18 陛下に、中身が違うことは直ぐに解ったと言われてしまいました。
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執務室の部屋がノックされ、メイドが入ってくる。
封書を差し出され受け取る。
封蝋は陛下のものだった。
カルミとロッテの身柄は陛下が押さえていると書かれてあり、オリステーレを潰す覚悟はできたかと書かれていた。
マリアンネを領地に戻すのではなく、離婚するべきだった。
離婚したらその恨みが全てユリアーノに向かう気がして離婚できなかったのだ。
陛下としては前もって知らせてあった脅威の排除もできないオリステーレに価値はないのだろう。
私でもそう思うだろう。
オリステーレの血を引いていない女にオリステーレを潰されるのか。
これも父の置き土産だ。
父はこの結果に満足なのだろうか?
ハルバートを呼び、陛下からの手紙を見せると、長い息を吐きだし「爺様はこれで満足なのでしょうか?」と私と同じことを言った。
玄関が賑やかだ。マリアンネが帰ってきたのだろう。
陛下からの手紙を持ってマリアンネの下に行く。
「あなたっ!!ハルバートが死んだなんて嘘ですよね?!」
「マリアンネが殺させたんだろう。なら結果は知っているだろう?」
「違います!!私はハルバートを殺そうだなんて思っていませんでした!!我が子を殺そうだなんて考えるわけがないでしょう!!」
「死んだのがハルバートで本当に良かったよ」
「何を言うのですっ!」
「殺したお前がキャンキャン騒ぐな!!」
私の怒鳴り超えにマリアンネは怯えて体を震わせる。
私は手に持っていた陛下からの手紙を見せると「そんなっ!!」と言って泣き崩れた。
「満足か?オリステーレを潰した妻として名が残ることに」
「わたくしはそんなつもりはありませんでした」
私のズボンの裾に取りすがって泣いているが、私のほうが泣きたい。
「私は、オリステーレを潰した能無しと名を残すことになったよ。あれほど言っただろう?王命に逆らってはならないと。それなのに何故、コンチェスタに手を出そうとしたんだ?」
「わたくしは、ヴィレスタの事を守ろうと・・・」
「窮地に立たせているのは君だろう?ヴィレスタも私も、一族郎党皆、平民になることが決まった」
「ありえませんっ!そんな事ありえませんわっ!!」
「陛下からの手紙を見てもまだ理解できないのか?」
「父がエルマリート様を殺したことを咎められなかったのではない。我々を潰すために、目を瞑ったのだ」
「そんな・・・」
「まさか、オリステーレの血を継いでいない、他人にオリステーレを潰されるとは思わなかったよ。君もこれで満足かい?」
「私はオリステーレの人間です!!」
この女は何を言っても理解できないのだろう。
「おめでとう。ハルバートをその手で殺して、オリステーレを潰して、さぞ君は満足だろう」
「違います!!」
マリアンネはその場に泣き崩れた。
私のほうが泣き崩れたい。
間をおかず、来訪を告げずに扉が開き、マリアンネを捕縛して連れて行ってしまった。
泣いている女にも容赦がなかった。
私は伝令をコンチェスタに走らせ、訪問したい旨を告げさせた。
返事は『お待ちしております』との事で、私とハルバートは正装に着替え、コンチェスタへと向かった。
コンチェスタに着くと、応接室に通された。
我が家なら玄関先で応対して終わりだろう。
きっと、我が家には誠意というものが欠如していたのだろう。
「今回もまたご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。犯人が全員捕まりました。ステフォイン様を害そうとした実行犯は元使用人で、命令したのは私の妻でした」
コンチェスタの方々が息を呑んだ。
「陛下からオリステーレを潰すと言われました」
今度は息を吐く音が聞こえる。
「今まで本当にご迷惑をおかけいたしました。ユリアーノの事はこれから陛下と話をしようと思っています。陛下もユリアーノに悪いようにしないと思われます。我が家も出来得る限りのことをしたいと思っております」
コンチェスタの奥方が「よろしくお願いいたします」と言い、ステフォインが「ヴィレスタ様が嫌でなければ婚姻をしたいと思います」と言ってくれた。
ここで婚姻してもらえなかったらヴィレスタは本当に平民になってしまう。
私とハルバートは膝をついて「感謝します」と答えた。
「突然の訪問を受け入れていただきありがとうございました。まだ事後処理が終わっておりませんので、これにて失礼させていただきます」
「忙しい中、態々こちらまで来ていただきありがとうございました」
コンチェスタの面々に礼を言われて私達は困惑してしまった。
「本当にご迷惑ばかりを掛けて申し訳ありませんでした」
ハルバートと二人で謝罪して、コンチェスタ家を後にした。
ヴィレスタとユリアーノを呼び、陛下からの手紙を見せ、犯人はマリアンネで、陛下に捕らえられたと伝えた。
ユリアーノの身柄はどうなるか解らないが、ヴィレスタについてはステフォイン様が婚姻したいと言ってくれていることを伝えた。
「ヴィレスタはステフォイン様と結婚した方がいい」 ハルバートと二人で説得して、納得させた。
貴族の娘は貴族以外では生きてはいけない。
ヴィレスタの資産を切り離し、ヴィレスタに持たせることにする。
一族どこまでが処罰されるか判らないが、血の濃い親族にはあらましを書いた手紙を送った。
父、バリファンがしたこと、その父にコンチェスタを恨むように躾けられたマリアンネがしたこと、そして陛下にオリステーレを潰す覚悟しろと言われたことを書き記した。
親族が押し寄せてきたが、手紙に記した事以上のことは何もなく、父がしたこと、妻にコンチェスタを潰せと教育をしてきたことを伝え、陛下からの手紙を見せるしかなかった。
「陛下はオリステーレか、コンチェスタのどちらかを潰すつもりだったのだろうと思う。そして、虎の尾を踏んだのはオリステーレだということだ。陛下は各家がコンチェスタやその他の他家にしたことは調べ上げておられる。心当たりのある家は潰されるだろう。清廉潔白なら何も心配することはない」
そう言うと、親族達も黙り込んだ。
皆、心当たりがあるのだろう。
ああ、本当にオリステーレは一家も残らないのではないだろうか?
