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聖女の励ましは今も生きている【長編版】  作者: りすこ
メロ編

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8/22

だから、少女は歌いつづける

 目を覚ましたメロの視界に映ったのは、悲壮な表情のマリアンナだった。


 マリアンナはメロの瞳が薄く開くと、一度、大きく瞳を見開き、堪えるように口をつぐんだ。


「……メロ様……気がつかれましたか?」


 まだ思考が安定しないメロはマリアンナの表情に気づかない。ただ穏やかな声が耳に届く。


 ……ここは……


 ゆっくりと目を動かして辺りを見渡す。自分が寝泊まりしている部屋だ。メロはマリアンナの顔をボーッと見つめながら、倒れる前のことを思い出す。


 確か自分は慰問に行ったはずだ。

 そして、そこで……


 メロの脳裏に怪我をして眠るディーンの姿が横切る。


「っ! ディーン!」


 メロは目を限界まで見開き、体を勢いよく起こす。久々の目覚めなのか体が軋んだが、その違和感を振り切り、マリアンナに詰め寄った。


「ディーンは! ディーンは大丈夫なの!?」


 マリアンナの胸元の服に爪をたてながら、メロは半狂乱で叫んだ。


 マリアンナはそんな彼女の様子にひゅっと息を飲んだが、彼女を落ち着かせるためになるべく穏やかな声色を出す。


「メロ様のそばにいた兵士なら、回復して兵に復帰したと聞いております」


 ――回復。


 その言葉にメロの心は安堵する。しかし、復帰という言葉で、心はすぐさま乱れる。


 ……ディーンがまた怪我をするの……? あんなボロボロだったのに……また……


 メロの手から力が抜ける。だらんとした腕は彼女の絶望の深さを物語っていた。



 ……私の為に……? 私のせいで……


 ……私が……待ってるなんて言ったから……



 ――ディーンは、死ぬかもしれない。



 ガラガラと、作り上げたすべてのものが崩れ去る音がした。耳にマリアンナの声は届かない。視界すらぼやけだす。


 メロの感情は壊れていた。


 一度はかき集めたディーンの笑顔が霧散していく。


 メロの手のひらに彼の残像は一粒すら残らない。


 なのに足が勝手に動き出した。足を動かすとき、一瞬だけ、ひきつるような痛みを感じた。しかし、メロは動きづらい体も、マリアンナの制止も振り切って、駆け出していた。



 駆けた先はグランドールの執務室だった。寝着に裸足という格好でメロはその部屋の扉をノックすることなく開いた。


 乱暴に開いた先に彼はいた。執務室の机に座り、側近のバロックと話をしている最中だった。


 メロの姿にバロックは呆然としたが、グランドールは表情を変えることはなかった。


 メロは彼らに近づいた。その瞳は真っ直ぐグランドールだけを見据えている。バロックの存在など視界に入っていないようだ。


 ぺたり。ぺたり。


 大理石の床を裸足で踏む音が静かに響く。瞬きを忘れた彼女の瞳の中に光はない。人形が歩いているようだ。


 ぺたり。


 異様な空気を出しながら、メロは机の前に立つと、おもむろに床に膝をつけた。そして、両手をついて、頭を垂れた。大理石の冷たさを手のひらに感じず、剥き出しの足にも感じずに、支配者に懇願する体勢をした。そして、メロは静かに口を開いた。


