だから、少女は唄を歌う
メロには大好きな人が二人いた。
一緒に暮らしている祖母のミドと幼なじみのディーンだ。
ミドは流行り病で亡くなったメロの両親の代わりに幼いメロを一人で育てた。メロは疳の虫の強い子で、よく泣いていた。困ったミドは、メロに唄を歌った。
励ますように澄んだ声が響いた。
優しい子守唄は、メロをご機嫌にした。ミドは目尻の皺をゆるりと下げて唄を聞かせた。
メロは大きくなると負けん気の強い女の子となった。幼なじみのディーンは穏やかで何を言われてもニコニコしているが他の子供たちは違った。メロの強がりや、言葉の足りなさに怒って、よく喧嘩をした。しかも、メロは困ってる人を絶対、放っておけなく、イジメを見つけたら相手が年上だろうが関係なく食って掛かった。
年上の男の子と喧嘩をしては、傷だらけのメロを見て、ミドは今度は唄を教えた。
怒った時の唄。
悲しい時の唄。
嬉しい時の唄。
そして励ましの唄を。
「メロ。お前は言葉が足りない。相手に何を言う時は、唄ってごらん。心を唄にするんだ。唄は相手に響く力があるからね。手を出すよりも、ずっと効果があるよ」
感情をコントロールするためにミドはメロに唄を教えた。やがて、メロは手を出さなくなっていった。代わりに唄を歌うようになる。
すると不思議なことが起きた。メロが歌うと空から光が差し込んだ。メロの旋律に合わせて黄金の鍵盤が現れたような光景だった。
それを見て、周りの人は驚いた。不思議だね、綺麗だね。メロちゃんの唄は元気がでるよ。そう笑顔で声をかけられた。
喧嘩っぱやく、思ったことをうまく言葉にできないメロは自分のことがそんなに好きではなかった。自信もなかった。
でも、唄を歌っている時は、誰もがメロを褒めて、笑顔になった。その顔を見るのが好きで、よく唄を歌った。
特にディーンはメロの唄を手放しで褒めた。
「すごい、すごい! メロの唄は何度、聞いてもいいな」
ディーンは頬を上気させて、笑顔をみせた。その笑顔を見るのもメロは大好きだった。
ディーンは、メロにとって唯一、何を言っても離れていかない人だった。怖いもの知らずでニコニコしているディーンはメロから見たら、ちょっと頼りないし、放っておけない。同じ年なのに、ディーンが小柄なのも庇護欲を掻き立てられた。というか、危なっかしくて目を離せない。
ディーンは高いところが好きだ。身軽な彼はひょいひょいと勝手に色んな場所に登ってしまう。しかも、あははって笑ってちっとも怖がらない。見ていてハラハラした。メロはいつかディーンが怪我をするんじゃないかと気が気ではなく、余計口調を強めてお母さんのように彼を見張った。でも、彼は切れた風船のように飛んで行ってしまう。
メロはディーンが飛んで行ってしまわないように唄を歌った。すると、彼は大人しく聞いている。なので、メロはディーンの前でよく唄った。
ディーンに対して恋をしたのはいつからだろう。それは小さな頃からだったと思う。彼はメロが何を言っても怒らなかったし、彼女にとって安心して自分をさらけ出せた。そんなことをできるのは、ミドとディーンだけだ。他の人とはいまだに上っ面の言葉しか口にできない。
だから、恋したのはとても自然なことだった。
しかし、自分の思いをうまく伝えられないメロは告白なんてできるわけもなく、好きの二文字は喉の奥にひっかかってしまう。それどころか、好きと自覚するようになって、ディーンに対して冷たい態度をとるようになっていった。
「もう、ディーンのバカ!」
バカがいつの間にか口癖になってしまった。そんなこと言いたくないのに、照れが言葉を裏返す。それでも彼は笑顔だったし、特に気にもせず、相変わらずメロの側にいた。でも、彼女はその裏側で小さく落ち込んでいた。
それを察したのは、やはりミドだった。
「バカな子だね。ディーンが好きなくせにあんな態度をとって」
ため息を付きながら言われたことに、メロは膨れっ面になった。そんなことメロが一番分かっている。
本当は他の女の子みたいに可愛く笑いたい。好きって惜しげもなく言ってみたい。ディーンはこう見えて誰にでも優しいし嫌な態度はとらないから、影で結構モテていた。しかも、成長するにつれ、綺麗な顔立ちになるというオプションまでついた。
他の女の子が頬を赤くしてディーンに話しかけるのも気に入らなかったし、彼がそれに笑っているのも気に入らなかった。
――ディーンが好きなの! 私を見て!
