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黄金の王とちいさな姫君  作者: 杏輔
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 リリゼットは緑豊かな小国ウィルステア王国の姫して生まれた。

 

 東の果てのちいさな島国の血を引く踊り子だった母は、近隣でも珍しいその漆黒の髪と瞳に興味を惹かれた王に強引に妾として後宮へ引き入れられたのだという。踊り子であったことで、正妃どころか側妃たちからも疎まれた母はひどく虐げられ、じきに体を壊した。

 そんな中で子を身籠った母を、このまま後宮には置いておけぬと王はちいさな離宮へとその身を移させ、母はそこでリリゼットを産んだ。とはいえ女子でなかったのならおそらくは母子ともども正妃に暗殺でもされていたのではないかと、今になれば思う。

 

 物心つく頃にはもともと身体を壊しがちだった母を手伝い、ちいさな手で雑用もなんとかこなした。侍女はひとりしかつけられていなかったからだ。何もかもを任せるわけにはいかないので、母とリリゼットは必然的に生活するための雑用を自らの手で行わなければならなかった。


(母さまはね、こういうの得意なのよ。リリィも何でもできるようにならなきゃね)


 生まれた国のうたを口ずさみ、衣服やリネン類を自らの手で洗濯して庭に干しながら、やつれた頬で、それでもほがらかに笑いながらそう言う母が好きだった。リリゼットが生きていくために必要なことを教えてくれた母。彼女はきっと、自分がそう長く生きられないことを知っていたのだろう。


 リリゼットが8歳になったころ、母は亡くなった。

 そのとき初めて父と会った。母の亡骸にすがりついて泣きじゃくるリリゼットと、痩せてちいさくなってしまった母をしばらく見つめていたそのひとが、何を思っていたのかは今でもわからない。その後離宮の片隅にちいさな墓を建て、弔った。きっとこの場所では母は安らいでくれないだろうとわかっていたけれど、なんの力もないリリゼットにはどうしようもなかった。

 父は離宮を去るときに一度だけ口を開いた。


「……不便はないか」


 不便だらけだった。当たり前だ。正妃の不況を買っている親子に、王宮に努めるものたちはみんな冷たく、日々の食事にさえ困るようなありさまだ。身に着けているものだって、侍女ですら着ていないようなぼろぼろのドレスなのだから。けれどそれをこの男に言うのだけは幼いリリゼットにもある矜持が許さなかったから、「なにも」とだけ応えた。まっすぐに睨み返してそう言ったリリゼットに、父は視線を反らして「そうか」と呟いてそそくさと逃げていった。二度と会いたくはなかった。



***



 あれから二年。リリゼットは十歳になった。

 ちいさな離宮の片隅で、あの頃と同じようになんとか生きている。ここのところは少し人の出入りもあった。王族としての教養を教えるための教師が数人、日替わりで訪れるようになったのだ。名ばかりとはいえ姫なのだから、いつか使えるかもしれないという算段だろう。それでも何かを学べるのは楽しかったので、大人しく教育を受けている。

 

 そんな日々のなか、大国として名高い隣国アルガンドへの国交を深めるための外遊に、珍しくリリゼットの存在を思い出したらしい父王の命で供をすることが決まった。 

 長男である二十歳の王太子と、十三歳の第一王女、名ばかりとはいえ第二王女であるリリゼットの三人が同行する外遊はあまり政治的な意味合いは強くはなく、もともと国王同士が深く親交があるらしいので、少しは気が楽だろうと思っていた。どうせリリゼットにできることはなにもない。一番うしろで俯いて立っているだけの仕事だ。

 

 出迎えてくれたアルガンド王はたしか五十半ばという年齢だと記憶しているが、ずいぶん若々しく見える。焦げ茶の髪は豊かで、とろりとした琥珀の瞳は艶めいていてやけに色気がある。結婚した時は国中の令嬢が泣いたとかなんとか。早くに王妃を亡くしたと聞くが、当の本人はずいぶん愛妻家であったらしくいまだに後妻を娶っていないらしい。

 体調が思わしくなく、近々王位を王太子に譲るらしいけれど、当の王太子は現在近衛騎士団と警備の任に当たっていてこの場にはいないようだった。


 温厚で民からも慕われ、亡き王妃を未だに想い続けるほど誠実な王。

 少しは見習ったらいいのに、と胸の奥で毒を吐きながら父王の背中をにらみつけ、親しそうに言葉を交わす王ふたりを冷めた目で眺めながら胸の奥でため息を吐いた。早くこの苦行のような時間が終わればいいのに、と願いながら。



***



 視察も半ばに差し掛かった。

 今日は姉姫とふたりの行動で、豪華な馬車の中はひどく息苦しい。汚らしいものをみるような目つきで時折こちらをにらむ視線に耐えていると、不意に馬車の外が慌ただしくなる。


『殺せ!!』


 突如響いた怒声に心臓が跳ねる。咄嗟に窓から外を除くと土煙の向こうで護衛の騎士が崩れ落ちる瞬間だった。その身体を貫いた剣が引き抜かれた瞬間鮮血が散って、あたりを染める様に背筋が凍りつく。


「な、なに……?」


 震える姉姫の声に、呆然としていた思考が引き戻される。


「お姉さま、敵です。逃げなくては……!」

「え?な、なんなの、逃げるって……ど、どうしたら」


 いつも傲慢な姉が青ざめて震える姿を笑うことも出来ない。おそらくは自分だって同じようなものだろう。腰が抜けた姉姫の腕を掴んだ瞬間、馬車の扉が派手な音を立てて開いた。思わず肩を震わせてそろそろと振り返ると、逆光を浴びた大きな体が入り口から入り込んでくる。携えた大きな剣は、真っ赤になるほど血に塗れている。あまりの恐怖に知らず奥歯ががちがちと鳴った。隣で姉姫がつぶれたような悲鳴を上げるのが聞こえる。

 おそらく護衛の騎士たちの返り血であろうそれを浴びた凶悪な人相は、その男がまともな人間ではないことを教えている。獰猛な男は、震えるふたりの少女の姿に、獲物を見つけた肉食獣のように嗤った。

ムーンライトノベルズに連載していた小説の再掲です。

R18部分を実現できなかったので、移動させました。

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