14、束の間の休息
なんとか落ち着き、呼吸を取り戻した私は、ひとまず王宮に戻ることにした。
エリック様はしばらく公爵邸で安静にしてはどうかと勧めてくれたが、そこまでお世話になるのは心苦しくて丁重にお断りをしたのだ。
きっとミラが心配しているだろうから早く帰らなくては、という思いもあったが、それ以上に、このまま公爵邸にいたら小説の展開がさらに変わってしまうのではないかと不安だった。
何より、これ以上エリック様と一緒にいると、欲が出てきてしまいそうで怖くなる。
もっと彼を知りたい、彼の温もりを感じていたい、傍に居たい。
どこからか湧いてくる気持ちを私は見ないふりをした。
そんなこと、思ってはいけない。
だって私はエリック様のバッドエンドを阻止して、メアリー様と幸せになってもらうためのお手伝いをすると決めたのだから。
そんなことを願ったら、それこそ小説の展開が大幅に変わってしまう。
バッドエンドを覆すにあたって、想定外の道を辿るのは得策とは言えない。
これにはエリック様の命が掛かってるんだから、しっかりしなくちゃ。
――――
私が王宮に戻ると、ミラが安堵した様子で私を迎え入れた。
「レイラお嬢様!! 突然倒れられたと王宮の人から知らせを受けて心配してました……!」
ミラはそう言いながら、私をガバッと抱きしめた。
あっ、エリック様が毒のことは誰にも言うなって言ってたから、黙っておかなくては。
昨夜の夜会でのことも、あらぬ憶測や噂が立たぬようエドワード殿下と綿密に手回しをしてくれたらしい。
私もミラには余計な心配をかけたくなかったのでちょうどよかった。
「うん、ちょっと飲み過ぎて体調を崩した私をエリック様が介抱してくれたの」
そして、公爵邸でお世話になったことを話した。
「ってことは、お嬢様……!」
ミラはほっぺたを真っ赤にして、期待に満ちた瞳を潤ませながら今にも爆発してしまいそうに震えている。
えっ?!この反応って何?
きゃあ!やだ!
まさか、あらぬ想像をしてない?!
「ちょ、ちょっとミラ?! 私とエリック様は何もないわよ?!」
「へ?! 一晩一緒にいて何もなかったんですか?!」
それどころじゃなかったのよお……。
「何も? 全く? 触れてもないんですか?」
いや、そ、それは、全く触れてないわけじゃないけど。
私は今朝のエリック様に抱きしめられたときの厚い胸板と逞しい身体の感触が蘇り、顔が真っ赤に染まっていく。
「きゃあ! やっぱり何かあったんですね!」
「ち、違うの! あの、昨日色々あって、それで話してたら悲しくなっちゃって……それを慰めるために抱きしめてくれただけよ」
私が恥ずかしそうにそう言うと、ミラは優しい笑顔になって言う。
「そうなんですか。やっぱり公爵様はお嬢様を大切に思ってくださっているんですね」
「い、いやそうじゃなくて……」
「だって、」
そう言いかけたミラに私は慌てて言葉を被せる。
「エ、エリック様は誰に対してもお優しいから! 本当にお世話になっちゃったわね。今度何かお礼をしないと!」
愛想笑いをしながら言う私に、ミラは納得がいかないといった風な表情を向ける。
「ああ、まだちょっと疲れが残っているみたい。少し横になろうかな」
私は何かを言いたげなミラから逃げるように言った。
これ以上言われると、自分の中でエリック様に対する何らかの感情が育ってしまいそうで怖かったのかもしれない。
でも、まだ体が回復していないというのも本当だ。声を張ろうとすると少し息が上がってしまう。
ここに来てからというもの立て続けに色々あったし、ヘレナには脅されるしエリザに毒は盛られるし……。
のほほんと生きてきた私には非日常が重なり過ぎた。
そんな状態だから、心まで弱くなって思わず誰かに甘えてしまいたくなるような心境なのかもしれない。
普段、揶揄うようなことばかり言っているエリック様があんな優しい一面を見せてくれたので、勘違いしてしまいそうになる。
うん、ただそれだけのこと。
そもそも彼には特別な感情なんて何もない、私はただ彼の周りにいる令嬢のうちの一人なんだから。
ミラはまだまだ話し足りない様子だったが、私の身体を心配して休めるように着替えとベッドを整えてくれた。
とりあえず、今は少し休んでからまた考えよう。
ミラの温かい笑顔に見守られながら、私はゆっくりと目を閉じ眠りについた。