だから、少女は聖女になる
メロはグランドールに連れられて王宮に行くこととなった。後にミドも王宮近くの病院に行く手筈となったが、グランドールによって先に王宮へと旅立った。
別れの日、メロはさよならを誰にも告げなかった。見送りも不要だと言った。朝方の静まりかえる村を見つめ、メロは村から半日ほど歩き、待っていた馬車に乗り込んだ。
王宮での暮らしは面食らうことが多かった。田舎育ちでなんでも一人でやってきたメロに専属の侍女が付いた。マリアンナという名前の初老のふっくらとした女性だ。優しい雰囲気の彼女は王宮暮らしに縁がなかったメロに丁寧に色んなことを教えてくれた。
王宮の暮らしは窮屈だった。無駄に豪華な調度品は、一体いくらするのだろう……と考えるだけで恐ろしく触れない。しかも、服は持ってきたものを着るのを禁止された。
「そんなみすぼらしい格好で歩くな。俺の品性が疑われる」
グランドールはメロにそう言って、クローゼットに用意された服を着るように命じた。肌にすべらかに馴染む服の数々はやはり高そうで、破ってしまわないか心配だった。村を自由に駆け回っていたメロは恐々と歩くようになり、それを見たグランドールが口の端を上げた。
「少しは見れる姿になったじゃないか」
いちいち癪にさわる言い方をされ、メロは顔をひきつらせた。
グランドールに連れられて駐屯地にある医療施設を回った。三ヶ所ある施設は怪我の重さで施設の設備も兵士たちの様子も全く違った。
軽度の怪我人たちは比較的明るく、施設の外で鍛錬している者もいた。
メロに対しても好意的に接してくれた。
彼女が歌うと皆が耳を澄ませ、「いい声だ。励まされた」と感謝してくれた。それにメロ自身も笑顔になった。
それとは別にメロが驚いたのは兵士たちのグランドールへの敬意だ。
「殿下、次こそは奴らに一泡ふかせましょう。あいつら、本当に見境なく剣をふるってきやがって……」
悔しそうに顔を歪ませる兵士にグランドールは直接声をかけた。
「あぁ、そうだな。お前の働きに大いに期待している」
そんな優しい言葉をかけるのだ。メロに対しては嫌みったらしい言葉しかかけないのに、その態度の差に眉間に皺を寄せた。
兵士の慰問を終え、帰りの馬車でメロはじっとグランドールを見つめた。その視線にグランドールは、不敵に笑い、なんだ?と声をかけてきた。
「別に……なんでもないです」
「言いたいことがあるなら言え。うっとおしい視線を送られては迷惑だ」
また不遜な態度をされる。優しくされたいとかは思わないが、その態度はいい加減、苛立つ。
「では、お言葉に甘えて……殿下は、兵士たちにはお優しいのですね。私には皮肉しか言いませんのに」
そういうと、グランドールはゆるり、口元に弧を描く。
「なんだ。優しくされたいのか?」
ねっとりと品定めされるような視線に居心地が悪くなる。
「別にそうではありません。疑問に思っただけです」
そう言うと、ふっと笑われた。
「この土地を守っている奴らだぞ? 気を配るのは当然だ」
不遜な物言いは変わらないのに、言葉はどこか優しい。メロはグランドールという人物がよく分からなくなっていった。
――よく分からない人。優しくできるなら平等にしなさいよ。
少しは態度を改めろと、声を大にして言いたい。そんなことはできないが。自分にだけつっかかる態度がメロは苛立って仕方なかった。
メロは、なぜわざわざ自分が王宮に居なければならないのか疑問だった。慰問をするなら駐屯地内に住まわせてもらえればいい。その方が近いし、窮屈な王宮生活からも解放される。グランドールの嫌みも聞かなくなるし、色々、都合がよかった。
実際にグランドールに言ったこともある。しかし、それは却下された。
「王宮お抱えという冠をつければ、お前の唄に箔がつく。それに無用な戯れ言も遠ざけられるだろう。そんなことも分からんのか?」
呆れられたように言われたが、メロは食い下がった。
「でも、駐屯地内にいれば、兵士たちの様子もよく分かりますし、わざわざ馬車で行く方が非効率です」
そう言うと、グランドールはメロを睨み付ける。その眼差しは鋭く、触れれば切れる剣のようだ。
「お前は俺が買った。お前をどう使うかは俺が決める。余計な口出しをするな」
ぴしゃりと言われ、メロは何も言えなかった。
ムカムカしたまま部屋に戻り、一人になったところで息を吸い込んだ。
「なんなのよ! あの態度!! 腹、立つ!」
思いっきり叫び、ボカボカとベッドを叩く。一通り叩き終わると、声をかけられた。
