いわゆるあぶり出し的な
兄が帰って来たのはそれから一時間後の事だった。
「やあ、妹よ! 久しぶりだね、会いたかったよ!」
「ただいま、そしてお帰りノア兄さん。私も会いたかったよ。積もる話もあるからね!」
「ハハハ」
元気に笑う兄とハグをした後で、私達はテラスへ向かう。
テラスには洒落た白い丸テーブルと椅子が五つ置かれていた。天気の良い日などに、ティータイムをしたり読書をしたりと使われている。
そこから見える庭には、仕事を終えたガードドッグ達が日向ぼっこをしていた。
「さて、どこから話そうかな」
向かい合って椅子に座ると直ぐに兄は口を開いた。
「リリから話は聞いてる?」
「うん。バート家の事情でしょう?」
「そうそう」
私がそう答えると兄は頷いた。
リリティア達から話を聞いていくと、実はバート家は兄のお見合い相手というだけの関係ではない事が分かったのだ。
バート家はシャヘル国の北部にある、バート貿易という貿易会社の経営者の家だった。
家族構成は父のウィルソン、その妻サリーに娘のシンディ。その下にアシュとナーサという双子の男女がいる。その双子がリリティアと同い年で仲の良い友達なのだそうだ。
さて聞いていると、話はここからややこしくなって行く。
何でも妻のサリーは後妻で、彼女の実子がシンディだそうだ。つまり双子は前妻の子供らしい。
ここで私は「あれ?」と思った。妻のサリーが後妻でシンディが娘だと言うなら、その下に双子がいるのはおかしくないか。そう聞くと返って来たのが、後妻が愛人だったという答えだった。
どうやらウィルソンは結婚する前からサリーと関係があったらしい。その時点ですでに子供が出来ていたが、それを隠して前妻と結婚。そして双子が産まれた。
しかも前妻が病で亡くなったあと、ウィルソンは直ぐにサリーを連れてきたらしい。
この時点でも酷い話だが、事態はもっと悪い。ウィルソンとシンディは双子を虐待しているそうなのだ。
食事を抜いたり、罰だと言って真冬や真夏にずっと庭に追い出したり。
妹が教えてくれたのはこのくらいだったが、恐らくもっと酷い事をされているのだろう。
意外だったのは、虐待をしているのがウィルソンとシンディの二人だけという所だった。
何でも後妻のサリーは、ぎこちないながらも双子に義母として接しており、夫と娘から双子を何とか守ろうとしているそうなのだ。双子も義母の事を「母さん」と慕っているとか。
そのサリーからの手紙で兄は事情を知ったらしい。
「でもどうして兄さんのところに手紙が来たの? 知り合いじゃないでしょ?」
「僕がシンディ嬢の見合い相手だったからだそうだ。どうもウィルソンは、サリーさんが外部に連絡を取る事を警戒していたらしい。『娘の見合いを後押しするため』という建前で、何とか手紙を送る事が出来たらしいよ」
そう言って兄はテーブルの上にその手紙を置いた。
黒いインクで綴られた文章の上に、青色のマーカーで書かれたような文章が重なっている。これはいわゆる『あぶり出し』のようなもので、それ用のインクで書かれた文字は熱を加えると文字が浮かび上がる仕組みになっている。
手紙を読んでいくと『この手紙に込めた熱が、どうか伝わると良いのですが』と綴られていた。兄はこれを読んで隠された文字があると気付いたのだろう。
それで兄はリリティアに話を聞いたのだそうだ。
最初は黙っていたようだが、兄が辛抱強く待った結果、話をしてくれたらしい。
どうやらリリティアはシンディから「双子に良い暮らしをさせてあげるから、ノア様と婚約できるように協力なさい。協力しなければ、もっと酷い事をしてしまうかもしれませんわよ?」と脅されたそうだ。
この時点で私の頭は沸騰しかけた。うちの妹を脅すとは何て輩だ、事情を知っていればあの場で沈めてやったのに。
私がそう憤慨していると兄が呆れた顔で「そう思ったから言わなかったんだよ……」と言った。
「けれど、いくらその手紙が届いたとは言え、確証なく調べに行くのは問題がある。だから建前が必要だったんだ」
「なるほど。そのための予定変更と、記録媒体だったってことね」
「そう。事情は話してあったけど、レイニーにも悪いことをしたと思ってる」
兄は少し気落ちしている様子だった。相手がまさかレイニーに危害を加えるとは予想していなかったのだろう。
たぶん兄はこういう『絵』ではなく、虐待の辺りの会話を記録したかったのではないかと、話を聞いて思った。
「ありがとうフォルテ。……本当に良いタイミングだったよ。正直、彼女が早く到着し過ぎていたから焦ったんだ」
「約束の時間の設定はノア兄さんが決めたの?」
「ああ。一応、事前にシンディ嬢については調査をしていたんだけどね。どうもサプライズ好きらしくてね。彼女の傾向から、約束をしても早く来るだろうとは思っていたんだけど……想定以上に早かった。僕もその時間はまだ帰れなかったから、本当に助かったよ」
はあ、と兄は息を吐いた。兄の顔はだいぶ疲れが見える。体力的にというよりは精神的なものだろう。
そもそも兄は昔から、ぐいぐい来るタイプの女性は苦手なのだ。私がシンディを見たのは先ほどが初めてだが、彼女はちょうどそんなタイプだった。
ついでいサプライズ好きとくれば兄との相性はすこぶる悪いだろうな。
「兄さん大変な見合い相手に捕まったね」
「本当だよ……。この見合い自体も、向こうからのごり押しみたいなものだったからさ。なのに断っても断っても、ちっとも諦めてくれない」
兄はげんなりした顔でそう言った。それはまた根性のある相手だったな……。
だけど今回の事で、その見合い話も本当に終わるだろう。
「それで、この後はどうするの? リリの友達の事もあるし、動くなら早い方が良いんじゃない?」
「うん。僕も直ぐに行動に出た方が良いとは思ってる。それでフォルテ、もう一つお願いがあるんだけど」
「何なに?」
「シグルド様にアポイントを取って貰いたいんだ」
兄の口から出た名前に、私は「おや」と意外に思った。
シグルド様というのはシャヘル国の北部にあるグロウ家のご当主で、私の射撃の師匠だ。
「それは構わないけれど、シグルド様が何か関係があるの?」
「うん。実はさ、バート家の前妻って、シグルド様の親族なんだよ」
「え?」
これまた意外な事実に、私は目を丸くした。