引きずり込むのに・・・」
私の小さな嘘にハルバートは目をつむることにしたのだろう。
こめかみにキスを一つ落とした。
メイリーロウの結婚式が終わったら直ぐにヴィレスタの結婚式がある。
当初は私とハルバートと同じ規模の式を予定していたが、ごく内輪だけの小さな結婚式になる。
それでもヴィレスタは幸せそうなので良かったと思う。
オリステーレが潰されると決まった日、祖父は高笑いをして、涙を流したそうだ。
私にはまだ会ってくれない。
コンチェスタにヴィレスタが嫁ぐことが決まって、ヴィレスタに会う前に領地へ戻っていった。
祖父にとって、兄も裏切り者になったのだろうか?
両親や兄のオリステーレへの気持ちはどのように変化したのだろう?
オリステーレは無くなるけれど、人は生きている。
エルマリートの叔父様に義父とハルバートとエルロイが謝罪行脚を行っている。
初めて行った日は、三人ともずぶ濡れになって帰ってきた。
叔父が生きている間に許されることはないだろうと思う。
私なら許せないから。
私は相変わらず変なものを食べたがって、周りを困らせている。
梅の実と紫蘇の葉と塩で梅干しを作ったら「梅の実には毒があるから食べられませんよ」と怒られた。
梅干しにすると毒は消えると何度も説明しているのに、完成しても食べさせてもらえない。
実は夜中にこっそり食べている。
白米が欲しくて仕方ないけど、この世界には米はない。
夜中に食べていることがバレてしまって、食べてもなんともなかったことが証明され、食べたい時に食べられるようになった。
梅干しを叩いて砂糖を少し混ぜて鳥のささ身と和えたら、いくらでも食べられる。
最近は体重を増やしすぎないでくださいと、ララが私の食事量を五月蝿く言ってくる。
シューテインになるまで領地からの収入がないため、義父とハルバートは商業に手を出して現金を増やしたり減らしたりしている。
商品のヒントを私が少しだけ出している。
夢を見た。
健次が五歳年下の女の子と出会って小さな恋を育てている夢を。
本当だったらいいな。
ユリアーノと一緒にいなければそれだけでいい。
健次ならきっといい人を見つける。
でも、アラフォーだから早く結婚して欲しい。
我が子を抱いて欲しいと思う。
***
陣痛が来た。最初は首を傾げるようなものだった。
これなら楽勝!と思っていられたのはほんの数時間。
激しい痛みと、出そうで出ない苦しみに長い長い時間苦しめられた。
二度と子供なんて作らないと心に誓った。その後にやっと我が子と対面できた。
元気な男の子。シューテインを背負う子供。
生まれる前から重い荷物を背負わせてごめんね。
ハルバートの尻を叩いてしっかり働かせるからね。 フォロウェインと名付けられ、お義父様はメロメロになっている。
オリステーレの屋敷にコンチェスタの両親と兄とヴィレスタが遊びに来る。
ヴィレスタの体が小柄だからと言って、暫くは子供を作らないと言っていたヴィレスタがあっさり妊娠した。
兄はヴィレスタにハルバートより過保護になった。
年が離れている分、可愛いのかもしれない。
陛下が子供に会わせろと五月蝿くなってきたので、そろそろ行かなければならない。
陛下、新婚なのに私に会っていていいのかしら?
陛下は結婚して男の色気が増した気がする。
色目を使われると、夏弦がフラフラとおびき寄せられる。
王女は遠国から来た姫君リューチェウ様。側妃や愛妾が当たり前の国らしく「ユリアーノはいつ嫁いでくるのか?」と聞かれて驚いてしまった。
「夫がいますから」とお断りすると「せっかく友だちになれると思ったのに」と拗ねられた。
「嫁いでこなくてもお友達にはなれます」
そう言って納得してもらうまで、可愛くてつい笑っては怒られてしまう。
フォロウェインが三歳になって暫く経った頃、新しい屋敷が完成した。
私は二度と子供は作らないと誓った事をつい忘れてしまって二人目三人目と年子で作ってしまった。
三人目はまだお腹の中。二人目も男の子でベリートゥイン。
陛下と王妃自らが完成した屋敷を見に来て満足気に頷いて「古いものは全て捨てよ」と言って帰っていった。
身一つで引っ越しを済ませ、オリステーレの古いものは陛下が全て接収していった。
歴史的価値があるものも多いので、屋敷を建てた金額など簡単に超えてしまうと義父が悔しがった。
中身がなくなると、オリステーレの屋敷はあっさり潰され、更地になってしまった。
その潰された場所はシューテイン家の庭になり、色とりどりの花が咲く、素敵な場所になった。
三人目でやっと女の子が生まれた。キャルウェンと名付けられた。
陛下の所に第一王子が生まれたため、王妃が二人を婚約させようと言い出した。
陛下は大きくなって、二人が一緒になりたいといった時に考えればいいことだと言って、婚約の話は無くなった。