第3話
購買部は、校舎とはまた別の棟にあり、通路もわからないこともあり、たどり着くのに骨が折れた。着いた時にはすでに20分が経っていた。
「あっあそこじゃない?」
「おっ、あったあった!」
購買というよりも、教室にコンビニを無理やりつめこんだような店だった。向かいの広場はレンガが敷き詰められた噴水広場になっていたが、噴水は水が全く出ておらず、殺風景だった。
「ここでご飯食べられそうだね」
「ああ、でも結構ベンチに座ってるぜ」
購買に入ったが、尋常じゃないくらい混んでいた。2つの商品台の間を縫うように、真っ黒な背広の列が、折りたたまれるように並んでいる。商品を選んでいる最中の人もいる。
「混んでんなあ、買えるかな?」俺は長蛇の列に突っ込もうとしたが、思いついて隣の和の方を向いた。
「ごめん、席とってきてくれるか?」
「いいよ」
「何がいい?」
「あーあれ、デニッシュ系の、シナモン付いたやつ」
「わかった」
俺は人ごみをかき分けて、なんとかパンコーナーに着いた。その間にレジの前を通りかかったのだが、購買の物珍しさに人が押し寄せたのではないことが容易に分かった。レジの処理が追いつかないのである。
カウンターにはおそらく最新型と思われる自動レジが置かれている。これはデパートで見たことがあるが、商品をセンサーにかざすだけで商品情報を読み取り、さらに購入する人間の端末から電子マネー情報を自動的に認識、照会し売買が成立する仕組みだ。
そして、この購買ではさらに発展している。なんらかの理由で機能していない自動レジの代わりに、2人の熟練パートのおばちゃんがレジ打ちをしている。しかも、列がだんだんと乱れてくると「ちゃんと並んでねー」と言って列を調整する。効率の違いは歴然だ。
俺はなんとかデニッシュパンとピザパンを棚からとってレジに並んだ。時計を見ると、もう休み時間が半分過ぎていることがわかった。レジのおばちゃんに代金を渡すと、おばちゃんはしわがれた手で優しく俺の手を握ってお釣りとレシートを渡した。
俺は廊下へ出て、さらにそばの出口から広場に出た。和は出口すぐそばのベンチに座っていた。大門先生も一緒だった。噴水を囲むように設けられた4、5台のベンチは人でいっぱいだ。
「あ、先生どうも」
「おう!」
「はい、買ってきたよ」
「ありがと!」
「どうだ? うちの購買は?」
「混んでます、とっても」
「そうだろうな」
俺は和と先生の間に座った。あと一人分の余裕が有る。噴水を正面に見据えると、噴水の縁で緑のつなぎを着た用務員のおじさんが制御装置をいじっているのがわかった。
「噴水、壊れてるんですか?」俺は先生に聞いた。
「いや、これから出すんだよ」
そうして俺はピザパンをかじりながら噴水をいじるおじさんを見つめていた。和もひたすらパンをかじった。先生は背もたれに両腕をかけて悠々と広場を眺めている。
そのうち、噴水の先から水が出始めた。腕慣らしするかのように一度勢いよく吹き出し、少し勢いが落ちる。やがて本調子になった。
「さっきも言ったが・・・・・・」
大門先生は、落ち着いた様子でゆっくり話し始めた。
「ここのAIは機能を停止してしまった。先の地震の影響だ」
「だから、何もかも動いていないと・・・・・・」
パンを食べ終えた和が言った。
「そうだ、全部AIで管理していた。あの噴水やレジもそうだし、教室のプロジェクターやテレビ、PALといった教育機材、教室の電子ロック、スプリンクラー、防火扉などの設備、果ては電子掲示板や案内版も、ありとあらゆるものだ」
「どうりでレジも混んでたわけですね。でもPALは動いていますよ。電子ロックとかも問題なさそうですが」
「それ自体は動かせるし、各端末との連携は可能だが、AIが提供する各種サービスが完全に停止しているんだ」
「そうですか、そうなると不便ですね・・・・・・」と俺は言った。
「勉強はどうするんですか?」と和が俺の胸を通して先生を見た。
「ま、なんとかなるさ。もっともそれより深刻な問題があるんだが・・・・・・」
俺と和は先生を見つめた、ほんの少しだけ不安がよぎった。
「さっきも言ったが、防災装置もAIが管理していた。だから、スプリンクラーとか防火扉が正常に作動しないんだ」
「えっ、それじゃあ」
「いずれ学校が使えなくなっちまうかもしれん、一ヶ月後の消防の視察までどうなるかわからんが」
俺たちは無言になった。せっかく学校に入ったのに、こんなことで追い出されてしまうのか・・・・・・なんとかする方法はないのか?
「先生っ!!」
突然、和が声を荒らげて叫んだ。
「あの、よろしければでいいんですが、そのAIとやらを見せてもらえませんか!?」
「別にかまわんが、放課後になるぞ? 午後の式典が終わったあとだ」
「わかりましたっ!」
俺も頷いて返事した。いつもはちょっと抜けてるけど、好きなことには一直線なところとか、やっぱり昔っから変わらないな、和は。
そう思って、俺は和を見つめていた。