14 陛下はほんの短い接触でユリアーノの中身が違うことに気がつく。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
玄関で義父とハルバートに挟まれて、お客様をお迎えする。
私ができる最高の笑顔でお出迎えだ。
心構えはすべての人を魅了する!!だ。
お客様はコンチェスタ家の娘が、嫁に来たとはいえ、オリステーレの女主人になるなんて信じていなかった。
私も信じられない。
挨拶をする人、全てが驚いている。
最初の数人は緊張していたけれど、お客様の表情がおかしくて、なんだか楽になった。
後は陛下が来られるのを待つばかりになった。
ダンス用ではない音楽を控えめに流してもらい、義父とハルバート、ヴィレスタの四人で一緒にあいさつ回りをする。
ランドールが義父に耳打ちをする。
陛下が来られたのだ。
音楽がやみ、ざわめきだけがこの場を満たす。
シアが陛下が来られたと声を上げる。
落ち目の侯爵家の夜会に陛下が来られたことが信じられない者達が少しざわめくが、万が一があるので、皆静かになって陛下を迎える姿勢になる。
私達四人は玄関前で陛下が馬車から降りるのを待ち構えていた。
「やぁ、招待してくれて感謝するよ。ユリアーノ、立派な女主人ではないか。今宵の記念にこれを」
ドクンと胸が一つ高鳴る。
そう言って下賜されたのは、陛下がはめていたアレキサンドライトで飾られた王家の紋章入りのネックレスだった。
えっ?!紋章入りって貰ってもいいものなの?
私は義父に目をやって、頷くのを確認してからありがたくいただいた。
陛下自ら私の首に付けてくださる。
これって本当にいいの?!
これ一つでいったいいくらするんだろう?
陛下もユリアーノを忘れられない?
なんて下世話なことを考えるのは現実逃避だろうか?
側に来たオルカに髪を整えてもらって、陛下を席に案内する。
音楽がまた流れ始め、ざわめきが聞こえ始める。
「本日は忙しい中、我が家の夜会においでくださりありがとうございます」
私が挨拶を述べ、陛下へ感謝する。
「ユリアーノがオリステーレの女主人になった大事な日だ。私が後援せずして話は始まらんだろう?」
「感謝いたします」
「あまり長居は出来ん。ハルバートと踊ってくるがいい。その後は私と一曲踊ろう」
「ありがとうございます」
私とは関係ない部分で、また心臓が跳ねた。
ダンス用の音楽に代わり、私とハルバート、義父とヴィレスタが踊る。
一曲めが終わると、陛下が私の下にやって来て、私の手を取った。
誰も踊らず、私と陛下が踊っているのを黙って眺めている。
陛下自身が踊ることは本当に稀なことだから。
もしかすると公の場で踊られるのは初めてなのではないだろうか?
刺すような視線を感じて、そちらを向くと、ナウシカ様が唇をかみしめて、睨みつけていた。
「どうだ?」
「どうとは?」
「私もそこそこ踊れるだろう?」
「はい。とても踊りやすいです」
学生の頃ですら、陛下は誰とも踊らなかった。
「・・・・・・辛くはないか?」
「はい。大事にされております」
「不幸ならハルバートから取り上げることもできたかもしれんのに、残念だ」
ちっとも残念そうではない態度だけれど。だから少しだけ・・・少しだけ嫌味を言ってみた。
「陛下が手放した者は大きかったですか?」
「口惜しくて眠れぬ夜がある程にな」
「その者は幸せでございますね」
「ずっと私を悔しがらせ続けてくれ」
私は陛下と目を合わせ、微笑み合う。
「努力いたします」と。
「まるでユリアーノではないみたいだ。私が知るユリアーノとは反応が違う・・・」
私は思わず息を呑んで体が震えた。
曲が終わりを告げ、陛下と挨拶をして離れた。
一曲踊って、私の後押しをして、陛下は帰っていかれた。
私の心臓は壊れたみたいに早鐘を打っていた。
翌日から貴族社会は陛下が私と踊ったことと、私がオリステーレの女主人になった話で持ちきりになり、オリステーレの女主人として私は世間からも認められた。
お茶会に呼ばれ、パーティーにも呼ばれる。
夫婦同伴のものは積極的に参加して、ハルバートとうまくいっているところを見せて回る。
ハルバートが私を見る目と同じものを返せなくて、心苦しかった。
***
もしかしたら妊娠したかもしれない
夏弦なら二週間程度の遅れはよくあったけれど、ユリアーノは生理がきっちり来ていた。
悪阻が酷かったりして今動けなくなるのは困るんだけど・・・。
まだ医者に掛かっても判らないよね?
