第1話
カーテンから白い明かりが漏れているのに気が付いて目を開くと、すでに朝になっていた。
俺はゆっくり起きあがって、覆っていた布団を乱暴に引きはがした。全然眠ったような気がしなかった。眠ったか眠っていないか分からないような眠りだった。そういえば、昨日は緊張でまったく眠れなかったのをよく覚えている。
高校に進学したのは良いけれど、親友とも離ればなれで、知っているひとは誰一人いない。そう考えると、新しい環境でやっていけるのかとても不安だった。数日前までは、期待と希望でいっぱいだったのだが・・・・・・新しい学校、新しい生活、新しい友人、新しい勉強・・・・・・でも、それが現実としてすぐ近くまで迫り来ると、どうしても不安が先だってしまうのだ。「ま、何とかなるか・・・・・・」
こんなときはそうやって、俺はいつも自分に言い聞かせるのだ。
不安になるときは、さっさと行動に移るべきだ。俺は勢いよくベッドを降りて着替えようとした。新しい高校・・・・・・平愛高校に制服はないので、入学式用のグレーの背広に着替え、赤いネクタイを締めた。髪を整えて、昨日準備したカバンの中身をもう一度確かめて、部屋を出た。
「朝ごはん、食べていかないの?」
「時間ないから、どっかで買って食べるよ」
「そう、お母さんも後から行くからね」
「うん、行ってきます」
晴れ着姿の母に見送られて玄関を出ると、俺は駅まで歩いていった。朝飯を買う気はない、食欲がないのだ。
予想通り混雑していた駅で、人混みをかき分けながら電車に乗り、1駅、2駅、3駅と通り過ぎ、平愛駅に着いた。駅を出ると、同じ年頃の数人の男女が、自分と似たような背広を着て歩いているのに気が付いた。ある人は両親と歩き、ある人は友達らしき2人と楽しくしゃべっていた。一人の俺は途端に怖くなった。
(何とかなるか)と頭の中で自分を戒めた。
前に見学に着たときにこの通学路を歩いたが、何もおもしろくない住宅街の路地だ。自宅の周辺と似たような道で、新しい感じなど何もしない。それでも、いまのセンチメンタルな俺にとって、その心に馴染んだ景色はささやかな慰めになった。
ありきたりな住宅地をひたすら歩いていると、俺の側を一人の女性が通り過ぎようとした。俺のと同じ色のスーツを着て、ハイヒールをコツンコツンとならしながら足早に歩いていた。おそらく俺と同級生なんだろう。
俺の左を通り過ぎるとき、女性は眉をひそめて俺ををじっと見つめていた。俺がそれに気づいたとき、その顔に見覚えがあるような気がした。
茶髪のストレート髪が腰までかかっていて、美人ではあるがボーッとして何も考えてないような顔だ。すらっとした背中と、スカートから伸びた、流れるような細い足が全身のスタイルの良さを際だたせている。
しかし、俺にとっては、その後ろ姿にどこか懐かしい感じもした、歩き方とか髪をかき分ける仕草とか。
そうして俺が見とれていると、女性は電柱にぶつかった。
「いでっ!!?」
ゴンッという鈍い衝突音が俺にも聞こえた。
「あっ大丈夫ですか?」と俺はとっさに声を掛けた。
女性はしゃがんで頭を抱えたきり動かない。
「(あれ・・・・・・大丈夫か?)」
俺は動かないその人を不安になって見つめた。脳しんとうでも起こしているのか? 救急車を呼ぶべきか・・・・・・。
「あなた・・・・・・」
うずくまったままの彼女から、うめき声のように自分を呼ぶ声が聞こえた。
「な、なんですか」恐る恐る聞いた。
「あなた・・・・・・令くんでしょ」
そのとき、俺は驚いたというより、心の隅にあったパズルのピースがはまったように確信した。それは幼なじみ菱川和だった。
「あ、ああ・・・・・・はい」
知り合いなのに緊張してつい敬語になってしまった。
すると和は何事もなかったようにすくっと立ち上がって俺の方に向いた。さっきのしかめっ面とは打って変わって、ぱあっと笑顔を咲かせて俺の手をつかんだ。
「やっぱり~!! 会いたかった~!」
そういわれると、俺も和に会えたことがうれしくなった。
「うん、元気だった?」
「元気元気!」
「そっか! 広島の方に引っ越ししたんじゃなかったっけ?」
「いや~それがさっ、こっちの高校に進学したくてさ」
「一人暮らし?」
「そうそう、今度の学校ちょうど寮があるでしょ? 興味があったから受験してみたの」
「へーそうなんだ」
いつの間にか、二人は会話を広げながらまた歩みを進めていた。和のおでこが少し赤くなっていたので心配したが、大したことないと言った。そして、もう一つ聞きたいことがあった。
「地震、大丈夫だった? だいぶ揺れたでしょそっち」
「だいぶどころじゃないよ~棚とかテレビとかみんな倒れてさ~水も電気も通らないから大変だったよ」
それは去年の10月のことだった。何十年も前から懸念材料だった南海トラフ地震が発生し、関西、近畿、中部などが甚大な被害を被った。「西日本大震災」である。しかし、今では地震の恐怖も、記憶も忘れ去られつつあった。
そうこうしている内に、学校の正門前まで着いた。住宅街のど真ん中にあり、塀に囲まれて、校舎とグラウンドと体育館がある、敷地と校舎が大きいことを除けば、どこにでもあるような学校だった。しかし、この学校が毎年倍率が5倍をくだらない人気を誇るのには理由がある。
「ここってさ、全自動化学校なんだよね」
と和が話をきりだした。
「そうらしいね。超巨大なAIが管理してるとか何とか・・・・・・和が来たのもそれが理由?」
「それもあるかな、AIとかコンピューターとか興味あるし、昔みたいにね」
「そっか、まだあきらめてないんだ、あの夢」
「令はどうなのさ」
「俺? 俺は・・・・・・その・・・・・・」
俺は少し戸惑った。正直、二人でAI技術者を目指していたことを忘れてしまっていた。小学生の頃の話だ。
「ま、まあそうかな、でなきゃこんなところ来ないよ」
「そっか、そうだよね」
そのとき、後ろから突然30代くらいの男性の渋い声が聞こえた。俺たちを呼んでいるようだった。
「お二人さん、水を差すようで悪いんだが・・・・・・」
俺たちは振り返った。ジャージ姿のがたいのいい教師らしき男性が立っていた。
「あの、なんでしょうか」と和は返事した。
「ここのAI、今は動いてないぞ」
「えっ!!?」二人は息を合わせたようにびっくりした。