「メロ様……大丈夫ですか?」
マリアンナだった。メロは我に返り、子供っぽい癇癪が恥ずかしくなり、ふいっと視線を逸らす。
「大丈夫。殿下の嫌みに腹が立っただけよ」
つい本音を出すと、ふふっとマリアンナは笑う。
「殿下はメロ様を前にすると、とても楽しげですからね」
メロははぁ?と、声を出す。
「どこがよ。いっつも、いっつも、いーっつも、嫌みしか言わないで、あの人は私をバカにして鬱憤を晴らしているだけだわ」
キーッ!と手をわなわなさせて怒りを現すメロに、マリアンナはやはり笑う。
「殿下は寂しい方ですからね。メロ様が来ると聞いた時、メロ様の唄を一番、必要としているのは殿下ご自身だと私は思いましたよ」
マリアンナの言葉は腑に落ちなかった。メロから見れば彼は自我が強く鉄壁の人だ。自分の励ましなんか必要としてないだろう。そう思えて仕方なかった。
一見すると、メロは充実した日々を送っているように見えた。やることがあるのはいい。グランドールの嫌みも、キライだが少しは気が紛れた。
でも、夜になるとメロはとたんに寂しくなった。胎児のように丸って眠るのがすっかり癖付いてしまった。クタクタにならないと寝付きも悪い。寝付きが悪いとどうしても大好きな人に会いたくなる。
だから、メロは絶えず動いた。今、できることを必死にやった。
じゃないと、心が押し潰されそうだった。
軽度の患者を診る医療施設は比較的穏やかだった。しかし、怪我が重度になるほど、空気は重苦しくなっていた。
慰問のために訪れたメロは、空気の重苦しさに眉根をひそめた。
剣を振れずに暗く淀んだ空気が漂っている。腕を無くした者や、失明した者。立つのに車椅子を必要とする者。皆、戦いに出られなくなった自分を恥じていた。
絶望に嘆く兵士の側にメロは寄り添った。その手を取り、近くで歌った。
大丈夫よ、とは言えなかった。
少しでもいい。彼らにまた立ち上がれる力が戻りますように。
――憩いの唄を、彼らに。
メロの優しい旋律と、空からの光に時に兵士は涙した。
「ありがとう……あなたは聖女様だ」
そんなことを言われた。メロは苦笑いして、そんな神聖なものではないと否定したが、兵士は首を振って、”聖女様です”と繰り返した。
聖女なんて、身に余る言葉だ。自分はただの小娘で、唄が少しばかり上手いだけだ。そんな自覚があった。しかし、グランドールは聖女という名を気に入った。
「その方が神秘性が増す。ただの小娘に歌われるより、聖女に歌われる方が心に響くものがあるだろう。否定するな。お前は彼らの聖女になるんだ」
そう言われ、メロは聖女を演じ始めた。それが彼らの励ましとなるのなら……メロはそう思って、聖女と言われるのを甘んじて受け入れた。
そのうち、兵士は誰もメロを名前で呼ばなくなった。
聖女と神格化され、救いを求める兵士の手がメロに重くのしかかる。メロは微笑みながら、痛みを共有する。彼らの痛みをその身に受け入れ、励ましの唄を歌う。その手を取ることでメロ自身が励まされた。人の触れ合いが擦り切れたメロの心をどうにか保たせていた。
戦が終わると医療施設は血と苦痛に喘ぐ人の姿で溢れる。メロも何かできないかと看護師の真似事を始めた。人手が足りない現場で、あくせく走る。目を逸らしたくなる怪我にも向き合い、介抱する。
夜、遅くまで必死に動いて、皆が眠りにつくころは子守唄を歌った。
ミドがよく歌ったゆりかごに揺られるような心地のよい旋律の唄だ。一時の癒しの唄は「眠れる」と評判で、メロは喜んで毎夜、歌いにいった。
身を粉にして働くメロに小さな異変が起きたのは、グランドールと話をしている途中だった。
「根を詰めすぎだ。お前が倒れたら、示しがつかん。役目を忘れるな」
いつもの口調で言われ、「わかりました」と言って早々に立ち去ろうとした時だった。ぐにゃりと視界が歪んで、ふっと意識が遠のいた。
「ちっ……馬鹿者が。だから、言っただろう」
グランドールに受け止められ、メロは自分の体を憎く思った。嫌いな人に全身を預け、伝わる熱に鳥肌が立つ。すぐに離れようと思ったのに、足に力が入らない。また舌打ちが聞こえ、全身を抱えられた。
「やめて!」
「うるさい。黙れ。喚くと、口を塞ぐぞ」
グランドールは広角を上げ歯を見せる。
「憎い男と口づけを交わしたいのなら、大いに暴れろ」
それにメロはびくりと体を震わせ、大人しくなる。グランドールの言葉は本気だろう。嫌いな男に唇を触れさせるなど、死んでも嫌だった。
――ディーンにさえ、触らせていないのに!