この世界、医学はあまり発達していないし。
ハルバートとユリアーノの子供・・・。
すっごく可愛いんじゃないかしら?
やだ、本当に欲しくなってきちゃった。
妊娠検査薬、薬局で売ってないかな〜?
はぁーー。
***
友人のメイリーロウが結婚が決まったと報告に来てくれた。
お相手は隣国の伯爵家の四男で、婿入りしてくれるそうだ。
「絶対恋愛結婚するって言ってたのに、お見合いだったの?」
「ふっふっふっ。熱烈な恋愛結婚よ」
「え?そうなの?」
「お父様の仕事で隣国に付いていってたの、そこで知り合って、私好みの格好いい人で、隣国にいる間、デートをしていたの」
メイリーロウの格好いい人というのは、ガチムチのガテン系の人のこと。
顔より筋肉が一番大事だった。
「騎士様なの?」
「いいえ、それが隣国でも重宝されるほどの優秀な文官なの」
「あれ?メイリーが格好いいって思う人なんでしょう?」
「そうなの。筋肉に覆われた逞しい体で、ペンを持ったら握り潰しそうなほど大きな手なのだけど、とても優秀な文官なのよ」
「最高の男性を見つけたのね」
「そうなの!!」
「おめでとう!!式は何時頃なの?」
「教会に空きがあったから、六ヶ月後なの。来てもらえそう?」
「何があっても行くわ」
ドレスの話から、最近のお茶会での噂話まで色々教えてくれてメイリーロウは帰っていった。
***
ハルバートはユリアーノが好きで仕方ないようだ。
それが日常生活の中でも全身からにじみ出ている。
結婚前はユリアーノの容姿が好きだったけれど、今は中身の私を好きでいてくれている。
私もハルバートのことは嫌いではない。
好きかと聞かれたら好きだとは言える。
愛しているかと聞かれたら、言葉に詰まって答えられないけれど。
ただ、円滑に関係を深めていきたいとは思っている。
いつか、愛せる日が来るだろうか?
あれだけ情熱的に求められ、愛の言葉を惜しまず与え続けられたら、その気がなくてもそのうち陥落するだろうと思いたい。
ただ、ユリアーノの拒絶が凄くて、それに少し引っ張られてしまう。
ユリアーノは陛下に嫁ぎたかったみたいだけど・・・私は陛下はお断りしたい。
あの王妃教育の続きを受けたいと思わないし、婚姻した私にはその資格もないだろう。
ユリアーノは陛下に選ばれると思っていたのに、陛下に裏切られて、憎んでいる相手に嫁げと王命を下されて、ユリアーノは絶望してしまった。
それで魔法に傾倒して、入れ替わりの魔法を見つけてしまって、実践してしまった。
どうなるか深く考えもせず。
この世界の人が、私が生きていた二十一世紀に順応するのは大変だろうと思う。
予備知識がなにもないんだもの。
きっとユリアーノは想定外だったのだろうと思う。現在の地球のような世界があるなんて。
それか、この世界の中だけで入れ替わりが行われると思っていたのだろうか?
ユリアーノは三十六歳のそれも結婚前に男と同棲していると知って、どう思ったのだろう?
ここの価値観で言ったら、売女になるのかしら?
笑える。
ユリアーノの知識があるから、入れ替わりの魔法は私も使える。間違いなく。
ユリアーノの魔法の力は強すぎるとユリアーノは考えていた。
だから、魔法が得意だった事を伏せていた。
バリファンを殺すために。
魔法が得意なことを隠してはいたけれど、ユリアーノは成績の上位は譲らなかった。
陛下に釣り合う女でいるために。
私はどの程度使えるのが普通なのかが判断できないけれど、今は誰も使えないと思われている、入れ替わりの魔法が使えるのだから、私はちょっとどころか、かなり力が強いのだと思う。だから失敗しないように、人前で魔法は使わないようにしている。
ユリアーノの意識が私の中にすべてが収まったとき、ユリアーノとは相容れないと思った。
自分が逃げるために入れ替わったことも、下位への態度も、私には理解できない事ばかり。
どうすればいいのかは解るけれど、貴族の矜持も私には理解できないままだ。