第4話
俺たちが教室に戻ったとき、休み時間は残り3分を切っていた。
「思ったより遠いなあ、こっからじゃ購買まで遠すぎるんだ」
と俺は愚痴を放った。
「今度から教室で食べよっか」と和は慰めるように言った。俺たちは元の席に着いた。
「次は、委託式か」
俺は確かめるように言ったが、和はその言葉にいまいちピンときていないようだった。
「委託式って何?」
「えぇ・・・・・・?」俺は思わず声を漏らした「お前、知らないの!?」
「うん」
和はきょとんとして俺を見つめている。
そのことは、学校のサイトにもパンフレットにも載っているはずだ。この学校の要、真骨頂ともいえる重要な話に繋がるというのに、それを知らないと言うのか。
「あのなあ」
俺はあきれながらも説明しようとした。
「委託式ってのは・・・・・・その・・・・・・」
とは言っても、俺だって完全には知り尽くしているわけじゃないから、説明のしようがなさそうだった。と、後ろから聞き覚えのある男の声がした。
「委託式は、要するにこの学校の生徒会長が、平愛市市長から学校の自治権を委託される儀式だ」
「へえ!」俺たちは思わず感嘆を漏らした。後ろから声を掛けたのは、さっき自己紹介で会った一ノ瀬だった。
「自治権?」
「そう、この学校の学生が受けることができる権利が与えられる。学校の設備を活動のために自由に使って良いし、なんでもできる。それに生徒会規約の案を提出したり、いろんなことができる」
「そうなんだ!」
と和は興味津々で相づちを打った。
俺はすでに知っているので、何もいうことはなかった。強いて言うなら、一ノ瀬の見た目と裏腹に、まるで熟達した教授のように饒舌に語っているところにとても驚いた。
「権利ということは、義務もあるんだろう」俺は学校のホームページにかかれていたことをそのまま受け売りした。
「その通り!」
一ノ瀬は大げさにリアクションした。
「学生はそれぞれ市内の仕事場でアルバイトしないとならない。勤労単位って物があってな、一定時間を満たさないと最悪退学になる。社会勉強にもなるし、金にもなるしな」
「私、まだ何も決めてないよ」
「まあ心配しなくても、決まるまでまだ1ヶ月あるし、本格的に始まるのは2ヶ月後、研修が終わってからだ」
チャイムが遅れて鳴った、いつの間にか開始時刻から3分が立っていた。一ノ瀬はじゃあ、といって後ろに戻っていって、それと同時に大門先生が入ってきた。
委託式はとても退屈な物だった。別になにか特別なことのようにも思えなかった。市長は代理だったし、生徒会長も見知らぬ人で、ステージの上で格式ばった礼をして、書状が受け渡されるのをじっと座って眺めているだけで、関心を引くようなことは何もなかった。俺はただ眠気をじっとこらえていた。
教室に戻ってきて、そのままお開きとなった。まだ1時半だ。
「令君! 行こ! 早く!」
依然眠気に襲われていた俺は、腕を強く引っ張る和にうんざりしながら、言われるがままに歩いた。階段を1階まで降り、渡り廊下を渡って別の棟へ、購買の前を通って細長い建物の反対側まで行くと、さらに地下に通ずる階段があった。真っ暗でホコリっぽい階段が眼下に広がっていて、「立ち入り禁止」の紙がかかった白いロープが入口に張られている。
「よく場所わかったな」
「ホームページに地図が載ってたよ、見てないの?」
「お前に言われたくない」
「まあまあ」
「お前って、昔からちょっと抜けてるところあるよな」と、俺は小学生の頃を思い出しながら言った。
「そうかな?」
「うん、いろいろあった」
「それより、早く行こ!」
和はスカートが張り裂けるくらいに足を上げ、ロープをまたごうとした。
「待てよ、立ち入り禁止だぞ!」
「いいの! 先生の許可はもらってるし!」
そう言って和は、ハイヒールの甲高い足音を響かせながら、暗い階段に消えていった。
