第2話
真新しい体育館で入学式が終わり、廊下をつたってぞろぞろと生徒とその親たちが校舎へと戻っていく。
俺たちはお互いの両親と会い、互いに懐かしみながら教室へと戻っていった。俺たち二人は同じ教室だった。
各が席に着き、初々しい静寂が教室を包んだ。俺と和は、隣同士の席に座ったが、話す気分にはなれなかった。
十数分後に、担任の教師が入ってきた。さっき玄関で出会った、見た目いかつそうなジャージの先生だった。俺と和は目を見合わせた。
「うっす!!」
そういってノート大のタブレットを勢いよく教卓に叩きつけた。何人かの生徒はびっくりして椅子から飛び上がった。
「ああ、ゴホン! 今日からA組の担任になる大門祐也だ! よろしく!!」
(暑苦しい先生だ・・・・・・)俺は心の中で思った。おそらくクラス中がそう思っているはずだ。
大門先生は最前列窓際の俺と、その隣の和を見つけると、彫りが濃く日焼けした顔ではにかんだ。和は笑顔で小さく手を振った。
「それじゃあ・・・・・・まずはクラス全員、親睦を深めるために自己紹介――」
先生は口をつぐんでまたにやっと笑った。俺は嫌な予感がした。
「――といきたいんだが・・・・・・それじゃ面白くないから、くじを引いて同じ番号だったやつと1対1で自己紹介ということにしよう」
教室がざわついた。こういうのは俺の一番苦手なパターンだ。多少の知り合いと話すのならまだしも、まったく知らない人と話すのは好きではない。
「じゃあ、みんなPALは着けてるか? 忘れた奴はいるか?」
PAL? ああこの黒い腕時計みたいなやつか。たしか入学と同時に配布された時計型端末だったな。俺の持ってるGショックによく似ている。
「すまん先生! 忘れちまった!」
後ろの席から男の声がした。
「次から気をつけろよ」
クラスの半数くらいがクスッと笑った。
大門先生が、持っていたタブレットを指で叩いて操作すると、PALの小さくて丸い画面から青白い板状のホログラムが空間に投影された。時間を確認するのと同じ要領で閲覧出来るわけだし、もちろん時間もわかる。あらかじめ設定されていたくじが自動的に割り当てられていて、自分の名前の下に、「34」と数字が大きく見出されている。
先生が号令をかけると、全員が席を立って相手を探し始めた。行動の早い和はもう人ごみの中へ消えていってしまった。
「先生! 俺の数字は?」
さっきPALを忘れた男が一番後ろの席から聞いた。
「34だ。ほら、そこにいるぞ」俺を指差して先生入った。ツーブロックの男は駆け寄ってきた。俺はなんとか力を振り絞って会話することにした。
「おっす! 俺、一ノ瀬航汰、よろしく」
「俺は鹿野令、よろしく」
見た目は怖そうだったが、思ったより優しい人間だと俺は思った。
「それにしても、初日から忘れる奴がいるとは」
「あははっ! 俺忘れっぽいからな・・・・・・! どこに住んでるんだ?」
「高里だ。3駅向こうの」
「あっ! 奇遇だな! 俺もそこなんだよ」
「ほう、そうなんだ!」
会話は、表面的なことしか話せなかったが、思ったよりも弾んだ。間髪入れずに次の番号が投影された。
「ああ、どうも」今度は、黒髪ポニーテールの、俺ほどではないが背がそれなりに高い女子だった。おおらかな和とは違って、キリっとしてなんだか厳しそうな顔をしていた。
「有坂澪です。よろしくお願いします」
「こちらこそ」俺も思わずかしこまってしまった「鹿野令です」
会話が途切れ、数秒沈黙した。相手もどう接したら良いのか思案しているようで、天井を見たり窓の外を見たりと、目が泳いでいた。あるいは、俺のことを話すことのできない意気地なしと踏んでいるのだろうか・・・・・・。
「・・・・・・しょ、将来の夢は、警察官になることです・・・・・・」
「へえ、警察官かあ」
言葉に詰まっていた俺は、なんでもいいから相槌を打った。有坂さんは耳が赤くなって恥ずかしそうにしていた。
「すごいなあ、俺なんてまだ先のことなんか決まってないよ」
「いや・・・・・・私もまだ決まったわけではないので、父の仕事を見て憧れているだけです」
「それでもすごいよ!」
「は、はあ・・・・・・ありがとう」
なんとか時間まで持ちこたえることが出来た。でも、俺にとって会話は、やろうと思えば出来るんだけど、エネルギーを大量に消費してしまう。有坂さんとの話が終わった直後、俺は自分の胃袋が真空パックのようにしぼんでいるのを感じた。朝飯くらい食べてくるんだった・・・・・・今にも腹が鳴りそうだった。
最後の相手は、幸運にも和だった。和は、俺の投影された番号を見つけると、人ごみをすり抜けて嬉しそうに走り寄ってきた。まるで子犬だった。
「偶然だね~」
「お、おう・・・・・・」
でも、途端に話題がわからなくなった。何か喋ろうと努めると、かえって何も喋れなくなってしまうのも俺の悪い癖だった。
どうやら和も同じらしかった。口をぽかんと開けたまま、さっきの有坂さんと同じように目をキョロキョロと動かしていた。それを見て俺は思い出した。
「あのさ」
「はっ何っ!?」
「エンジニア目指してるんでしょ?」
「ま、まあね・・・・・・さっきのは想定外だったけど・・・・・・」
「俺さあ・・・・・・正直言うと忘れてたんだよね」
「何を?」
「俺がエンジニアを目指すっていう夢」
「あー・・・・・・」
和は別に驚いてはいないようだった。
「まあ、昔のことだからね」そういって和は笑い飛ばした。
「でも! 昔一緒に過ごした時のことは忘れてないから」
和にとっては、そっちのほうが意外だったらしく、すこし驚いた表情を見せた。そのとき、俺は和の胸元に赤く光るペンダントを見つけて、ハッとした。細長い銀メッキのケースのような物に、豆粒大のルビーが(本物かどうかは分からないが)ついている質素なペンダントだった。
「それ、いつも付けてたよね」俺はそれを指さした。
「これ・・・・・・?」
和はペンダントを指すって確かめるように見た。そして安心したように、また笑顔を見せた。
「覚えててくれたんだ」
「うん、忘れるはずないもん、そんな綺麗なもの」
そんな事を言って、俺は恥ずかしくなった。なんか変なふうに捉えられていないだろうか・・・・・・? 内心ドキドキした。
「ふふっ、ありがとっ!」
「ま、まあ改めてよろしくお願いします、ということで・・・・・・」
「はい、よろしくお願いします!」
そして、自己紹介の時間は終わった。時間が押しているせいもあってか、思ったより早く終わった。休み時間があるが、午後にもまだ行事がある。弁当なんか持ってきてないから、購買かどこかでパンを買おう。俺と和は、自由時間にはいって、少し騒がしさを増した教室を後にした。