12 夏弦と健次は心で繋がっている。
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お母様にオリステーレの女主人として面会を申し出た。
母からは躊躇った様子がありありと解る返事が届き、女主人としての面会を取り付けた。
両家の中間よりコンチェスタ寄りにある貴族御用達、個室完備のレストランに母を招いた。
和やかに母と娘の食事を済ませ、本題に入る。
「この度はお会いしていただきありがとうございます。世代交代のご挨拶をしたいと思い、失礼ながら声を掛けさせていただきました。若輩者ですがこれからよろしくお願いいたします」
母は青い顔をしていたが、世代交代と聞いて我が子を誇る母の顔になった。
「信じられないわ。コンチェスタの大切な娘がオリステーレの女主人になるなんて」
「私も聞かされたときは驚きました」
「マリアンネ様はどうされたの?」
「私に説明はありませんでしたが、妄執に囚われ過ぎてしまって、領地に戻されたのではないかと思っています」
「嫁いできたからこそ恨むしかなかったのかしら・・・」
「そう、なのかもしれません。・・・私もこれからオリステーレの女として振る舞わなければなりません」
「そう、そうね。立派に努めなさい」
「はい」
母にオリステーレの現状を話し、コンチェスタに謝罪したい旨を伝える。
「まずは私から謝罪をさせてくださいませ」
母が頷く。
「亡くなったバリファンにすべての罪をなすりつけるわけではありませんが、本当に現当主である義父は知らなかったことなのです。知らなかったからといって知らぬ顔をしたままには出来ません。是非、謝罪の機会を頂けませんか?」
複雑な表情の母にほんの少し娘の情を出してお願いをする。
「解りました。一度この話を持ち帰り、話し合ってまいります」
「来週の月曜日にまた、お会いして頂けますか?」
「喜んでとは答えにくいですが、お会いしたいと思います」
「ありがとうございます」
また少しだけ、ユリアーノという母の子供に戻り「皆元気ですか?」と聞いた。
「元気ですよ。こちらの心配はいりません」
じっと母を見つめ「お祖父様は?」
「・・・お元気ですよ」
「よろしくお伝えください」
「伝えておきますね」
母はほんの少しためらう様子を見せ「なんだか私の知っているユリアーノより頼もしい気がするわ」と言って去っていった。
まずは私の友人たちへ、オリステーレの女主人が変わったことを知らせるための小規模のお茶会を開催する。
小規模といっても十人は招待する。
友人たち一同は驚いており、嫁入り前の私と今の私の違いに触れる。
「あれ程嫌がっていたのに、よく受け入れられたわね」とか「逃亡すると思っていたわ」などと言われた。
ええ。ユリアーノは逃げ出しましたとも。
噂を広めるのは友人たちにおまかせして、私は新しい使用人達を使えるように育てなければならない。
噂はあっという間に広がり「コンチェスタの娘が、オリステーレを乗っ取った」とか「所詮女は」と言われている。
噂が広まると、事実確認したがる人達から、お茶会やガーデンパーティーのお誘いがやってくる。
受けられるものは受け、受けるべきではないお誘いは徹底して断った。
些細な問題は数しれず起こったが、大きな問題は何も起きてはいない。
私はユリアーノの記憶のおかげで恥をかかずに済んでいる。
貴族としてのユリアーノ、様々ね。
二度目の母との面会には父と兄も来ると連絡が来た。
前回と同じレストランで会う。
久しぶりの家族との食事に、ユリアーノとしての私は浮足立つ。
夏弦の両親とはあまりうまくいっていなかったので、ユリアーノの両親と上手く付き合えるのが嬉しい。
楽しく世間話をし、親族の思い出話をする。
食事が終わり、空気を引き締まったものに換える。
今から私はオリステーレの女主人だ。
初めにオリステーレとして謝罪をし、義父との面会をお願いする。
本来なら義父からの面会を申し込むべきだが、いきなりでは面会の約束も取り付けられない可能性を考えて女主人同士の話から持ち込んだことを伝え、これについても謝罪する。
勿論、私が謝罪することのおかしさはここに居る全員が理解している。
けれど、ヴィレスタの嫁入りが控えているため、急いでいるのだ。
「コンチェスタの皆さまが簡単に許せないことは重々承知しています。エルマリート様のことに関してすべてオリステーレが悪いと、オリステーレ全員が認識しております。是非謝罪の機会をいただきたいと思います」
