第2話
―平愛高校の運営者、教職員、および学生諸君に伝える。諸君らの所有するAIシステムは大変に危険な 物だ。悪用されれば全世界的に壊滅的な損害を与える恐れがある。我々は、世界の安全と平和を願い、 君たちがそれを放棄することを望む。もしそれが叶えられなければ、実力行使はやむを得ないだろう―
不気味に合成された男の声明を聞いたとき、俺は大して怖いという感情を抱くことはなかったが、先生と一ノ瀬先輩の深刻な暗い顔をちらりと見たとき、次第に心臓が高鳴ってくるのが分かった。俺の隣にいた和は、別に顔に表しているわけではなかったが、無言であった。
「なんですか?」
と俺は聞いた。聞くまでもないような気がしたが、あくまで冷静でいたかったのだ。
「聞いたとおりさ」
と先生はため息混じりに言った。タブレットをいじってそして音声が記録された真っ黒な動画を閉じた。
俺がまず確かめたかったのは、それが事実かどうかだった。
「ただのイタズラじゃないんですか? 送りつけることだったら誰だってできますよ!」
俺は自分で早口になっていることが容易に分かった。
「そりゃ、俺たちだってそう信じたいんだが、そうもいかないんだなこれが。最近はそういうテロリストがわんさかいるからな」
そういえば、そういうネットニュースが最近ひっきりなしに報道されているな・・・・・・俺は混乱した頭の中でかすかに思い出した。
「まあ、お前にこれを聞いてもらったわけはだな・・・・・・いろいろと対策をとらにゃならんから、少しばかり協力してほしいってことなんだ」
「はあ、それって包み隠さず言うものなんですか?」
「いきなり訳も分からず部屋に閉じ込められるよりはマシだろう?」
そう言って先生は苦し紛れに笑った。
「ということは、俺たちもそうなりますか?」
「少し違うが・・・・・・」
と、先生は側にいた一ノ瀬先輩に目配せをして話すように促した。
「安全については、俺が責任を持とう」
先輩ははにかんで言った。
「こいつは、こう見えて優秀な拳銃使いでな、頼りになる男だ」と先生が付け加える。
俺は先輩の赤茶ので程よく色あせたジャケットの左脇に目がいった。たしかに脇が少し膨らんで、裾が広がっている。
「とはいえ、さすがにそれだけじゃ安全を確保することはできん。帰り道、いつ、どこで狙われるか、わからんからな。ということで、学校の寮に一部屋用意したから、しばらくそこで過ごしてもらうことになる」
まあ、身を守るためには妥当かも知れないと俺は思った。となると、和も一緒にそこで過ごす事になるわけか・・・・・・。俺は久しぶりに隣の和の方を向いて、どんな様子か確かめた。
同時に、和がこっちを向いた。そしてニッコリと笑ってウィンクした。
こいつ・・・・・・自分の立場をわかってるのか? 今までの話を聞いてはいると思うが、それを意に介さないような天然っぷりだ。でも、その笑顔を見ていると、不思議といままでの緊迫や恐怖、息苦しさがふっと消えていくような感じがした。それも和の天真爛漫さが成せる技なのかもしれない。
職員室を出た俺たちは、もう授業が始まってしまったかと思ったが、まだ8時前だった。あの時間が無限とも思えるほど長く感じたのだ。
「なんか大変なことになっちゃったね」
和も、いつもより喋りに活気が無かった。
俺はただ頷いた。少し疲れてあまり喋る気になれなかった。
先生が言うことには、もう今日には寮に移らなければならないということだった。いきなりのことで、なにから考えていけば俺には良いか分からなくなっていた。
廊下をゆっくりと歩いていくと、案内掲示板に一人女性が立っていることがわかった。一枚の紙切れを持って案内板に話しかけている。ああ、あれは同じ教室の有坂澪さんだ。
「あの、職員室はどちらでしょうか?」
すると、案内板が答える
「―教職員室は3かい・・・・・・2かい?・・・・・・ワカリマセン!!」
「ええっ?? え? えっと・・・・・・」そう言われた有坂さんはひどく困惑していた。まさか案内板にそんなぞんざいな扱いを受けるとは夢にも思わなかっただろう。あのアホみたいな声の主はすぐにわかった。 あいつは液晶の掲示板に映っていた。
「あっミーちゃん!」
俺が声をかける前に、和が親しげに呼んだ。
「あ、菱川さん・・・・・・」
「どうしたの?」
「職員室に行きたいのですが・・・・・・」
「地図を見れば分かるデース!!」
「お前は黙ってろ!!」
思わず声が出てしまった。
「失礼デスね! こう見えても私は学生諸君の心強い相談役なのデス!」
「去年まではな」と俺は吐き捨てた。傍らでは和が有坂さんに職員室の場所を教えていた。
「何しに行くの?」
「ええ、保安部員になるための申請書を出しに行くんです」
「そっか、警察官になりたいんだもんね」
有坂さんは頷いた。昨日和に聞いた話だと、彼女の最初の自己紹介の相手が有坂さんだったとか。
「じゃあ頑張ってね!」
和が励ますと、「はい」と返して俺たちが来た方へ走っていった。
「さて・・・・・・このどうしようもないポンコツをどうするか」
「ポンコツと言われる筋合いはアリマセンね~、ワタシを誰だと思ってるんデスか?」
口の減らないやつだ・・・・・・と言い放ちそうになったが、あんまり俺が怒ってアイリーンに八つ当たりして、和の気を悪くするのもあれだと思い、とどまった。かわりに濃いため息が出た。
「お前のせいでこっちは大変なんだぞ・・・・・・」
「話は聞かせてもらってるデス。それに関しては迷惑を掛けたデス」
意外と物分りはいいんだな。
「デモ! なんとか防火装置を動かす方法を思いついたデス! これで解決デス!」
「やったね!」
「ほう、どんな方法だ?」
「点検業者に発注をかけるデス!!」
あんまりにも自信満々に言うものだからすごいことに聞こえるが、あれだ、至極真っ当だ。
「そっかぁ! その方法があったんだね!」
まあ、そんな簡単な方法を思いつかなかった俺たちも俺たちだ。今回はアイリーンの言葉に従うとしよう。
「わかった、先生に掛け合ってみるよ」
「ありがたいデス!」
アイリーンに別れに告げて、俺たちは教室に戻ることになった。これからどうするべきか、なにをするべきか・・・・・・俺はまとまるはずのない考えを頭の中で堂々巡りさせながら、水色のカーペットを踏みしめる自分の足を見つめて、ただ歩くしかなかった。傍らで俺を気にかける和のことを考える余裕など、その時の俺にはなかったのだ。