第1話 プロローグ
よろしくお願いします。
本日は5話まで掲載予定です。
「…死ぬには良い日だ。」
「何言ってるんだオヤジ。」
住み慣れた築55年の我が家。32歳の時に結婚と同時に家を建てた。その和室の窓から見える、どこまでも青く澄み渡った秋晴れを眺めながらそう呟いた。
「死ぬときに絶対に言おうと昔から決めていたんだ。」
「縁起でもないこと言わないでくれ。せっかく最近体の調子が良くなってきたっていうのに。」
俺が寝ている布団の横で息子の智樹が溜息交じりに返事をした。
だが俺には分かる。俺は今日死ぬ。今まで一度も死んだことがないから分からないが、これはきっと死ぬ直前になると急に元気になるあの現象だ。思えば俺の祖父母も両親も、年を取って調子を崩し、急に元気になったと思ったら二、三日であっけなく死んでいった。
いい人生だった。子供と孫、そしてひ孫の顔まで見ることができた。その成長を見続けることができないことに未練は残るが、後悔はない。ただ一つ残念だったのは、生涯の伴侶であった妻が先に他界してしまったことぐらいだ。
「智樹、今までありがとう。これからも啓一や家族と力を合わせて頑張るんだぞ。」
「ホントどうしたんだ?アニキなら今日の午後に家族と一緒に顔見せにくるって言ってたぞ。」
「そうか。」
俺はそれを聞いて思わず微笑んでしまった。啓一と智樹の男二人兄弟。男同士ぶつかることも多かったが、それなりに仲良くやっていてくれたと思う。二人とも50歳を超え、世間一般で言えばもう初老と言われてもおかしくない年だが、俺からすれば二人はまだまだ可愛い子供だ。そんな二人が今でも仲良く家族ぐるみで付き合っていることを誇りに思う。
「智樹よ、啓一が来たら伝えてくれ。お母さんとお前たちのおかげで、俺はいい人生だったと。」
「だから、そういう事は本人が来てから直接伝えてくれよ。」
少々うんざりした…違うな。どういう表情をすればいいのか分からないといった顔で智樹がぶっきらぼうに答えた。そんな心境ですら今の俺には微笑ましく思う。
「そうだな。だが少々疲れた。少し眠ろうと思う。」
「そうか。じゃあ俺はリビングに居るから。何かあったら俺か紗代に声をかけてくれ。」
「わかった。」
紗代さんか。思えば彼女には迷惑をかけた。
この家は兄の啓一が離れた土地で就職して結婚したため、弟の智樹が継ぐことになった。俺と妻の麻子はそれを機にマンションに移り住んだのだが、妻が昨年他界したのをきっかけに俺は体調を崩し、それを見かねた智樹に言われ、この家に戻ってきたのだ。
それでも嫌な顔一つせず、いつも笑顔でお世話をしてくれた紗代さんには本当に感謝をしている。
「いい奥さんをもらったな。いつまでも仲良くやれよ。」
一人きりになった和室でそう呟き、目を閉じた。
すぐにウトウトと眠りに入る。それは決して二度と目覚めることのない眠りだ。
もはやこの眠気には抗えない。だが最後にどうしてももう一度だけ、口に出したい言葉があった。
「いい人生だった。」
かすかに絞り出したその声を最後に、俺の87年の人生が幕を閉じた。