13、ベリルの実
ふわふわして、なんだかくすぐったい。
私は、顔に触れる柔らかな感触に気がつき、ぼんやりと目を開けた。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい私は、ふかふかなベッドの中にいた。
ふと斜めに視線を上げると、エリック様の美しい顔がすぐ上にある。
彼は枕に肘をついて上半身を起こし、隣で横になっている私を見下ろしていた。
「起きたか」
くすぐったく感じていたのはエリック様の漆黒の長い髪だったみたいだ。
私はぼーっとする頭で彼の様子を眺めた。
彼はその美しい髪を無造作に下ろしてカジュアルな白いシャツを纏っていた。
ボタンがはだけて、筋肉質で褐色の逞しい胸元が露わになっている。
エリック様の寝起き姿はいつもに増して艶やかで格好いい。
本当に素敵な人……。
えっっっっ?!寝起き?!?!?!
私は雷に打たれたように頭が覚醒した。
よくよく見てみると、私も夜着の薄いドレス姿になっている。
身体の片側には、エリック様の逞しい身体が薄い布越しに感じられて、それに気づいてしまうと同時に急に心臓がドキドキと大きく鳴り始める。
「無事でよかった」
彼はそのアイスグレー色の瞳を甘く輝かせながら言って、私の頬にそっと手を添えて綺麗な顔を近づけてくる。
えっ?!!ち、近くない?!
このままじゃ、唇が触れてしまうよ!!
「ちょ! 待った!」
私は慌てて、近づいてくるエリック様の唇と自分の唇の間に手を入れて、それ以上の接近を阻止した。
私はエリック様のお遊びの相手になるなんてまっぴらごめんですからね!!
「ここまで面倒見させておいて、何の見返りも無しなんてつれないな」
「そういうことは、遊びのお相手となさってください!」
「では本気ならいいのか?」
もー!!あなたの本気の相手は小説のヒロインだけじゃない。メアリー様でしょ!
私はもどかしい気持ちでガバッと起き上がり、上半身を起こした。
改めて見回してみると、エリック様と同じベッドに入り横並びで座っているこの状況になんだか気恥ずかしくなる。
…………?
ん?無事で良かった??面倒を見させた?
あれ?そういえば私なんでこんな所に寝てるんだっけ?
私が呆けていると、エリック様は徐に口を開いた。
「ベリルの実だ」
彼は少し真剣な声で言う。
「えっ……?」
どこかで聞いたことのある名前だけど、何だったかな。
「昨日、お前が飲んだワインの中にベリルの実の毒が盛られていたんだ」
そうだ、昨日ワインを飲んだ後に記憶がなくなって……!
「摂取すると意識を失い、一晩で体を蝕む猛毒だ。対応する治療薬は存在しないため、魔術で中和しながら解毒剤を少しずつ摂取するしかない」
ああ!そうだ!小説の中にそんな説明があった気がする。
昨日、メアリー様が飲んでしまうことを阻止できたと思ったら、私が飲んじゃったのね……。
あのワインは、どこからかやってきたメイドから渡されたものだ。
きっと偶然じゃない。明らかに私を狙ったのだろう。
となると、エリザはロジャーが私に想いを告げたということを知っているのかもしれない。
ああ、なんだか話がどんどんややこしくなっていく気がする……!
私は頭を抱えたが、思い直す。
とにかく、ということはエリック様は毒を飲んで倒れた私をこの公爵邸に連れ帰り、一晩中、私の身体に回った毒を魔術で中和しながら解毒剤を飲ませてくれていたということなのね。
エリック様は王国の魔術師にも引けをとらない実力を持った人だもの。
あれから寝ずに看病してくれたんだ…………。
エリック様がいなかったら私は命を落としていたかもしれない。
私は申し訳なさと感謝の気持ちが交互に湧いてきて抑えきれなかった。
「あの、本当にありがとうございます」
「少しはしおらしいところもあるんだな」
私は何も言えず、思わずえへへと愛想笑いをしてしまう。
昨日の私ならひとこと言い返してるところだけど、本当にお世話かけちゃったものね。
「じゃあ、俺に褒美をくれるか?」
エリック様はそう言って私の顎をつまんで揶揄うように笑いながら私の顔を覗き込む。
「だ、だから! それは……!」
慌てて叫ぶと同時に急に咳込み、呼吸が乱れてしまった。
まだ完全には治っていないみたい。
エリック様は焦ったように私の背中に手を回し、さすりながら優しく言う。
「ゆっくり息をするんだ。まだ大声は出すな」
うう、息が苦しい。
そもそも、あなたが揶揄うからいけないんじゃない!
声が出せなくてちょっと恨めしい気持ちでエリック様をちらっと見ると、彼は私の背中をさすりながら心配そうな顔でこちらを見つめている。
その顔を見た瞬間、思わずドキッと胸が高鳴った。
こんな顔、初めて見る……。
私は意外に思う。
彼はいつもどことなく感情が見えなくて、それが冷たさを感じさせるのだ。
でも、今の彼はとても人間らしい。
何かこう、とてつもなく温かい感情を伴っているような。
「泣いてた」
え?
私が不思議そうな顔をしていると、彼は切ない顔をしながら大きなその手で私の頬を包み、指先で目元にそっと触れた。
「昨日、倒れたお前を抱き上げた時、泣いてたんだ」
彼の顔は不安に染まっていた。
「そんなに痛かったか?」
まるで壊れ物を扱うかのように、私の顔にそっと触れる彼を見て昨日のことを思い出す。
あの時、倒れる直前ヘレナと寄り添いながら去ってしまうエリック様の背中を見て胸が苦しかった。
昨日の悲しさと寂しさを思い出して、泣きそうになる。
すごく悲しくて、切なくて――――
「彼女と行かないでほしかった」
声にならないと思って囁いた呟きは、思ったよりも響いてしまった。
その瞬間、エリック様は一瞬大きく目を見開いてから私をその胸の中に閉じ込め、強く抱きしめた。
「レイラ……」
息も止まるほど力強く抱きしめられた私は、どうしようもない幸福感に包まれる。
今だけ……今この瞬間だけは、この幸せな気持ちに浸ってもいいかな……。
気づけば私は誰にともなく、そんな願いを放っていた。