第6話
あの無限の時間にも思えた出来事の後、俺たちは有坂さんと、駆けつけた一ノ瀬先輩と大門先生が保健室まで連れて行ってくれた。俺たちふたりは腰が抜けてまともに立てなかったのに加えて、俺は意識が朦朧とし始めていたので、何も考えることができなかった。そのまま抱えられてベッドに乗せられると「しばらく休んでろ」と先生が言ったので、俺は眠ることにした。
俺が目覚めた時、カーテンの隙間から窓越しに真っ暗な外が見えて、正確な時間は分からなかったが、1日暗い眠ったように感じた。和はおそらく隣のベッドで寝ているだろう。
白いカーテンの外側に、有坂さんと、たった今一ノ瀬先輩が入室してきたのが声で分かった。
「お疲れ様です」
「ああ、ふたりの様子はどうだ?」
「ぐっすり眠ってます」
「そっか」
「・・・・・・すみません、私がいながら―」
「何言ってるんだ、お前がいなきゃ二人は間違いなく死んでたぜ?」
「それはそうかもしれませんが・・・・・・」
「まあいいさ、それより、他に被害はなかったか? 他に誰か怪我は?」
「いえ、何もありません」
「車のナンバーは覚えているか?」
「黒いセダンで・・・・・・世田谷ナンバーで・・・・・・すみませんあまり見ていなかったもので・・・・・・」
「構わんよ、監視カメラにばっちり写っている。アイリーンに解析させよう。それで、君も疲れてるはずだ、もう休むんだ。後は俺が面倒を見る」
「分かりました」
有坂さんはため息を吐きながら保健室を後にした。俺は起きたことを伝えるために、ベッドの上を這ってカーテンを開けた」
「おう、起きたか」
「はい、今何時ですか」
「7時だ」
とすると、まだ2時間しか眠っていないことになる。
「気分はどうだ?」
「まだ頭が痛いです」
「そうか、もう少し休んでろ」
「和はどんな感じですか?」
先輩は隣のカーテンを開けて確かめた。
「ああ何も心配するな、ぐっすり眠ってるよ」
「そうですか・・・・・・」
俺がベッドの背もたれに腰掛けて安堵のため息をつくと、先輩は枕元まで丸椅子を持ってきて座った。
「それにしても、お前はなかなか肝の据わったやつだなぁ!」
「え、なんですか急に?」
俺には何のことかさっぱり分からなかった。
「見たくないと思うが・・・・・・監視カメラに一部始終が撮ってあるんだ」
俺は一瞬ためらったが、自分に何があったのかはっきり確かめるために見ることを決意した。
「いえ、見ます」
「ほう、大したやつだな! じゃあ送るからな」
そう言って、先輩はPALを操作して俺のほうに動画データを送信した。俺はすぐにそれを開いた。
動画は、玄関のひさしに付けられた監視カメラの映像だ。玄関から左斜め方向の景色を映していて、右端に正門が見える。
玄関から3人の人影が出てきた。ほんの少し行ってから、今度は正門から黒い車がやってきて、人影に向かって銃撃、そして車はまた正門から逃走していく。
俺が冷静に、そして客観的に見て初めて気づいたことがいくつかあった。まず有坂さんが俺たちが突き飛ばしたのは、彼女が銃撃をいち早く悟ったからであった。よく見ると、突き飛ばすと同時に拳銃を抜いて構えている。そして実際に車に向かって撃っているのが分かった。
それに、車が正門から出ようとするのを追いかけたが、正門で立ち止まるやいなや、またうずくまる俺たちの方に戻ってきているのだ。有坂さんが俺たちを守ってくれたのは紛れもない事実だった。
そして、もう一つ衝撃的な事実が分かった。それは、車の突入、銃撃、そして逃走の一連の動きが、わずか10秒弱の内に起こった出来事だったのである! 俺にしてみれば、何十分にも何時間にも感じられた銃撃が10秒! 信じがたい事実だった。
「どうだ?」
「凄まじいですね、こんなことが本当に起こるなんて・・・・・・」
「まあ、そんなことめったにないからな・・・・・・車はおそらくだが、盗難車かなんかだろうな。お前を撃ったのは発射速度の速い9mmのサブマシンガンだろう、壁に弾丸がめり込んでたよ。今、車のナンバーをアイリーンが解析しているよ」
「そうですか・・・・・・」
しかし、映像を見ていて、俺は本当に不甲斐ないと感じた。俺があの場でしたことといえばなんだ? ただうずくまって弾が当たらないことを祈っているだけではないか!
「どうした? 急に怖くなったか」
俺の心中を顔色から察したのか、聞いてきた。
「いえ・・・・・・ただ、俺はなんにも出来なくって」
「出来たさ、彼女を守ったんだ」
「守ったのは有坂さんです! 俺はただ寝っ転がっていただけです」
「分かってないな」
先輩は俺の肩に左手を乗せた。
「あの状態で誰かをかばえるなんて、誰にだって出来るもんじゃない。映像でも分かるが、立ち上がろうとした彼女を、お前は止めてるし、地面に伏せていた結果、弾丸は上を掠めることになったんだ。故意か無意識かはさておき、守りきったことは確かだ!」
「・・・・・・」
俺は言葉を失ったが、以前納得はいかなかった。
そのとき、PALが反応して、アイリーンの声が聞こえた。
「調子はどうデスか?」
「ああ、だいぶ良くなった」
「それは良かったデス! 一時はどうなるかと思ったデスよ!」
「迷惑かけたな」
「いいえ、とんでもないデス」
一ノ瀬先輩がPALに話しかけた。
「アイちゃん、解析は完了したか?」
「今日はもう休むデス! 明日やるデス!」
「お前なあ・・・・・・まあいいや、明日の昼までには結果出しとけよ」
「あいデス!」
「お、おはよう~」
それから1時間後、俺が再びベッドで休んでいたところで、和が起きたようだった。
「ああ、どうだ調子は」
「うん、大丈夫、ちょっとだるいけど」
一ノ瀬先輩は椅子から立ち上がって話しかけた。
「立てるか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか・・・・・・今日は寮に戻って体を休めるんだ。明日は欠席届けを出しておくか
ら、ゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
そして、寮までの短いようで長い道のりを、先輩が同行してくれた。玄関のそばを通りかかったが、あの出来事が、驚く程に他人事のように思われた。