「……殿下。お願いがございます……」


 低い一定の音。機械音のようなそれに、バロックはまた息を飲むが、グランドールは眉ひとつ動かさない。


 グランドールはバロックを見ずに片手を上げて前に軽く振り、退室するように促す。


 バロックは何か言おうと口を開いた。それはグランドールの口元が笑っていたからだ。その笑みは、不気味なほど穏やかなものだった。

 バロックは息を飲むと口を一文字につぐんだ。眉根をひそめて、彼に一礼して立ち去った。その間も彼の視線はメロを見つめ、バロックを見ることはなかった。



 キィィ……バタン……


 扉が閉まると静寂がメロとグランドールを包む。頭を垂れたままのメロの耳にグランドールの低い声が届く。


「顔を上げろ」


 それは話を聞いてやるという合図だろう。しかし、メロは身じろぎせずに頭を下げたままだった。


 小さく息を吐かれる音がして、低い声は尋ねてきた。メロは、たった一つの願いを口にした。


「ディーンを村に帰してください」


 自分のわがままで彼の人生を無茶苦茶にしてしまった。彼は兵士になれるような人ではない。穏やかな空気の中で、笑っているような人だ。自分と繋いだあのあたたかな手は、血に濡れ、人の肉を裂くためにあるものではない。


 だから、ディーンを解放したかった。

 歪んだ道を正したかった。


 その為ならば、ディーンに会いたいなどという、ちっぽけな願いなど捨てられた。



 こつり。

 グランドールの靴が大理石を歩く音がした。その音はメロのすぐそばで止まる。衣擦れの音がした。


「……顔を上げろ」


 低い声はメロの願いの叶える言葉ではなかった。だから、メロは体を強ばらせながらも、動かない。


 目をつぶり自分のできうる全てをした。すると、メロの頭が大きな手のひらに包まれる。挟み込まれるように包まれ、強制的に顔を上げさせられた。


 首がひきつる感じがしたが、メロの表情はその苦しさを一切、見せなかった。乱れた前髪から見えるのは感情を失くした瞳のみだ。


「……つまらんな」


 グランドールは一言、呟くように言った。彼はただ、冷たい眼差しでメロを見つめるのみ。全てを飲み干すような漆黒の瞳は感情が削ぎ落ち、何を考えているのか分からない。


 しばしの沈黙の後、グランドールが口を開く。


 彼は笑っていた。


「……メロ」


 名前を呼ばれても、メロは感情をその瞳に灯さない。だが、次の彼の言葉でメロは死んだ心を取り戻す。


「お前の願いは聞き入れない。ディーンは俺の駒としてこれからも働いてもらう」


 メロの瞳が開きだす。それを見て、グランドールは歯を見せて、口角を上げた。



「たとえ戦場で朽ち果てようとも、亡骸は村に帰らん。それが兵士というものだ。諦めるんだな」



 メロの瞳が限界まで見開かれる。体が小刻みに震えだした。動きをやめていた瞳孔は忙しなく動き出した。


 血が沸き立つ。

 全身が熱い。


 腹から込み上げるものはなんだ。


 この禍々しい黒くどろっとしたものは。



 ――あぁ、そうか……


 ――これが……憎悪というものか。



 メロはグランドールの両手首を手で掴む。自分の頭から引き離そうと、握りつぶす力で握りしめる。しかし、グランドールは眉を一つ動かさず、彼女の頭を捕らえ続ける。それにメロの感情は振り切れた。


「――離して!!」


 腹の底から叫び、彼の手を振り払う。髪を乱し、前髪の隙間からグランドールを睨み付け、立ち上がった。メロの瞳は憎悪で燃えていた。


「ディーンを殺させたりしない! 彼は私が生かす!!」


 魂を振り絞るように叫ぶ。メロの顔は、先程まで人形のように能面になっていた顔とは違っていた。怒りに満ちた顔は赤くなり、その瞳はやるべきことを見いだせた輝きを放っていた。


 グランドールは口元に弧を描きながら、立ち上がる。メロよりも頭二つ分、背の高い彼はそびえ立つ壁のようだ。自分など呆気なく捻り潰しそうな覇気を感じながらも、メロは足をすくませなかった。


「やれるものならやってみろ。歌うしかできないお前に何ができるんだ」


 メロは奥歯を噛み締める。捕らわれた自分ではディーンの手を取って逃げ出すこともできない。そんなことをすれば、祖母のミドに危害が加わるかもしれないからだ。


 だが、ディーンが死ぬことだけは嫌だ。


 それだけは絶対、嫌だ!!