そんな嫉妬心を晒せるわけもなく、メロはプイッとそっぽを向いた。
「ディーンは私といるよりも、他の子といる方が楽しそうね」
ツンと澄まして嫌みなことを言ってしまう。最低だと自分でも分かっている。でも、ディーンは目をキョトンとさせて笑うのだ。
「まさか。僕はメロといるときが一番、楽しいよ」
太陽を背にして微笑む彼はキラキラとしていて、メロの淀んだ心を洗い流した。ディーンはいつもメロを甘やかす。ぐずぐずに甘やかすから、いつまでもたってもメロは素直になれなかった。
そんなメロを見て、ミドは唄をまた教えた。
「恋の唄だよ。思いを込めて歌ってごらん」
そう言われ、メロはディーンと二人っきりの時はいつもこの唄を歌った。
“あなたのことが大好きなの”
言葉にせずとも伝わるように思いをのせて背筋を伸ばして。唯一の人へ届くように。
歌い終わった後、メロは照れながらもディーンをちらっと見た。彼はいつものように微笑んでいた。
「メロの唄はいつ聞いてもいいな」
そんな普通のことを言われて、メロはむくれる。プルプルと肩を震わせて、大声でいつもの台詞を言う。
「もぉ! ディーンのバカ!」
そして、彼を置いてすたすたと歩きだしてしまう。
「メロっ。ちょっと待ってよ」
でも、彼はすぐに追いかけて、メロの隣に歩いて顔を覗き混んでくる。
「メロ。怒っている?」
怒ってはいた。鈍すぎる彼に。でも、そんなこと言えるわけない。
ツンと澄ました態度を変えることなくメロは小さく言った。
「……怒ってはないわ」
そう言うと、ディーンはホッとして微笑む。メロの指をちょっとだけ掴んで、嬉しそうに笑う。
その顔がまた好きで、どこか小憎たらしくて。でも、やっぱり好きで。メロは繋がった手を振り払うことはしなかった。
そのうち、メロはディーンに伝えることを諦めた。伝わらなくても彼はいつでも側にいたから、それでいいと思ってしまったのだ。
励ましの唄を皆に歌いながら、元気を与える日々。自分のことを嫌いだったメロは歌っている自分を好きになっていった。頬は薔薇色に輝きだし、笑顔は屈託なく太陽のように輝いた。
だけど、相変わらずディーンと二人っきりの時は恋の唄をこっそり歌った。
「やっぱり、メロの唄はいいな」
彼はやはり、メロの気持ちに気づかない。ちくりと、心の痛みを感じながら、メロは歯を見せて笑う。
「当たり前でしょ。私の唄はみんなを励ますものなんだから」
唄は素直に気持ちを言うのに、言葉はいつだって素直じゃなくなる。
そんな気持ちを言えないメロと、彼女の思いにちっとも気づかないディーンの日々はゆるやかな空気と共にすぎていった。
幸せな日々には、突然、ヒビが入る。
祖母のミドが倒れたのだ。
「おばあちゃん!?」
倒れたという話を聞いて慌てて、家に戻ってみると、ミドは苦しそうに表情を歪ませてベッドに横たわっていた。それにすがりつくようにベッドの側に近づく。
「おばあちゃん……」
涙を溜めながら、ミドの手を取るとその細さに驚いた。いつの間にこんなに細く小さくなっていたのだろう。唖然としているメロに医者が声をかける。
「メロちゃん、最近、ミドさんに変わったことはなかったかい? 胸を押さえて苦しそうにしたり」
その言葉を聞いて、メロははっとする。そう言えば時折、ちょっと苦しそうにするミドを見たことがある。その度に声をかけたが、ミドはふんと鼻を鳴らして口をへの字に曲げる。
「年なんだよ。可愛げの足りない孫の相手をしてるからね。疲れも溜まるってもんさ」
その度にメロはムッとしてミドと口喧嘩になってしまった。だから、気づかなかった。
医者はミドさんらしいね……と薄く笑い、残酷なことをメロに告げた。
「ミドさんは、心臓を患っているよ。村の医療では治すのは難しい」
メロはその言葉を聞いて、絶望に突き落とされた気分だった。震える唇で、問いかける。
「町に行けば、おばあちゃんは治るの?」
「王宮近くの医者にかかれば、もしかしたら治せるかもしれないけど……申し訳ない私の力が及ばなくて……」
頭を下げる医者にメロは無言で項垂れた。
メロは考えた。
どうにかして王宮近くの町医者にかかれないか。でも、それにはお金がかかる。村娘のメロにはそんな大金のあてはなかった。途方に暮れるメロに、ディーンが声をかける。
「メロ! ミドおばあちゃんが倒れたって!」
ディーンの顔を見たら、涙が溢れそうだった。助けてと言いたかった。なのに……
「疲れがたまっていただけだって!」
顔は張り付いた笑顔を作る。そして、なんでもないのよと言ってしまう。
あぁ、どうして……
どうして……
