29、絶望の淵
忍び込んだ薬草部屋で神官長とジェニエス侯爵に見つかった私はあのまま部屋へと連れ戻され、鍵をかけて閉じ込められ一日が過ぎた。
今は多分真夜中を過ぎた頃だろうか。このまま夜が明けたら、侯爵が企んでいるお茶会が始まってしまう。
鍵は外側から掛けられているため扉はびくともしない。
部屋の窓は小さすぎて出るには窮屈そうだし、出られたとしてもこの高さじゃ怪我をするだけじゃ済まないだろう。
ジェニエス侯爵がこんな反逆を企ててたなんて。
あの薬草の山を思い出す。
だからここ最近、国王陛下の具合が悪かったんだ。
毒草で徐々に陛下を襲っていたなんて……。
ああ、こうしてる間に国王陛下を始めとして、エドワード殿下もメアリー様も危機にさらされてしまう!
私はドアノブをガチャガチャと必死に回しながら唇を噛む。
悔しい。
あんな悪意を知ってるのに、何もできない非力な自分が悔しい。
すると、突然扉が開いて勢い余った私は後ろに倒れて尻餅をついてしまった。
「うわっ」
扉から現れたのはジェニエス侯爵だった。
「そんなことをしても無駄だ」
ジェニエス侯爵は冷ややかな表情で私を見下ろしながら言う。
「うちの騎士は気性が荒くてな。痛い目に遭いたくなかったら静かにしていることだ」
そう言いながら扉の外に立っている騎士を顎で指した。
屈強そうな怖い顔をした男だ。
「お前はうちの娘がなにやら用があるらしくてな。すぐに始末したいが駄目なんだ。まあいずれにしろこの国はあと数時間で俺のものになる」
ジェニエス侯爵はそう言い残して笑いながら去って行った。
どうしよう。どうしたって、ここから出られそうにない。
もし出られてもあの監視の騎士がいたらすぐに捕まっちゃうよね。
私は絶望的な気持ちになる。
もう、エリック様に会えないの……?
いつも私を揶揄うようなあの瞳で見つめてもらうこともできないの?
今までのエリック様との思い出が走馬灯のように駆け巡る。
シャンデリアが落ちてきたときも、ベリルの実の毒を飲んだときも、不審者に襲われそうになったときも。
ああ、エリック様はいつも私のこと守ってくれてた。
彼の優しい手や時折見せた私を見つめる甘やかな瞳を思い出す。
揶揄ってばかりいたけれどそれと同じ分だけ、ううんそれ以上に……。
私を大切にしてくれてた。
私はそれに気づいてしまうことが怖かっただけだ。
自分の気持ちを認めて想いを伝えようと思った矢先に神殿に連れてこられ帰れなくなって、エリック様がくれていた気持ちに気づいたと思ったら、今度は命すら危うい。
そして、エリック様は侯爵に毒草で惑わされてヘレナと結婚させられてしまう。
そんなことになったら、私のことなんてあっという間に記憶からなくなってしまうのかもしれない。
考えれば考えるほど絶望しかない私は、そこから立ち上がることもできずに泣き続けたのだった。
◇◇◇
あれから何時間が経ったのだろう。
太陽が昇って辺りはすっかり朝日に包まれている。
泣き疲れて寝転んだ私は徐々に落ち着きを取り戻した。
もうお茶会まで数時間もない。
みんながジェニエス侯爵の策略にはまってしまう。
私は目を見開いて頬をパチパチと叩く。
泣くだけ泣いたらすっきりした。
どうせここにいたってジェニエス侯爵にやられてしまうだけなんだ。
だったら窓から飛び降りてでもここから出よう。
あんな奴の手にかかるくらいなら足の1本や2本……!
私はお腹にグッと力を入れて立ち上がり、ベッドのシーツを引き剥がした。
力任せにそれを引き裂き、繋ぎ合わせて綱を作っていく。
何もないよりマシだ。
繋ぎ合わせた綱をベッドに括り付けてから、窓を開けて外へ放り投げた。
これで壁際をつたって降りよう。
無謀なことはわかっていても、動かずにはいられない。
窓から顔を出して下を見てみると、想像以上の高さに鳥肌が立つ。
ああ、しかも綱の長さが全然足りてないよ……。
あそこまでいったら後は飛び降りるしかないな。
そもそもあそこまで私の腕力が持つかしら……。
いやいや!弱気になってる場合じゃない!
みんなの無事がかかってるんだから!
私は気合いを入れ直して、改めて綱を掴み窓枠に足をかけようとした。
その瞬間、ガチャリとドアノブを回す音がする。
ぎゃあ!!
もしかしてジェニエス侯爵?!?!
私は慌てたが窓から抜け出すよりも一瞬早く扉は開いてしまった。
バッと扉の方を向くとそこには大きな人影が見えた。
「…………!!」