そこへ、俺たちが来た方向から大門先生がやって来た。
「あれ、菱川はどこだ?」
「もう下に行きました」俺は他人事のように言った。
「あいつ、待つってことを知らんのか?」
先生は手すりにくくりつけてあったロープを外し、その場に放り出した。
「ありがとうございます」
俺と先生は階段を降りた。踊り場にはホコリが溜まって、踏むと煙みたいに舞い上がった。ゴホッゴホッとむせてしまった。
地下一階は暗くて一寸先も見えない。和の姿もなかった。先生は階段出口のそばのスイッチを、カチッカチッっといじっていた。
「チッ、やっぱり着かんか」
「ライトを使いましょう」
俺はPALのアプリを起動して、ライトを点灯させた。
「なかなか使いこなしているようだな、そういうの得意か?」
「まあ、はい、興味はあります。あいつ(・・・)が好きなので」
「そっか」
俺たちは暗い廊下を教室一個分進んだところで、前方に壁があるのに気づいた。そこに和のシルエットが見え、壁を這うように動くライトの光りが見えた。
「おーい」と俺は声をかけた。和が振り向くのがわかった。
「ここ、開かないよ」
「おう、閉まってるんだ、そこ」
「開かないんですか?」
俺が壁だと思っていたものは、大きな金属の扉だった。閉じられた防火扉のようにも見えるが、どうやら違うようだ。警告を表す黄色と黒の模様で、扉の真ん中に小さな装置のようなものが付いている。少し不気味な扉で、俺は少し怖気づいた。なんだか来てはいけないような場所に思えたのだ。
和は、まだ扉に触れて何かを探しているようだった。
「和? 開かないんだってさ」
「うん」
「聞いてる?」
「待って・・・・・・」
和が扉に付いたノートパソコンほどの大きさの装置のようなものに触れた。それは樹脂でできたカバーで、取っ手を掴んで開くと、そこにはいくつかのボタンと、真ん中には、細長いくぼみが彫られていた。
「鍵穴・・・・・・ですかね」
「いや、そんなものないはずだが・・・・・・」
すると、和はおもむろに胸元からあのペンダントを取り出した。ライトに照らされたルビーが暗い廊下に赤い光を散らしている。そして。ペンダントをくぼみにはめ込もうとした。
驚くことに、ペンダントはまったく隙間なく機械にはまった。俺は、和がどうしてそうしたのか分からなかった。先生は黙ったまま目を丸くして和を見つめていた。
「和、どうしたの?」
「ううん、わからない、なんとなく・・・・・・」
それから数十秒は何もなかった。ただ装置の内側から、虫の羽音みたいに処理音が鳴り響いて、ペンダントがなんらかの機能を持っていることは間違いなかった。
「―システムオープナーの認証を完了しました。ロックを解除します―」
扉から音声がして、重々しい音とともに、上の方から青白い光が漏れ出した。扉は冷たいコンクリートの床にゆっくりと引き込まれて、だんだんと暗く閉ざされた廊下に光りがもたらされた。完全に扉がしまい込まれるまで、俺たちはただ見つめているだけだった。
「開きましたね、先生・・・・・・」
「あ、ああ・・・・・・」
俺も先生も、そこで何が起こっているのか、動揺して状況が掴めなかった。
「菱川、なんでそんなもの持ってるんだ?」
「こ、これは小さい頃から持ってるもので・・・・・・母からもらったものです」
「入学式に来てたよな?」
「いえ、あれは義理の両親です。本当の母は私が幼い時に亡くなりました」
「そ、そうか・・・・・・」
「取り敢えず、入ってみましょうか?」
俺は、動揺はしていたが、その先を見てみたいという好奇心も出てきた。和がどうしてそんなものを持っているのか気にはなったが、和については昔っから二、三、不思議なところはあったし、突拍子もないことをするのはたかがしれているので、大したことには思えなかった。まあ、そういう自分も十分おかしいとは思うが・・・・・・。