手の届くところにある楽園
それから三日後。本当に早急にという言葉通り、シグルド様はバート家から双子を引き取って来た。双子が「お母さんも」と言ったので後妻のサリーさんも一緒だ。
サリーさんは愛人という立場やウィルソンの行動のまずさから、グロウ家との関係はあまり良くない。
けれど話を聞くと「良くない」であって「悪くはない」のだそうだ。
どうやらサリーさんは、ウィルソンと結婚する際にグロウ家に謝罪の手紙を書いていたらしい。
自分とウィルソンの関係で、リジーさんを傷つけてしまったこと。
それから亡くなってすぐに結婚し、バート家に入ったこと。ウィルソンから「母を亡くした子供達のために直ぐに結婚したい」と言われ、悩んだけれど少しでもリジーさんへの贖罪になればと受け入れたこと。
手紙を受け取ったグロウ家側は、最初は訝しんだらしい。ずっと自分の家族を騙していた男の愛人の言葉なんて信用できない。
しかし――――。
それでも「全て嘘だ」と言い切れなかった。それは生前に、病の床にあったリジーが実家に手紙を書いていたのだそうだ。もし自分が死んだあと、ウィルソンがまた再び家族を迎え入れることがあっても、どうか許してやって欲しい。連れてくる人は、きっと子供たちを大事にしてくれる優しい人だから、と。
グロウ家はその時は、残していく夫や子供達のことを思って書いたものだと考えていた。けれどサリーから手紙が届いた時に、それだけではないと理解した。
リジーは全部、知っていたのだ。恐らくサリーがどういう人物なのかも。
だからグロウ家はサリーの手紙を受け取って、あまりに酷い裏切りであったにも関わらず「双子を大事にしてくれるなら」と約束し、許したのだそうだ。
実際にその約束を守っていたのはサリーだけだったのだが。
グロウ家が様子を見ていた最初の一年だけは、ウィルソンもシンディも双子には手は出さなかった。
しかしその目がなくなったとたんにこれである。
幾らサリーや使用人達が双子を守ろうとしても、ウィルソンやシンディは聞き入れない。使用人達は命令に背いたとクビにされ、サリーも外に出られないようにほぼ軟禁状態だったらしい。
たぶんこの様子だと、双子を外に出すことも本意ではなかったのだろう。
しかし双子の存在はグロウ家には知られているので、学校へ行く歳になったにも関わらず、通わせないわけにはいかない。酷い行動や態度を取っても、グロウ家に睨まれるのは怖いようだ。
そこで双子はうちの妹と出会ったらしい。そして今回のことに繋がったというわけだ。一歩違っていたら事態に何も変化がなかったのだから、今回のことは本当に運が良かったと兄は言っていた。
さて、それからの双子とサリーさんだが。
今はシグルド様の屋敷にいるらしい。今後のことはまだ話し合いの最中だが、双子が「お母さんと一緒がいい!」と言っているので、恐らくサリーさんと一緒に暮らすことになるのではないかなと思っている。
血のつながりがなくても、家族としてつながれる。何だか胸があたたかくなった。
そんな話をつい今しがた、アシュとナーサを連れて我が家へ遊びに来たシグルド様から聞いていた。
「ナーサちゃん、アシュくん! あっちにね、綺麗なお花が咲いてるの!」
「見たい見たい! 行こう、アシュ!」
「待ってナーサ、リリちゃん。あんまり走ると転んじゃうから」
再会したとたんに、子供達は嬉しそうに笑って庭で遊び出した。
リリティアの輝く笑顔と、双子の嬉しそうな笑顔に癒される。
「ここは楽園……? 今こそブローチ型の記録媒体が必要なのでは……?」
「分かります、楽園ですよね、記録に残しておきたいですよね……」
思わずうっとりしながら呟くと、シグルド様も同様の顔をして頷いた。兄は「やれやれ」と肩をすくめていたけれど。
「ところでシグルド様、ウィルソン氏とシンディ嬢はどうなったのですか?」
「それが調査に入った後で、実はちょっと別ベクトルにまずい事が判明しましてね」
「まずい?」
兄の質問に、シグルド様は真面目な顔で頷いた。
「フォルテ君はカベルネ国に留学していた時に『マリーノ・ファミリー』という名前を聞いたことは?」
「確か空賊の名前じゃありませんか?」
「空賊?」
「美術品を狙う空賊団。基本的にあくどい事をする金持ち狙いで、それ以外は今のところ被害がないらしいよ。カベルネ国民からの人気がとても高かった」
マリーノ・ファミリーはいわゆる義賊というカテゴリーに入る奴だ。悪名高い金持ちから、鮮やかな手口で美術品を奪い取る。
美術品を奪ったあとがこれまた軽快だ。それがどんな経緯で金持ちの手に渡ったかが詳細に調べられた書類と、付随する証拠を一緒にカベルネ国の軍へ送りつけるのだ。
あくどい事をする金持ちの大体は、軍も目をつけている。しかし証拠が足りない。そこへ飛び込んできたのはマリーノ・ファミリーからのこれである。
空賊からという部分に目を瞑っても十分お釣りがくる。だから軍はマリーノ・ファミリーの『悪事』にのる形で調査に乗り出すことを決めた。
そして経緯には経緯が重なるものだ。そこから別の悪事や悪党の事が露見していき、結果、多くの悪党が捕まっている。
まぁそんな感じで。
マリーノ・ファミリーがやっている事はもちろん犯罪だ。けれどその行動には美学のようなものがある。しかもファミリーのボスであるヴェント・マリーノは大層な美形でもあるらしい事を含めて、カベルネ国では大人気だ。
そんな調子だから軍も彼らの扱いに若干困っているのが現状らしい。泳がして利用するべきだという意見と、犯罪者なのだから一律でそう見るべきだという意見で二分されている感じだね。
ちなみにあまりの人気っぷりに、マリーノ・ファミリーを題材にした娯楽本も発刊されている。今出ているのは三巻までで、今冬には四巻が発売予定だ。
どうして把握しているのかって?
……いや、まぁ、その。何を隠そう、私もそれなりにファンだったりする。カベルネ・アカデミーの友人から「絶対面白いから! ハマること間違いなしだから!」と押されて読み始めたら、その通りになってね?
話はそれたけれど、そんな感じで人気のある空賊である。
しかしそれがバート家と何の関係があるのだろうか。
「どうやらウィルソンは、マリーノ・ファミリーを脅して、彼らが奪った美術品を手に入れていたらしいんだ」