10、パートナーは誰だ
先日のシャンデリア落下事件以来、エドワード殿下は気を遣ってくださって、私の部屋の前には常に護衛騎士が配置されることになった。
その騎士は、あの任命式の日に私がぶつかってしまったロジャーの部下である彼で、ミラはとっても嬉しそうだ。
彼をはじめとして、王宮の騎士様たちは本当にみんなイケメンだものね。
顔で選んでいるんじゃないかと思うくらい。
あの事件の直後はロジャーまでもが私の元へ訪れて、色々と心配をしてくれた。
こんなにみんなに心配してもらって、私はなんだか少し申し訳ない気持ちになる。
だって、狙われているのは私ではなくメアリー様だということを、小説を読んだ私は知っているから。
もちろんエドワード殿下は、お妃様候補であるメアリー様への危害を想定して、そちらの警備も十分に強化したようだ。
リビングで紅茶を飲みながらくつろいでいると、ミラがふと思い出したように言った。
「そういえばもうすぐ夜会ですね。お嬢様のパートナーはどうされるんですか?」
そうだった。王宮で開かれる夜会の招待を先日受けたのを忘れていた。
パートナーかあ。
前回の夜会は両親と一緒だったから特に気にしてなかったけど、貴族令嬢は普通、夜会にはパートナーが必要よね。
うーん、と考えあぐねている私に、ミラは囁くように言う。
「公爵様にお願いしたらどうですか?」
「え?」
「あのご様子なら、きっと承諾してくれますわ」
そう言ってミラは目をキラキラ輝かせている。
「っていうか、お誘いがあったりして……! きゃあ」
もう、ミラったら相変わらず妄想が激しいんだから。
あの様子ってどんな様子よ。
「そんなわけないじゃない。どうしてこの国唯一の公爵様が、しがない子爵令嬢の私なんかをパートナーに選ぶのよ」
ミラは私の言葉が耳に入っていないかのように、頬を紅潮させて捲し立てる。
「ふわふわの長い茶色髪にピンク色の瞳の愛くるしいお嬢様と、鍛え上げられた精悍な身体と美しい顔がなんともいえない色気を持つ公爵様! お二人が並んでいる姿を想像するだけで……ああなんてお似合いなんでしょう!」
――……いつも思うけど、ミラとはものすごくシンパシーを感じるのよね。
推しの愛で方が似ているというか。
興奮気味に語るミラに何と返事をしていいのか分からず、いたたまれなくなった私は一人で図書館に出向いた。
本でも読んで、気分転換しよう。
特に当てもなく図書館の中をふらふらしていると、ロジャーとばったり会った。
彼は私を見つけるとにっこりと微笑みながらこちらへやってくる。
「ああ、レイラ嬢。ちょうどお部屋を訪ねようと思っていました」
「どうかしましたか?」
「ええ、まあ」
そう言ってロジャーは何かを言いづらそうにもじもじしている。
「?」
「あ、その……」
「はい」
「あの、今度の夜会、僕と一緒に行ってくれませんか?」
「えっ?!」
ええ?!ロジャーが私と?!
想像もしていなかった提案に思考がついていかない。
驚きで固まっていると、彼は落ち込んだような表情で言う。
「もうパートナーはお決まりでしたか?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが」
なんでロジャーが私を誘うの?!ヒロインでもないのに……。
突然の彼の申し出に頭がパニックを起こす。
何も言わない私の様子を見て、ロジャーは意を決したように息を吸って言い放った。
「君は僕のタイプそのものなんだ!」
えっ…………?!タイプ?!
そういえば、小説の中でエリック様の女性のタイプは事細かに描写があったけど、ロジャーの女性のタイプの描写なんて見たことなかったかも。
そりゃそうだよね。だってすぐにヒロインと恋に落ちるのだもの、必要ないはずだよね。
なのに、この展開って何?!
「それに、初めて会った時の私の部下を庇う優しさに惹かれたんだ」
ロジャーはそう言って、頬を若干赤くしている。
ど、どうしよう、何て答えたらいいんだろう。
っていうかこれじゃあ小説の内容が大幅に変わってしまうのでは………?!
………いや、でも待って。
よくよく考えてみたら、私がロジャーと夜会に行けばヒロインとくっつく可能性はゼロに近くなるということよね。
それは、ヒロインとエリック様の幸せと、なによりも平和な結末に向かうためにとても良いことだ。
うーん、夜会のパートナーかあ。
私は改めてそう思いながら、エリック様の美しい顔を思い浮かべる。
あ、あれ?私なんで今エリック様のことをこんな風に思い出しているんだろう。
こんな状況を前に、エリック様のことばかり考えてしまう自分に慌てる。
ロジャーに返事をしないと……!
そう思い直して、ロジャーに向き直り口を開こうとした瞬間だった。
「ここにいたのか」
横から声が響いてきたので反射的に顔を向けると、そこには冷たさの感じる表情で立っているエリック様の姿があった。
心なしか少し不機嫌そうに見える。
今の、誰に言ったんだろう。
「約束してただろ」
エリック様は私に向かって無表情で言う。
えっ?私?約束??してたっけ?
そんなことを考えてぼーっとしていると、エリック様はカツカツと歩み寄り私の手首を掴んで歩き出した。
「えっ、ちょっと……」
エリック様に引きずられるように歩き出した私にロジャーは大きな声で言った。
「先ほどの返事はいつでもいいですから!」
私はかろうじて頷き、ロジャーに合図した。
一体、何がどうなっちゃったの?!
そんなパニックに陥る私には、この一部始終を険しい形相のエリザが見ていたことなんて知る由もなかった。