「オリステーレに非があると本当に思っているのか?」
父が信じられないと聞いてくる。
「はい。間違いなく。オリステーレが悪いと義父達も思っております」
「本気で謝罪したいというのなら一度会ってみてもいいと思っている。ヴィレスタ様の輿入れまでになんとかしないと・・・」
「感謝いたします」
現在、私の結婚式のときと同じように、各々が勝手に結婚式の段取りをしている状況になっている。
教会、披露宴会場は私のときと同じ、結婚式の日取りも同じと決まっている。
陛下が、ヴィレスタの結婚を一年伸ばしてもいいと言っていたらしいが、兄の結婚が伸びるのは兄のためには良くない。
陛下に譲ってもらうより、こちらが陛下の無理難題を受け入れたと見せたほうがいいに決まっている。
「ユリアーノが女主人としてオリステーレで扱われているのなら私もそれなりに扱いたいと思っている。ただ、お祖父様が・・・」
兄が祖父の心配を口にする。
「そう、ですね・・・」
皆でひとつ息を吐いた。
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ユリアーノと名乗る夏弦と2〜3日前まではまだまともに話ができていたんだと思う。
高飛車で嫌な女を体現したらこんな女だと言える、嫌な女。
この女がふとこぼした言葉が「夏弦がすべての記憶を持っていってしまう」だった。
夏弦の記憶も一部あったし、ユリアーノと言う女の記憶も持っていた。
だが今、この女は夏弦でもないし、ユリアーノと言う女でもないのではないだろうかとおもう。
さすが夏弦。この嫌な女から全てを奪ったんだな。誇りに思うよ。
この女はただ「帰りたい」と何度も言うだけだ。
どこに帰りたいのか尋ねても、それも分からないようで、こちらの方が困ってしまう。
精神科の病院に連れていき、診察を受けさせると即、入院が決まった。
記憶が失われていると判断され、脳に異常がないかも調べると言っていた。
大事なことなので、病院には俺は関係ないことを伝え、退院してもこの女の行く宛はないことを伝えた。
夏弦の両親の連絡先は一応伝えたが、俺の連絡先は伝えなかった。
夏弦の預金で小さなレンタルルームを借りて、夏弦の不要な荷物をそこに運び込んだ。
ユリアーノにこの世界でお金を稼げるとは思えないので、夏弦の預金がつきたらおしまいだ。
夏弦との思い出の部屋を出たくはなかったが、ユリアーノが戻ってくる可能性があったので、出ていくことに決めた。
俺は綺麗さっぱりユリアーノと名乗る女を捨てた。
夏弦、お前はこれで正解って言ってくれるよな?
夏弦に会いたいよ。
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健次、私も会いたいよ。
ふと、そう思った。
健次の顔が思い浮かぶ。
ユリアーノを拒否してくれているよね?
殆ど言ったことはなかったけれど、健次のことを愛しているわ。
ハッとして現実へと引き戻される。
私、執務中にボーっとしていたのね。
夏弦がしたなら痛い仕草も、ユリアーノなら許されるだろう。
鏡の前でテヘペロをしてみた。
ユリアーノの可愛さに衝撃を受けた。
私はこの容姿をもっと上手く使うべきではないだろうか?
そんな愚かなことを考えて、ハルバートにはどんどん使っていこうと決心した。
それがハルバートを煽るだけになるとは考えていなかった・・・。
私、大失敗。
ハルバートに手加減を教え込まなければ私、足腰立たなくなっちゃう。
断りたいのに断れないお茶会のお誘いが来た。
完全な敵地である。参加者もナウシア一派ばかりが集められているんだろうなぁ・・・。
楽しいお茶会になりそうで、返事をする前からため息が漏れる。
執務を始めた私に、シアの娘であるオルカが私の執務の専属として付けられた。
義母の息は全く掛かっていない。
「オルカ、なんとか断る理由をひねり出して」
「誰かを殺す以外の方法はないかと思われます」
「ですよね〜」
諦めて参加の返事を書いてオルカに手配を頼む。
「ドリステン家となにかあるのですか?」
「私にはなにもないのよ。けれど学生時代から何故か私に絡んでくるのよ」
本当はナウシア・ドリステンが陛下の事が好きで、陛下に大事にされている私が許せなかったのよ。
会ったらどんな嫌味を言われることやら。
はぁ〜〜〜。気が重い。