01 ユリアーノの魔術で入れ替わる。
瞬き一つしたら、眼の前に金髪の綺麗なお嬢さんがウエディングドレスを着て、座っていた。
私が口を開くと同じように口を開いた。
「あれ?ちょっとまって?」
耳に聞こえる自分の言葉は日本語じゃない・・・。
なのに理解できる。
私が発していたよね?
手を金髪の人に伸ばすと金髪の人も私に手を伸ばしてくる。
顔に触れると金髪の人も顔に触れた。
いや、解ってたよ。鏡に写ってる金髪の綺麗なお嬢さんが自分かもって。
鏡の中の私が瞬きをする。
あぁ、私はユリアーノ・コンチェスタだ。
でも信じられない。信じられるはずがない。
自分が金髪で、見るからに外国人でユリアーノって。なに?
挙げ句にすっごい重い、豪勢なウエディングドレスを着てるんだけど・・・!!
ドレスの重みでこの細腰が折れるんじゃないかと思うくらい重いんですけど?!
意識もしない瞬き一つの時間だった筈。
世界が一転した。
これはどういう事?
ウエディングドレスを着ているってことはもしかして・・・?
ただのフィッティングだよね?
今から結婚式なんてことはないよね?
っていうか私、誰だったっけ・・・?
また瞬きをすると思い出す。
金神夏弦三十六歳よね。
この体は私のものでは・・・ない。よね?
この金髪のユリアーノ、どう見ても二十歳より若く見えるんだけど・・・未成年が結婚?
羨ましい。私、結婚したことないのに!!
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一つ、瞬きしたわたくしは知らない誰かになっていた。
わたくしの望んだ通りになった。
あの魔術書に書かれていたことは本当だったのね。
わたくしは満足の笑みが自然と溢れた。
鏡に映るわたくしは濃いブラウンの髪に、瞳は黒に近いブラウンで周りが青色で縁取られていた。
美しさも気品もない平凡な女・・・。
わたくしよりかなり年上よね?!
嫌だわ・・・。
わたくしまだ十七歳だったのに。
鏡に映る新しい自分を見てガッカリする。ユリアーノと同等の相手と入れ替わるとばかり思っていた。
肌の色も違うし、この人、かなり年をとってるわ。
元の自分でいることを考えたら、まだこの女の方がマシと思える日が来るかしら?
体内のどこを探しても魔力が見当たらない。
この人が気に入らなくてもこのままこの人で居るしかないってことね・・・。
ハルバートと結婚するよりかはましだけど、この人でいるのも最悪よね。
周りを見回すと、ごちゃごちゃといろんな物があって、部屋は小さくメイドも見当たらない。
「誰かいないの?!」
何も返事がない。
まさか、わたくしが平民になったなんてことはないでしょうね?
わたくしの本当の名前はユリアーノ・コンチェスタ。
侯爵家の娘。
この体の持ち主は・・・・・・金神夏弦というのね。
・・・三十六歳!!最悪だわっ!!
私の年の倍以上!!あんまりだわっ!!
お母様との年のほうが近いじゃないっ!
思考を巡らせると私は、ユリアーノと夏弦のどちらの意識も持ち合わせていた。
ユリアーノだったことを覚えてはいても、入れ替わった相手に過去を渡すことになる為にほぼ忘れると魔術書には書かれていたのだけれど・・・。
入れ替わった後のことまで解らないし、記載できるわけないものね。
こんな年老いた体で一体どうしろというのか。
吐きたくはないけれど、ため息が一つ漏れてしまった。
鏡を見て不満ばかりが募る。
前の自分の姿を思い出し、鏡に映る目の前の夏弦の姿にガッカリする。
こんな事は想定していなかったわ。
ハルバートとは結婚したくはないけれど、こんな体、本当に嫌だわ。
わたくしがどちらの記憶も覚えているということは、私の世界に入れ替わった夏弦は何も解らないままなんじゃないかしら?
まぁ、わたくしの知ったことではないけれど。
わたくしの記憶は多ければ多いほどいいものね。
けれど、鏡に映る女の記憶はそれほど多くは持っていなかった。
ピンポンという音がどこからか鳴り、なんだろうと思っている間に、金属がこすれる音がして誰かが「ただいま」と言って部屋に男が入ってきた。
そう・・・、鍵を持っているのは夏弦の恋人の上川健次。
半同棲に突入してしまったせいなのか、結婚には至っていない。
えっ?半同棲って・・・なに?
