28、レイラの伝言(エリック目線)
「あ、あの、こんなに、ご丁寧にお迎えいただいて、ありがとうございます――――」
応接間で目の前に座るジュノー伯爵令嬢が、テーブルに用意した紅茶と菓子を見渡しながらおどおどした様子で恐縮している。
早いところ用件を済ませて帰ってくれるとありがたいのだが……。
先ほどから、どうにものんびりと回りくどい言い回しの令嬢にやきもきとしていた。
しかし一体何の用事だというのだろうか。
今回、令嬢から訪問したいという連絡を受けて俺はふと思い出した。
あんなに来るもの拒まずだった俺が、いつしかどんな女性にもなびかなくなっていたことに。
これまで、女性の誘いを断ったことはほとんどない。
勇気を出して女性から声を掛けてくるならば、それに応えるのは男の役目だろう。
それは紳士的な発想でもなんでもない。
ただ単に、自分にとって女性は女性であるだけ。
誰でも良かったし、どうでも良かったのだ。
そんな俺を危惧した父親は、ありとあらゆる選び抜かれた女性を俺のもとに送ってきたが、その誰にも夢中になることなく心を許すこともなく、時は過ぎていった。
後継者を作らなければならないことは家門を継いだ時からわかっている。
恋愛結婚をしようなどとも思ってもいなかった。
いつかは家門に見合った女性と、家同士の利益のための結婚をするのだろう。
ただそれだけ。
そう思っていた。
彼女に出会うまでは――――。
最初は偶然を装って近づいてきた他となんら変わりのない令嬢の一人だと思っていた。
暇つぶしにちょうどいいと思ってダンスに誘ってはみたが、少し変わった娘なのだろうと思った程度だ。
だが、会うたびに誰かを助けていたり、感情を剥き出しにしている姿を見て少し眩しい気持ちになっていた。
ただそれだけだったのに、ずっとあの笑顔が見たいと思うようになっていたのはいつからだろうか。
とまあ、今は彼女――レイラ以外の女性と会う気には到底なれなかった。
何なら令嬢の訪問さえ拒みたかった。
だが、ジュノー伯爵家と聞いて無碍にはできなかっただけだ。
ジュノー伯爵家とロラン公爵家は先祖代々、特別な縁、というか協力関係にある。
――――それだけが理由じゃないことは自分でも分かっている。
ただ、レイラがジュノー伯爵令嬢と友達になったと嬉しそうに言っていたのを思い出しただけだ。
彼女との繋がりがそれで保たれるような気がしてしまったのかもしれない。
レイラが神殿に行ってもう既に3週間以上が経った。
まさか聖女だったなんて。
すぐに面会を求めたが、神殿からの返事によるとレイラは俺と会うことを拒否しているとの返事でそれ以来音沙汰はなかった。
最後に会った時、走り去ったあの様子を思い出す。
あんな別れ方じゃ嫌がられても当然か……。
「あの、公爵様……き、聞こえていらっしゃいますか?」
「ああ、すまない。それで、何の話だ?」
「ええ、それで、神殿に行ったらレイラさんが公爵様に伝言をお願いしたいと」
!!!!
それを早く言ってくれ……!!
「ああ、それで、レイラは何と?」
あくまでも平静を装うが、内心気が気じゃない。
レイラは今何を思っているのだろうか。
俺と会いたくないのは何故なんだ。
令嬢を問い詰めたくなる感情を押し殺し、あくまでも平静を努めた。
「はい、あ、あの神殿から出られるように助けてほしいとおっしゃって……」
「……?! 助ける?」
「ええ……あ、あと、公爵様にどうしても話したいことがあるとも言ってました――――」
レイラが俺に話したいこと?
何故だろうか、不思議と目の前が明るくなるような気持ちになる。
レイラは俺に会いたくない訳じゃなかったのか。
では、あの神殿からの拒否の返事は何故だったんだ?
疑問ばかりが浮かんでくる。
すると、令嬢がうふふっと笑って言う。
「それにレイラさんは格別な毒草をプレゼントしてくれたんです。うふふふ。本当に素敵なお方ですわ」
令嬢はうっとりとした表情を浮かべている。
…………。
レイラが毒草をプレゼントした?
どういうことだ?
噛み合わない神殿からの返事、レイラの伝言、レイラがプレゼントした毒草。
とてつもない違和感を覚える。
何かが変だな。
これだと、本当に聖女なのかも怪しいところだ。
ふと、あの毒ワイン事件から調べていたことが頭によぎる。
もしかしたら――――。
とにかく、そうとなれば一刻も早くレイラを神殿から助け出さないと。
愛おしいあの笑顔を思い出し心が逸る。
……彼女に会いたい。
俺は顔を上げて令嬢に向き直った。
「君に、頼みがある」