最期には私を責めることもできなくなって、黙って帰っていった。
「ユリアーノにはどれだけ謝っても謝り足りないと思っている」
「お義父様、私は何が起きても大丈夫なように覚悟を決めて嫁いできました。ご心配なさらずにいて下さい」
***
マリアンネに面会の許可が下りたが、私は会いたいと思わなかった。
離婚届を渡してくれるよう頼んで、面会は断った。
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陛下にお茶に誘われ、私はハルバートに付き添われ、王宮まで来て、一人で陛下の下へと向かった。
陛下とこうしてお茶をするのもこれが最後かしら?
陛下が来られるまで少し時間がかかり、二杯目のお茶が入れられた時、陛下が来られた。
立ち上がり陛下を迎える。
かなり忙しいのか、陛下の態度がどことなく雑になっている。
「お忙しそうですね」
「嫌味か?」
「いいえ」
「想定の中でも最悪の結末だな。オリステーレはすべて潰す。残せる家はなかった」
「はい」
「ユリアーノの子供にオリステーレの後を継がせる。家名はそうだな・・・シューテインはどうだ?ユリアーノの子供が成人するまで中継ぎでハルバートにシューテインを任せる」
「ありがとうございます」
「ステフォインはヴィレスタの面倒は見ると言ってるか?」
「はい」
「なら問題ないな。オリステーレが残っている間に嫁に出せ」
「解りました」
「レーベリッヒは隠居だ。ユリアーノの子供が面倒を見てやればいい」
「寛大なご配慮、感謝いたします」
「一族は現金以外全て没収だ。色々証拠が上がっているからな。これは譲れない。ユリアーノにとって、どうでもいいことだろう?」
私はクスリと笑い「はい」と答えた。
「屋敷は建て替えてやる。古いものはすべて捨てさせろ。それが条件だ。新しいものが建つまでは今のまま住んでいていい」
「領地に下げられるかと思っておりました」
「そんな事をしたらユリアーノとお茶ができないじゃないか」
「そろそろ正妃をお迎え下さい」
「酷い女だな。お前が欲しかったと伝えただろう?」
「酷い男ですね。平気な顔をして私を敵に売り飛ばしたのに」
二人で笑い合う。
「体調に問題ないか?」
「はい。今のところ。仇もとれましたし」
「ユリアーノは望んでいたが、お前は望んでいないだろう?」
「えっ?」
「惚れた女のことだ。中身が違うことは直ぐに解った。だが、中身が違ったらもっといい女になった。お前の名前はなんというんだ?」
心臓が止まるかと思うほど驚いた。
答えていいのか迷う。
私はつばを飲み込んで、正直に答えることにした。
「夏弦と申します」
「ジレンマだな」
「はい?」
「ユリアーノと結婚を選んでいたらナツルに会えなかった。ハルバートと結婚させたからナツルに出会えた。私はナツルが欲しい。だが、ハルバートの妻だから手を出せない」
「これからもお茶をしに来い。子供にも会わせろ。そうしたら正妃を娶ってやってもいい」
「陛下のよい時にお呼び下さい」
「約束だぞ」
「はい」
陛下が立ち上がり、私にも立ち上がるように言った。
そっと抱きしめられ「ナツル、幸せになれ」と言った。
陛下に中身が違うことがバレているとは思わなかった。
ダンスの時にあれ?とは思ったけれど・・・。
気づかなかったふりをした。
陛下はきっと誰にも言わない。
たまにお茶を飲んで、時折ナツルと呼ばれて互いに満足するのだ。
真実に気が付くほど誰よりも、ユリアーノと夏弦を愛している人。
王宮を出る前に義父と義母の離婚の受理書を渡された。