第4話
聞き慣れないインターホンの音で、俺は意識を取り戻した。硬いベッドの上で強ばった体を伸ばして、俺はもう一度眠ろうと思った。
和はもう起きているのだろうか、「はーい」と返事をして玄関へ小走りで行った。俺は一瞬、殺人者がやってきたのではないかと勘ぐったが、それは杞憂だった。
「おはようございます」有坂さんの冷静な声だ。
「おはよう~」
「昨日はなにかありませんでしたか」
「うん、大丈夫!」
「そうですか」
俺はベッドに備え付けてある時計を見た。8時だ! 俺は布団の中で焦ったが、すぐにここが寮だということを思い出した。
「令く~ん」
「ああ、起きてるよ、今起きる」
とはいえ、ゆっくりしていては間に合わないので、俺は布団から出て、5分で着替えを済ませて荷物を整えた。
「ご飯はどうする?」
「お前まだ食べてないのか?」
「うん、なかなか起きないから」
「ああ、そりゃすまん。購買で済ませるよ」
5分後には、支度を済ませて玄関を出た。スーツ姿の有坂さんも待っていた。まだ眠気があってぼーっとしているが、コーヒーでも飲めばスッキリするだろう。
「昨日はよく寝たね」
「ああ、ちょっと疲れたからな、和は?」
「ちょっと寝不足! ベッドが合わなかったみたい」
まだ暗い廊下を通って玄関に出ると、ぬるい風が服を通り抜けた。舞い上がったホコリの匂いが周囲にかすかにした。
校舎までは、有坂さんが先頭に立ってゆっくりと歩いた。和が気楽に話しかけていたおかげで緊迫した様子ではなかったが、建物の角に当たると、有坂さんが俺たちを止めて行く先の様子を確かめてから進んだ。結局何事もなかったが、万が一のことを考えてのことだろう。それに、有坂さんのジャケットの左脇が膨らんでいるのがわかった。
「おはようございマス!!」
相変わらずハイテンションなアイリーンが今日もいつもの口調で挨拶した。
「おはよ~」
「相変わらずだなお前は・・・・・・」
「いつも絶好調がワタシのモットーデス!! システムの調子はイマイチデスガ・・・・・・」
「心配するな、先生に頼んでおいたよ」
「ホントデスか!? それはありがたいデス!」
「一週間後に業者が来るそうだ」
「うん、これでひとまずは安心だね、アイちゃん!」
「ところでデスが・・・・・・」
「なんだ?」
「ええと・・・・・・」
「令な! また忘れただろ」
「サーセン」
「それで、なんだ?」
「レイは、オトコデスか?」
「え・・・・・・」
突拍子もない質問が来ることは大体予想できたが、予想の斜め上をいっていた。
「そ、そ、それはどういう意味だ? 性格がってことか? それとも・・・・・・」
「そっちは問題ないデス! 赤外線で確認済みデス!」
「おまっ・・・・・・!! どこ見てんだよ!!」
俺は思わず赤面してアイリーンに怒鳴りつけた。和も「あらあら」といって少し恥ずかしがっていた。
「オヤオヤぁ? ナニを想像してるデスか?」
「うるせえ! で、なんでそんな事聞くんだよ」
「無論、レイにノドカを守る度胸があるかどうか知りたかったのですデス」
そう言われ、赤熱していた心が一気に静まり、また現実に引き戻された。
「そ、それは・・・・・・」
言葉に詰まった。正直そんな資格が俺にはないのかもしれない。
と、和が突然話し始めた。
「令くんとは小学校以来の幼馴染なの」
「ほう、なんとなくそうだとは思ってたデス」
「その時の令くんってすっごく怖がりで、ビビリだったんだよ」
「ほう、それは知らなかったデス!」
「おい、やめろよ」俺はまた恥ずかしくなった。
「最初の頃はね。いっつも私のそばについてきて、転んだ時とか、怒られた時とか、事あるごとに泣いちゃって、本当に大変だったよ。まあ可愛かったけどね。そのたびに私があやしてあげたっけ」
「お姉さんデスね」
「でも、私が失敗したときは、逆に慰めてくれたり、ガサツな私の代わりにいろいろ世話してくれたんだよ。すごくいい子だったんだ」
「いい話デスね~」
「それでね、高校生になって再会したけど・・・・・・成長してた、立派になってたよ」
「そ、そうか?」
「ドコが立派になってたんですか?」
「お前いい加減にしろよ!!」
俺はアイリーンを殴ろうとした。案の定当たりはしなかった。
「もう! そういうことじゃないよ~!」
「冗談デス! でもレイは十分立派デス! ワタシは安心していマス!」
「そうなのかな? 正直あんまり自信ないけど・・・・・・」
「きっとみんな助けてくれるデス! ワタシも力になりたいデス!」
「どうやって力になるんだ? 今のところ足でまといにしかなりそうにないが」
「失礼デスね! これからデス、これからが大事デス! まあ、もっと言うならいつでも近くに寄り添って挙げられたらいいのデスが・・・・・・」
寄り添う? 俺は、一日中下ネタがうるさいカタコトの外国人が一日中そばにいる想像した。死んでもそんなものは望まない。
「うるさいだけだろ」
「まったく、まだワタシの力をわかってないデスね! レイは」
「近くに寄り添う、か・・・・・・」
和が何やら意味深に口走ると同時に、遠くでチャイムが鳴った。俺たちはアイリーンに別れを告げて教室に戻った。