 できるとか、できないとかそういう問題ではない。やらなければと思ったのだ。


 メロは命を燃やした。それが彼女の全てであり、それしかないのだから。


「それでもやるわ」


 背筋を伸ばし、立ちはだかる壁に向かってメロは声を出した。


「ディーンは死なせない」


 メロの宣戦布告にグランドールは愉快そうに口元を歪めた。


「やってみろ。歌で命を救えるなんて、そんな芸当ができるならば」


 くつくつと喉を震わせるグランドールにメロはいっそう強く睨み付けたのだった。




 グランドールの部屋を出たメロは頭をフル回転させ、ディーンに会う方法を探した。彼と会えるのは慰問に訪れた時だ。軽度の医療施設を訪れ、意識があるディーンに会おう。賭けでしかないが、そこで会えればディーンを説得できる。


 もう帰っていい。ディーンが死ぬことだけは嫌だと泣いてでもなんでも言えば、メロを気遣う彼ならば分かってくれるはずだ。


 自分は死ぬことはないが、ディーンは死ぬかもしれないのだ。死んだらもう会えない。いつか、戦いが終わればきっと、また会える。


 ぬるい考えだとか言われようとも、そんな希望を話せばディーンも分かってくれると思っていた。



 しかし、メロの考えはまたしてもグランドールに潰される。



 戦場の激化を理由にメロが慰問を訪れるのは重度医療施設に制限されたのだった。慰問へ訪れる時は護衛がつけられ、監視体制がしかれた。


 それを聞いたメロはベッドの枕を投げつけて怒り狂った。羽毛の枕のカバーを怒りのままに引き裂き、腹の底から叫び声を上げた。


「嫌い! 嫌い! 嫌い! あんなやつなんか大っ嫌い!!」


 白い羽を撒き散らしメロは泣いた。


「あぁぁぁ! ディーン! ディーン! ディーン! うぁぁあぁぁん!!」


 好きな人を救えやしない。


 なにが、聖女だ。

 なにが、励ましだ。


 無力な自分が悔しかった。


 いつもそうだ。


 自分はいつも大事な人を救えない。

 一番、救いたい人を救えない。



 メロは子供のように泣きじゃくった。



 やはり、唄は歌えなかった。



 ***



 命を擦りきらせながらも、メロはかろうじて体を動かしていた。そんな彼女に一縷の光が差し込む。


 それは救いの歌を歌った後のディーンの回復だった。


 歌った後のディーンは異様なまでに回復力が高まった。しかも、彼は小柄な体に似合わず怪我をしにくくなっているという。


 それを医師を聞いた時、メロの心に希望の灯火が宿った。


 ――あの歌はディーンを守ってくれるものなんだわ!


 そう考えたメロはディーンが重症で運ばれる度に歌った。


 眠る彼の横顔を見つめながら、救ってほしいと祈りを込めて、歌った。涙をこらえて、背筋を伸ばして、口から伸びやかな声を出す。


 幾重にも重なったような旋律は天に昇り、雲間から光を差し込む。


 メロの祈りのままに、光は揺らめきながら大地を照らした。


 争いを続ける者たちへ

 なぜ、戦うのだと問いかけるように。


 争いで傷ついた者たちへは

 一縷の慰めになるように。


 争いのせいで、好きな人と離れた者たちへは、また会えますように。


 メロの奏でる声はディーンの為の旋律だ。


 だけど、彼を救うために、メロは無意識にこの争いを終わりを願い、歌っていた。




 ミドから禁じられた救いの歌。

 それは聞いた者へ加護を与えるものだった。


 聞くものの体を強靭なものへ変える。

 聖女の加護といえる歌だ。


 しかし、その歌は、歌う者の命を削る唄でもあった。

 何もないところから加護はでるわけではない。歌うものの命を削って生まれる加護だ。


 歌う度にメロの足は鈍く重くなり、体は思い通りにいかなくなる。


 それに気づきながらもメロは歌った。


 それしかできなかったから。



 空に浮かぶ天使の梯子のように。


 メロは救いの歌を自分の希望としてしまったのだった。


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