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うちの師匠は怒ると怖い


 シャヘル国は『シルトムーロ』と呼ばれる治安組織がある。

 他国で言うところの警察や軍隊のようなものだ。シルトムーロは東西南北、そして中央の五つに分かれて存在している。

 シルトムーロの仕事はもちろん治安維持である。担当地域の見回りや、犯罪の取り締まりがそれに当たる。

 私の実家はシャヘル国の東――東部シルトムーロをまとめる役割を担っていた。


 さて、うちの話はおいて置いて。

 私と兄は今、その内の一つである『北部シルトムーロ』をまとめるグロウ家の屋敷へとやって来ていた。


「やあフォルテ君! 久しぶりですね、会えて嬉しいですよ!」


 笑顔で出迎えてくれたのは、知的そうな顔立ちの銀髪の男性。歳はそろそろ三十になるくらいだったはずだ。

 この方がグロウ家のご当主のシグルド・グロウ様。北部シルトムーロ長でもある、私の射撃の師匠である。

 シグルド様はにこにこ笑いながら両手を広げ、


「ようやく北部シルトムーロを選んでくれる気になりましたか!」

「お久しぶりですシグルド様。申し訳ありませんが、ないです」

「相変わらずバッサリ……しかし私は諦めませんよ!」


 お誘いを一刀両断すると、シグルド様はガックリと方を落とし、ほんの数秒で復活した。こういう前向きさが各方面で発揮されるのが、シグルド様の良いところである。

 ちなみに北部シルトムーロを選んでくれるというのはあれだ。スカウトである。シグルド様に師事するようになってから、将来は北部シルトムーロで働かないかと誘われていたのだ。


 もちろんお誘い自体は光栄だし、認めて貰えたのだと嬉しかった。

 けれど私は将来、家族が守る東部シルトムーロで働きたいと考えている。両親や兄にもその話はしており、留学を終えたあとで一つの隊を受け持つことになっている。カベルネ国との国境付近を警備する隊だ。向こうとも話をしている最中で、両国の人員で構成される予定になっている。

 なのでシグルド様には申し訳ないけれど、こうしてお断りしているわけである。


 まぁこの会話も恒例行事的なものだ。特に引き摺る事もなく、私と兄はシグルド様に案内され、屋敷の中へお邪魔した。

 そして通された応接間で、本題に入る事になった。


「それでバート家についてでしたか」

「はい。こちらをご覧ください」


 そう言うと兄は書類の束と、タブレットをテーブルの上に置いた。

 書類にはバート家の調査報告が、タブレットの中には先日録画をしたシンディとのやり取りが保存されている。


 シグルド様はまず書類に目を通し始めた。眼鏡越しの瞳がだんだんと鋭くなっていくのが分かる。

 しばらくして書類を読み終えると、今度は録画データを再生し始めた。

 音声と映像が静かな応接間に響き始める。そうしているとシグルド様の纏う雰囲気がだんだんとピリピリし始めた。


 ああ、これは相当怒っている。

 シグルド様は普段はとても温厚だ。先ほどのようにちょっと賑やかなところもあるが、基本的に誰に対しても同じように気さくに接して下さる方である。

 父の紹介でシグルド様に師事するようになってから、この人が怒ったところを見たのは一度だけ。北部シルトムーロに入りたての士官が、遊び半分で撃った銃が、荷下ろしをしていた飛行艇の乗組員に当たりそうなった時だ。

 あの時のシグルド様は本当に怖かった。まるで東方にミサクラ島に伝わる伝説の『鬼神』が宿ったようだ。

 当時の記憶が蘇ったせいで少し寒気がしてきた。それでも表情を崩さず、シグルド様が動画を見終わるのを待つ。


「…………なるほど。リジー叔母さんの子が」


 音が途切れると、シグルド様は小さく息を吐いてそう呟いた。

 リジーというのはウィルソン・バート氏の前妻の名前だ。旧姓だとリジー・グロウになる。シグルド様の叔母にあたる方なのだそうだ。


 名前だけだと分からなかったが、旧姓を聞けば私でも知っている人だった。

 リジー・グロウ。彼女は現在、この空を飛んでいる飛空艇を、より頑丈に、より安定するよう改良した工学者だ。

 彼女のおかげで飛空艇は昔よりずっと速く、そして安全に飛行出来るようになった。いわば現代の流通や交通、航行状態改善の立役者である。


 そんな人がまさか兄の見合い相手の家の前妻で、しかもシグルド様の親族だったとは。

 世の中とは案外狭いんだなと実感した。


「シグルド様はリジーさんのお子さんと会った事は……」

「リジー叔母さんが生きていた頃に何度か。でも最近は会えていないですね。……お恥ずかしい事に、何も気づかなかった」


 たぶん北部シルトムーロの仕事で忙しかったのだと思う。今日も無理を言って会って貰ったようなものだし。

 シグルド様は眼鏡を押し上げると、


「フフ……私の従妹たちにそんな真似を……フフフ……」


 と、低い声で笑った。心なしか眼鏡が曇っている気がする。

 それからシグルド様はわたし達の方へ顔を向け、


「ありがとうございます、ノア君、フォルテ君。早速対処します」


 と言った。シグルド様は有言実行する方なので『早急に』と言うならば、その通りになるはずだ。

 その言葉にほっとする。私はバート家の双子と面識はないけれど、子供が辛い現状から解放されるなら良かった。

 兄も同じだったようで、安心したように表情を緩める。


「よろしくお願いします。もしその子達が不安がっていたりしたら、気軽にうちへ来て下さい。妹から仲が良いと聞きましたから」

「そうでなくともぜひ。無事な姿を見せていただけると、リリも喜びます」

「ありがとうございます。その時は、お言葉に甘えさせていただきますね」


 私達がそう言うと、シグルド様は微笑んでくれたのだった。

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