第2話
声が聞こえる。
一体ここは?
目は見えているのか見えていないのかよくわからない。
すべてが真っ白だ。
「もう~。しょうがないなぁ。じゃあこの子で良い?」
「アザーーーッス!!!大切にしまーーーーーす!!!」
うるさい。誰かが大声でお礼を言っている。
「じゃあ頑張ってね。ココみたいにならないように注意してね。」
「それもう…いやいや、ココはココで立派ですって!ちょっとやりすぎた感はありますが…。」
「ふふふ。そうだね。そんなのでも自分のものであれば愛おしいものだよ。」
「そうッスよ!誰が何と言おうとここまで作り上げたのは先輩だけですから!今や全てのお手本ですから!」
「そうだね。思えば長かったよ。あれはそう、まずこの概念を完成させるために爆発を…」
「あ、その話長くなるッスか?ちょっと自分用があるのでもう失礼していいッスか?」
「まったくもう。たまには先輩の長話にも付き合うものだよ?」
「いやでも、あまり長くなるとこの子が弱っても困りますし。」
「それもそうね。では頑張りなさい。くれぐれもその子をよろしくね。」
「わかりました!任せてください!じゃあ失礼しまーーーす!!」
◆◇◆◇◆
「ようこそ!ボクの世界へ!!」
「…は?」
気が付けば草原の上に立っていた。目の前には男だか女だかよく分からない若者が一人、どや顔をしながら大手を広げて立っている。
「あれ?分からない?」
「わかるか!そもそも誰なんだ!」
「ひどいなぁ。ボクは君たちでいう神様だよ?」
「そうなのか。はじめまして。じゃあ俺も神だ。」
「うーん…まあ間違っちゃいないかな?」
「はぁ??」
「いや、キミも神様ってところ。まあ正確に言うとそう思われて欲しいってことなんだけど。」
「ちょっと待ってくれ。本当に意味がわからんぞ。まずここは天国じゃないのか?」
「ああ、天国ってキミの元の世界で伝わってるアレ?そんなものないよ?」
「えええ?!…いやまあ本気で信じていたわけでもないけど…。じゃあここは何なんだ?」
「だから言ってるじゃん。ボクの世界だって。まあ君たちに分かりやすく例えるなら、神様の家ってところかな。」
落ち着け俺。ちょっと整理しよう。俺は沢谷直弘。ちょっとお茶目で元気な87歳。…いや違うな。死んだんだ。俺は確かに死んだ。
「お?ちょっと理解してきた?」
「ちょっと待ってくれ。まだ色々と整理中だ。」
「うんうん。そういうロジカルな思考いいよ!頼もしい!」
とりあえず今はコイツは無視だ。
もしまだ生きているとしたなら、家の和室の布団に居なければおかしいし、そもそも立っていることすら困難だったはずだ。
では夢?…違うな。夢ってのはなんというか、これは夢だって分かってしまう。だが今はそうじゃない。これは現実だ。
でも俺は背筋も曲がることなく、二本足でしっかりと大地に立っている。
「うん。これは現実だよ。」
「勝手に心を読むんじゃない。」
「しょうがないじゃん。神なんだから。」
そう。神。
この若者は先ほどから自分を神だという。それに俺も神になってほしいだと?これはアレか?孫がテレビで見ていた異世界に飛ばされるというやつか?
