25、励ましのパンケーキ
「わあ、これ美味しい」
マーシャが持ってきてくれたふわふわのパンケーキを一口食べて感激する私を、彼女は優しい顔で見つめながら返した。
「ふふふ。お祝い用の高級食材をこっそり拝借した成果です」
マーシャは小さな頃からお菓子作りが好きで、上官たちの目を盗みながらお菓子を作っては仲間たちに振る舞っているらしい。
その腕前はなんと王宮パティシエにも引けを取らないのだとか。
こんなに美味しいパンケーキを食べたら十分納得だよ。
ついこの前まで通っていた、王宮のスイーツ専用食堂の美味なおやつの数々を思い返す。
そして決まって思い出すのはエリック様の顔だ。
元気にしてるかな。
会いたいな。
思わず感傷的な気分になってしまう。
ここに来て早2週間程が経つ。
なかなか王宮に帰れず焦りは募る一方だ。あんなにいつも一緒にいたミラにすら会えないのだから。
そんな不安な気持ちが態度に表れてしまっているのか、マーシャは私を心配するようになっていた。
この前は散々怒られたけれど、段々と私の中で不安や焦りが大きくなっていることをマーシャは感じ取っているようだった。
今日だって、落ち込む私を励まそうとマーシャは腕を振るってくれたんだよね。
丁寧に作られた美しいパンケーキに目を落としながらしんみりとした気持ちになる。
「レイラ様……」
マーシャが心配そうな声音で呟いた。
「あ、ごめん。ちょっと考え事しちゃっただけ。すごく美味しいよマーシャ! ありがとう!」
彼女をなるべく心配させたくなくて、明るい声で言う。
「そうですか……」
マーシャは気遣うような瞳で私を見つめた後、一息ついてから気合いを入れるように話始めた。
「それでは、このお茶を終えたら次のレッスンに行きましょうね!」
うっ……!
これだ。
マーシャは細やかに私のお世話や心のケアをしてくれるけれど、それ以上に私の聖女教育に熱心だ。
真面目で勤勉で丁寧な仕事をするし、忠誠心と慈愛に溢れる彼女にとって神官という役割はまさに天職なのだろう。
そうだ。
これだけ人を思いやる気持ちに溢れた人だもの、真剣にお願いすれば聞いてくれるかもしれない。
「あのね、マーシャ」
「ええ」
「じ、実はね、神殿に連れてこられたあの日、ロラン公爵様と約束があってね」
「まあ」
「でも急なことで、それから誰とも連絡が取れないでしょ? すっぽかすような形になってしまってとても不敬だわ。そんないい加減な聖女なんていけないと思うの」
「……」
う、嘘だってばれちゃったかしら……。
やっぱりいくらなんでも神官さんに嘘をつくなんて良心が痛む。
マーシャはふむふむと考え込んでいたが、徐に口を開いた。
「……でも、だめなんです。決して誰にも取り継がないよう神官長様から言われているので」
申し訳なさそうにしているマーシャを見ていると、私もそれ以上言いづらい。
う〜ん、エリック様の名前を出してもだめなのかあ……。
男性と会うってことがよくないのかしら。
一応、神殿では恋愛禁止だものね。
実情は置いておいて……。私はふとあのカップルを思い出したが、頭を振ってなかったことにした。
神官長様くらい偉い人からしたら、きっとそういったことに敏感なんだわ。
マーシャは真面目だからこそ、きちんとルールに従っているのだろうし。
そこまで考えて思いついた。
はっ!
だったら、シエラなら女性同士だし大丈夫なんじゃない?!
「マーシャ! だったらお友達のシエラだけでも会えないかな」
「いえ、レイラ様……」
「お願い、友達がいなかった私にできた唯一の親友なの……!!」
「まあ……」
マーシャの顔を祈るようにじっと見つめていると、哀れに思ったのかふうっと息を吐きながら言った。
「うーーーん。……実は、なんでレイラ様はこんなに外部との接触を遮断されるのか私も少しわからないんです」
マーシャは困ったような顔でさらに続ける。
「神官長様は、レイラさんはエネルギーに敏感だから慣れるまで特別気をつけなくてはいけないとおっしゃっていて」
う……やっぱりだめか……。
「――――でも、ずっと誰にも会えないのはご不安でしょうから、少しならなんとかしてみましょう」
や、やったあ!!!言ってみるものね!
そうしてマーシャはこっそりとジュノー伯爵家に連絡を取ってくれて、なんとか明日シエラと極秘に会えることになった。
その夜、シエラとの面会が決まったのが嬉しすぎて、私はベッドに入ったもののなかなか寝付けなかった。
やっと、神殿以外の人と会える……!
私は昼間のマーシャとの会話を思い起こしていた。
確かマーシャは神官長様が外部との接触を禁止してるって言ってたのよね。
原作小説の設定を思い返してみると、神官長様と言えば王国の中でもかなり高位な権力を持った人物のはずだ。
そんなに偉い人の決定に背くってことは、かなりな大事になりそうな気配なんだけど……まだ友達になったばかりのシエラにお願いするにはかなり気が引ける。
大人しくて真面目なシエラが神殿の意に背くようなこと、引き受けてくれるだろうか。
でも、私がこうして神殿に閉じ込められるような形になっているのは絶対におかしいもの……!
そうなのよ、考えてみればやっぱり変なのよ。
いくらエリザが私を王宮から遠ざけるために画策したことでも、神殿側がここまで私の外部との接触を断絶するって、どう考えてもおかしい。
でも、理由は?
神官長様との面識なんて私にはないはずだし……。
ああ分からない!
こうなったら、やっぱりシエラを通じてエリック様に助けを求めよう。
あの頭脳と権力があれば、きっとなんとかしてくれるに違いない。
この前、あんな風に別れてしまった私のお願いを聞いてくれるかは分からないけれど……。
今は僅かな可能性にも縋りたい。
となると、シエラにはもの凄い負担を強いることになってしまう。
ただお願いだけするなんて申し訳ないよね。
うーん、今の私にできることは何もないしどうしよう。
ここで他に知ってる場所なんて、この前逃げ込んだ薬草の部屋くらいなものだものね……。
そんなことを考えながらぼーっとしていると、ふといいアイデアが浮かんだ。
それだ!
明日シエラに会ってここを抜け出せるようにお願いするつもりだから、あの珍しそうな薬草をお土産にするのはどうだろう。
あんなに沢山あるなら少しくらいお借りしても大丈夫だよね……。
無事ここを抜け出せた暁には、謝って弁償することにして……!
背に腹はかえられない!
うん、そうしよう!
私は勢いよく飛び起きると、灯りを持ってこっそり部屋を出ることにしたのだった。