頭に血が昇るほど、憤りを感じたが、その怒りも大好きな人を思い出して、弱まっていく。気づけばうつむき、唇を噛み締めていた。メロを見つめる視線に気づかないまま、メロの心は大好きな人の笑顔を思い出しては、強制的に消していた。
……期待してはいけない。
ディーンは来るとは言ったが、王宮で囲われている以上、近づくのはたやすくない。
でも、ディーンなら……もしかしたら……
「っ……」
あぁ、どうしてだろう。
心は身勝手な期待をする。
大好きな人の笑顔がまた見れることを
期待してすがろうとする。
それは心が弱いせいだろうか。
自分が弱いから……
こんな自分が一番、嫌いだ。
「ディーン……」
独り言のように呟くと、乱暴に投げられた。驚き受け身をとると、柔らかいものに体が弾み、痛くはなかった。目の前にあるのは太陽の匂いがする真っ白なシーツ。そこで、メロは自分がベッドの上にいることに気づいた。体を起こし、顔を上げると、昏い瞳が自分を覗き込んでいた。
「俺に抱かれながら、他の男の名を呼ぶとは、いい度胸だ」
ゆるりと上がった口元に、メロの心が警笛を鳴らす。危険だ。離れろ。酷い目に合うと訴え出す。シーツに足をとられながらも、後ろに下がる。恐怖で体を震わせながらも、目だけは強くグランドールを睨んだ。
「……どいて。私が誰を呼ぼうがあなたには関係ないわ」
拒絶したのに、グランドールは愉快そうに距離を詰める。狂喜に満ちた瞳がメロを捕らえ、動けなくする。
「そうだな。関係ない。だがな……」
グランドールの手が伸び、メロの両手首を捕らえる。そのまま、ベッドに縫い付けるように押し倒した。痛みを感じるほどの強い拘束に、メロの顔が歪む。それにグランドールは目を輝かせた。
「お前のその眼差しが、俺には心地いい」
くつくつと喉を震わせ、彼は眼を見開く。狂気の目は瞬きを忘れ、メロを捕らえる。
「お前の体を隅々まで暴いて、絶望で染めてやろうか? そうすれば、さぞかし愉快だろうな」
はははっと昏い声が木霊して、メロは血が逆流するほどの怒りで身を震わせた。
怒りに任せて、足を蹴りあげる。足は彼に触れることなく、手の拘束も解かれた。怒りのおさまらないメロは近くにあった枕を手に取りグランドールに投げつけた。
肩で息をしながら投げつけた枕はあっさり彼の手の中におさまってしまった。彼はそれを一瞥して、変わらぬ笑みを浮かべる。
「メロ、俺が憎いか?」
初めて呼ばれた名前はナイフのようにメロの心を傷つけた。血を吹き出し、喘ぐメロの心をグランドールは更に傷つける。
「もっと、俺を憎め。その身を焦がすくらい。それまで、お前を解放する気はない――」
メロはカッとなって、ありったけの声で叫んだ。
「出ていって! あなたの顔なんか見たくもない!」
悔しくて目尻に涙が溜まった。それすら嫌で、メロは決して泣くまいと唇をきつく噛み締めた。その行為こそがグランドールを煽ることだと分かっていても、メロは彼を睨み続けた。
やがて、視線の応酬を終わらせ、グランドールは暗い笑い声を響かせ、部屋から出ていった。
ドアが閉まるとメロは怒りに任せてベッドを叩きつけた。堪えていた涙がポタポタと落ちてベッドシーツに悲しい円を作っていく。
「ディーンのバカっ……」
やり場のない怒りがメロの口から本心じゃない言葉を吐き出す。
「バカバカバカバカっ! なんで来ないのよ!!」
違う。本当の心だ。会いたくて。ただ、恋しくて。うまく言葉にならないだけだ。
「ディーン……」
胎児のように丸まりながら、メロはひたすら彼のことを思った。大好きな彼の笑顔が涙で消えていこうとも、かき集めて、溢さないように手のひらを握りしめる。
唄は、やはり歌えなかった。
◇◇◇
メロは歌うことにより固執するようになっていった。もう二度とグランドールの前で醜態を晒さないようにしっかり食べもした。何も味は感じないが……それでも、燃焼を送り込むようにメロは食事をしていた。
そんな日々を過ごしていたメロに運命は残酷な再会をさせた。
「ディーン……」
頭と胸と足を包帯で巻かれてベッドで眠る大好きな人を目の前にしてメロの手から包帯が落ちる。目は瞳孔が開き、体は糸が切れた操り人形のように力を失う。ガクンと座り込んだメロに誰かが声をかけてくる。
聖女様!とか、メロとか言われている気がする。でも、メロの耳に音は届かない。
メロは震える手でディーンの頬に触れた。温かい……生きている。それだけでメロは狂うほどの喜びに包まれた。
「バカね……こんなボロボロになって……」
愛しげに頬を撫でていると、誰かに肩を掴まれた。その感覚もどこか遠く、メロは口を開く。
――どうか……ディーンを救って……
――彼から痛みを取り除いて……
――私の動く体を代わりにあげるから……
――どうか……彼を…
――ディーンを救って……
その旋律は救いの唄だった。
メロの足が鈍く重くなる。
それでも構わず唄い続け、やがてメロは意識を途絶えさせた。
ひとまずできている所までの更新になります。