「ぴんぽーん!大正解~!!」
「だから、心を読むんじゃない!」
「えー。いいじゃーん。そのほうが話が早いし。」
「そういう問題じゃないだろ!なんかこう覗かれてるみたいで恥ずかしいじゃないか!」
「いや、ボク神だからそんなこと気にしなくていいから。で、なんとなく状況を理解してきたようなので、わかりやすく説明してもいいかな?」
「…そうだな。これ以上俺がこの状況を自分で理解できることもなさそうだ。」
「うんうん。そういうドライなところもいいね!いやー先輩やっぱいい仕事するわー!」
「その先輩ってのは何だ?」
「わかりやすく言うとキミの元居た世界の神様だね。その先輩から君を譲り受けたのさ!」
「生まれて増えたハムスター配るみたいに人をホイホイと配るんじゃねーよ!」
「でもボクたちからすれば同じような…いや、今のはキミにとっては不愉快な発言だったね。訂正するよ。」
確かにハムスターと同じようなものだと言われてカチンとはきたが、そもそも話のスケールが大きすぎて怒りがあまり沸いてこない。妙に納得してしまう部分もある。
「うん。そうだね。表現を変えるなら、ボクはキミをスカウトしたんだよ!」
「スカウト?」
「そう。ボクたち神ってのは自分で世界を作るんだけどね。その中でも君たちが元居た世界ってのが全ての神様の憧れの、とてもよく出来た世界だったんだ。」
「そうなのか?確かに俺はそれなりに幸せだったと思うが、世の中には色々と闇な部分も多かったぞ?」
「うん。多少の闇ってのはどの世界にも必ずできてしまうんだけどね。キミの元居た世界は文明が進みすぎてそれがとても大きくなってしまった。」
「それで、とてもよく出来た世界【だった】なのか。」
「そう。文明が進みすぎて、闇が大きくなるとどうなると思う?」
「どうって…世界が滅ぶとか?」
「最終的にはそうなるね。その前にまず、文明が進むと神の存在が薄くなる。」
確かに元の世界では色々な宗教はあったものの、心から神を信じている人というのは、特定の地域を除いては少なかったかもしれない。
「神への信仰が少なくなると、神はその世界に影響を与えることができなくなる。そうなるともう大変だよ。進んだ文明が暴走し、歯止めがきかなくなる。」
「そして世界が滅ぶ…か。分からなくもない気がする。」
「それでもあの世界は優秀だったんだ。世界の規模も大きくしたし、バランスもとれていた。だからあの世界はすべての世界のお手本になったんだ。」
「ほう。でも同じことをすればいずれ滅ぶだろ?」
「そう!そこなんだよ!!!」
「近い。離れろ。」
若者がここぞとばかりに詰め寄ってくる。正直、圧がすごい。物理的な意味で。
「世界を作るときに難しいことが二つあるんだ。」
「それは何だ?」
「一つは神の存在を知らしめること。信者を獲得することと言ってもいい。ボクたちは直接世界に干渉できない。住む次元が違いすぎて、ボクたちが介入すると世界が壊れるんだ。だから人々に神というものを認識させるのが難しいんだ。」
「水槽の掃除をしようと自分が水槽の中に入ると壊れるみたいなものか。」
「絶妙な表現だね。やはり先輩の育てた世界の魂は優秀だ!」
「で、もう一つはなんだ?」
「それはさっき言った話。ある程度の文明は世界の繁栄のために必要なんだけど、反映させすぎないこと。」
繁栄させすぎないことか。確かにそれは難しい。人というものは楽をするために苦労することを厭わないものだ。少しでも楽に、少しでも楽しくするために人は発明をし続けてきた。
「まあその二つ目は手がないことはないんだけどね。」
「なんだそれは?」
「みんなバカにしちゃえばいい。」
「単純だけど酷いなオイ!」
「いや、これがまた思った以上の効果があってね。文明が発展し辛い上に、神の存在を信じやすくなるんだ。」
「わからんでもないけど色々と酷いぞオマエ。」
「でもそうなると、文明が発展しないので、ある程度の繁栄ってラインも達成できなくなるというジレンマ!」
「本末転倒じゃねーか!」
「そーこーで!!キミの出番ですよ!!」
「おおう?!」
「キミが神の代行者として世界に降り立ち、文明を発展させながら神という存在を認識させ、信者を獲得するんだ!そうすればボクは力を得て神の位も上がり、それはもうウハウハなんです!!」
「分かりやすく雑なウハウハ作戦だな!」
「ということでボクの為に世界を発展させてくれたまえ!!」
状況は理解した。コイツが何をしたいのかもよく分かった。おそらく嘘はないだろう。なんとなくだが神とはそういうものだってのも魂の状態である今であれば理解できてしまう。
神の代行者か…。
大して信じちゃいなかったが、死んだ後は天国に行って妻と再会し、また二人仲良く暮らしたいと思っていた。だがそれができないと分かった今、俺はもう他に目的がないのも事実だ。
あきらめた様に大きく一つ溜息をつき、目の前で天に向けて手を仰ぎ、高笑いしている若者に向かって一言こう告げた。
「だが断る。」