結婚もしていないのに、男性と二人だけで暮らしているの?なんてふしだらなっ!
夏弦の記憶を思い出して・・・なんてことっ!
結婚してないのに体の関係がある?!
一緒に暮らしてるって何?!どういう事?
「ただいま」
「お、おかえりなさい・・・」
健次が別の部屋へ行き、着替えて出てくる。
「メシは?」
メシって何?
「食ったのか?」
空腹は・・・感じている。
「食べていないわ・・・」
「なんだ、用意してあるじゃん」
「えっ?ええ・・・」
訝しんだ健次が私の目の前で膝をついた。
「どうした?」
「あっ・・・」
ユリアーノの記憶の中から何かが抜けた気がした。
「本当にどうしたんだ?」
夏弦の記憶が、健次に嘘隠し事はしてはいけないと強く訴えてくる。
「わたくし・・・話があるのです」
「大事な話か?」
「ええ。とても」
「わかった」
テーブルに招かれ、椅子に座わるようにうながされる。健次はキッチンで飲み物の用意をしている。
目の前のカップに香ばしい香りの緑色の飲み物が置かれた。
腰を落ち着けた健次が口を開く。
「話ってなんだ?」
「信じてもらえないかもしれませんが・・・わたくしは金神夏弦ではありません」
「はっ?・・・・・・ふざけてるのか?」
「真面目に話しています」
「何を言ってるんだ?」
「体は金神夏弦で間違いはありません。ですが、体の中身のわたくしはユリアーノ・コンチェスタといいます」
「ユリアーノ・コンチェスタ?」
「はい」
「それを信じろと?」
「私の国にある、失われた魔術で、夏弦さんと入れ替わって私はこちらにやって来ました」
「ふざけてんの?」
「健次さん、信じて下さい。夏弦さんの記憶も多少持っていますが、どの程度持っているのかも解りません」
わたくしが嘘を言っていると思っているのか、苛立った健次さんが一息にお茶を飲んだ。
「この世界で私が支障なく暮らしていくのはちょっと大変かもしれません。私の世界では結婚以外で男性と暮らすことなどありえませんし、結婚もしていないのに両親と離れて暮らすこともありえません。いえ、貴族以外にはあるのかもしれませんが、私の知る限りではありえません」
「貴族・・・?」
「私は貴族で侯爵家の娘です」
「侯爵?公爵?・・・どっちにしても選民意識のある人間か?・・・君が言うとおりだったとして、中身の夏弦はどうなっているんだ?」
「中身の夏弦はわたくしが居た世界に渡り、今頃ハルバート・オリステーレと結婚式を挙げていることでしょう」
「はぁっ?!」
驚愕に目を見開く健次を、この人もわたくしの自分勝手が作ってしまった被害者なのだと思い当たったけれど、それに罪悪感など感じない。
わたくしがハルバートと結婚なんてできないのだから仕方のない犠牲なのだもの。
だから諦めてもらうしかないのだ。
けれど、あまりにも違う世界過ぎて困ったことになったとユリアーノは自分勝手なことを考えていた。
ユリアーノの記憶がひとつ、またひとつと消えて、夏弦の記憶が少し思い出されて、記憶が補完されていく中、健次と両親、兄弟の記憶は増えていかなかった。
夏弦が手放そうとしないのかもしれないと思い当たり、ユリアーノとして生きている夏弦には戻ることなどできないのだから、いい加減諦めるべきだとユリアーノは自分勝手に思った。
そして、若さのない手を見て、また自分勝手にげんなりとした。
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彼氏はいるはず!!一応いた。・・・あれ誰だっけ?
彼氏がいたことは覚えているのに名前も顔も思い出せない・・・。
一緒に暮らしていたはず。
思い出せない・・・。
けれど今はそれどころではないと意識を切り替える。
今はそれよりウエディングドレス問題!
フィッティングでありますように・・・!
室内を見回すと、フィッティングルームには見えない。
どう見ても控室よね?それもかなり上等な部屋。
今からお式にしか見えないんだけど・・・。
だけど、私の知る文明の利器はどこにも見当たらない。
時代が違うのかしら?
ここは一体どこなのかしら?
誰かに相談したほうがいいんじゃないのか?と考えついたけれど、誰に相談すればいいのかも解らない。
一旦、結婚式を中断してもらって・・・。
誰が信じてくれる?中身が入れ替わっているなんて話?
もしかしたらこの世界では普通にあることかも・・・しれない、じゃない・・・?
一番最初に出会った人に私の状況を話してみる?!