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19、去り行く背中



 応接間を抜け出した私は、一目散に自分の部屋へと向かっていた。


 慌ただしく歩いていると、突然後ろから声を掛けられる。


「あ! レイラ嬢!!」



 振り向くとロジャーがこちらに走り寄ってくるところだった。


 息を切らせた彼は私を探していたとのことで、どうやらエドワード殿下は先ほどエリック様が襲われた件について早々に対応をしていたようだった。


 もうロジャーの耳にも入ったんだ。

 さすが殿下、仕事が早い……!



「大丈夫でしたか? どこもお怪我はありませんか?」

 ロジャーは心配そうに私の顔を覗き込む。


「ええ、私はなんともないです。ありがとうございます騎士団長様」


 すると、ロジャーは急に悲しそうな顔になって力なく呟いた。


「騎士団長様だなんて……私のこともどうかロジャーと気軽にお呼びください」



「い、いえ、そんな馴れ馴れしく呼ぶなんて滅相もありません」

 って言っても、心の中では小説を読んでた時の名残で呼び捨てにしちゃってるけど。


 彼は少しムッとした表情で言う。

「でも、ロラン公爵のことは名前でお呼びになるではないですか」


「ええ、だって彼は、」


 私はそこまで言って、言葉を止めた。


 だって彼は……

 私はその先、何と言おうとしたんだろう。


 彼は……私にとって、何……?



 愛読していた小説の登場人物で推しキャラ?


 ううん。

 彼は確かに私の目の前に実在していて、揶揄うようなことばかり言ってちょっと意地悪だけど、とっても素敵な人で――。



 ベリルの毒の件で助けてもらったり、今日のようないざという時には身体を張って自分よりも弱い者を庇ってくれる、まるでヒーロー。


 …………うん、そんな強くて優しい人だからこそ、小説のようなバッドエンドなどではなく、幸せになってほしい。



 私は思い直し、笑顔でロジャーに言った。

「エリック様とは少し仲良くなったので」


「では私とも仲良くしてください」

 ロジャーは少し拗ねたように言う。


「はい、そのつもりですよ」

 彼の様子がまるで子供みたいで、私は少し笑ってあやすように語りかけた。


 まるで納得がいかないとでもいいたげな表情を浮かべるロジャーに、騎士団員の一人が走り寄ってきて何かを耳打ちしている。



 話を聞いて、ロジャーは一瞬ハッとしてから、しょうがないといった表情で私に向き直った。


「それではレイラ嬢、私は仕事に戻ります。お引き止めしてすみませんでした」


 騎士団長の顔に戻ったロジャーは優雅な様子で一礼する。


「こちらこそ、ご心配をおかけいたしました」

 私も礼をして応えると、いつもの笑顔でロジャーは去って行った。



 ふう。

 なんだか今日は慌ただしいな。


 ロジャーも心配してわざわざ私を探してくれたんだよね。

 いい人だなあ。


 少し申し訳ない気持ちになりながら、部屋へ戻るために回れ右をした。




 と、なんと壁にもたれかかったエリック様が、こちらを見ているのが目に入った。



 わっ、びっくりした!

 いつから居たんだろう?!


 さっきあんな調子で応接間を飛び出してしまったものだから、なんとなく気まずい。



 私が戸惑っていると、エリック様は徐に口を開いた。


「少しだけか?」


「え?」


 そう言って顔を上げると、エリック様は私のすぐ目の前まで来ていた。


「仲良くなったのは、少しだけか?」


「い、いえ、それは……」


「少しじゃない。もう、一緒に一晩過ごした仲だろう?」

 エリック様は揶揄うように甘やかな笑みを浮かべながら、私の顎に手を添えてクイっと自分の方へ引き寄せる。


「っな……! 人が聞いたら誤解します」


「俺は構わない」


「私は困ります」


「なぜだ?」


 えっ?

 なんでかって……。



 だって、あなたはヒロインと幸せになってくれなくちゃ。

 じゃないと、あなたはこの世からいなくなってしまうのよ。


 彼を見つめてその未来を想像してしまうと、私は胸が締め付けられるような気持ちになった。



 だって、それはもう小説の中の話なんかじゃない。


 エリック様は今ここに存在して、命を持っている。


 シャンデリアもベリルの毒の件も、実際に事件は起こってしまっている。

 これはもう、れっきとした現実なんだ。


 そして、エリック様がバッドエンドを迎えてしまうのも小説の内容を思い返してみると、もう時間の問題だ。


 そんなの絶対に嫌だ…………!



「お前はそんな目で俺を見るわりに、俺が近づこうとすれば逃げるんだな」


「えっ……?」


「何を考えているのか、さっぱりわからない」


 悲痛な表情でそう言い残したエリック様は私から手を離し、そのまま歩いて背を向けた。



 徐々に離れていくその後ろ姿を見て、追いかけたい衝動に駆られる。



 これでいいはずなのに、なんでこんなに寂しいんだろう。



 しばらくの間、私は息をするのも忘れたように、そこから動くことができなかった。


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