どうして、言葉にすると思いを伝えられないのだろう……
そして、いい案が思い付かないまま、第三王子グランドールとの出会いの日がやってきた。
◇◇◇
グランドールが怪我をして、村に立ち寄るという話を馬に乗った兵士が伝えに来た。村長は青ざめ急遽、お出迎えの準備が村人で行われた。メロも準備を手伝っていたが、村長に彼の前で唄ってくれないかと拝み倒されたのだ。
「え?……殿下にですか?」
「そうそう! グランドール殿下にメロちゃんの唄を聞かせてくれないかいっ」
「でも……大した怪我ではないのでしょ?」
「そんなこと言わずにメロちゃん、この通りだよ!」
メロは肩で大きく息をして渋々、承知した。渋々だったのは、グランドールが少し怖かったのもあるが、彼に励ましが必要だとは思えなかったからだ。
グランドールを一目見てメロは思った。心の強い人……だと思う。他者を寄せ付けず、自分さえも律しているような。心に壁がある人。
――私の励ましなんか、あの人は要らないって言うはずよ。
ため息が出たが、頼まれたものは仕方ない。村長を助けると思って、メロはグランドールのいる村長宅にやってきた。
ひょこっと顔を出して中を伺うように部屋を覗く。そこには足を怪我して椅子に座るグランドールと、従者の姿がある。声は聞こえないが、厳しい表情で何やら話し込んでいる。
取り込み中だから、後にしようかと思っていると鋭い眼光と目が合う。メロは思わず目を逸らしたくなった。
メロを見つけたグランドールはその鋭さを変えることなく、声をかけてくる。
「お前か、励ましの唄を歌うやつは」
メロは観念してグランドールの近くに立った。お辞儀をして背筋を伸ばす。
「そうです。殿下のために歌いにきました」
グランドールはメロをギロリと一瞥すると、つまらなそうに視線を外した。
「無用なことだな。俺は見せかけの励ましなどいらん」
その横顔を見ながら、メロは気づかれないように小さく息を吐き出した。やはり断られた……どうしようか考え、じっと彼を見つめる。すると、怖い顔にどこか幼さを感じた。自分と年齢がそう変わらないせいだろうか。
――そんなにピリピリして、疲れないのかしら?
自分だったら疲れてしまう。その時、不意に彼に歌いたいメロディーが浮かんだ。
こほんと咳払いして、メロは背筋を伸ばした。ここで逃げ帰ったら、村長の立場がなくなる。一度引き受けたからにはやり遂げたい。メロはいつもの調子で笑った。
「そんなことおっしゃらないで下さい。唄を聞くだけです。足が動けず退屈している殿下の暇潰しにはなりますよ」
そう言うと、グランドールはふいっと顔を逸らし「勝手にしろ」と言った。そう言われたらこっちのものだ。メロは姿勢を正して、唄を口にする。
――彼に歌う唄は、憩いだ。
そんなに張り付めていたら、疲れない? 少し休んでいいんだよ。そんな気持ちで歌う。
メロの澄んだ声が部屋に響きだした。
最初から最後まで穏やかなメロディーが口から出てくる。励ましとは違って、明るい曲ではないが、淡い光で包む木漏れ日のような旋律。
やがて空からは同じようなあたたかい光がいつくも伸び出す。メロに合わせてハープを弾くように光は揺れ、形を変えた。
思いをのせて唄い終わった時、驚いた表情でこちらを見ているグランドールと目が合う。信じられないものを見たかのような表情だ。二人の間に静寂が広がる。沈黙がいたたまれなくなり、メロは頭を下げてその場を立ち去ろうとした。
「待て」
一度、呼び止められたが、彼は手を上げる。
「……いや、ご苦労だった」
意外な言葉に面食らいながら、メロは足早にその場を去った。
その翌日、グランドールが呼んでいると村長があり、メロは心の底から嫌な顔をした。断るわけにもいかず、渋々行くと、彼は椅子に座っていた。手すりに肘をつき、手の甲に頬をのせ、口元に笑みを浮かべている。
心なしか昨日より態度が高圧的だ。異様な空気を感じて、メロはごくりと生唾を飲む。
「何か、私に用ですか?」
「あぁ、お前を買うことにした」
――は?
言っている意味がわからずメロは唖然とした。しかし、グランドールは構わず話し出す。
「お前を買う。俺と共に王宮までこい」
「なっ……!?」
思わず声が出てしまい、慌てて口を閉じる。それに笑みを深められ、メロは訳がわからなくなった。混乱したままでいると、グランドールが口を開いた。
「お前の唄は使える。俺の側で働き、国のために歌え」
ますます訳がわからない。混乱しながらも、メロはなんとか口を開いた。
「こんな小娘の唄が役立つとは思えませんが……」
「役に立つか立たないかは俺が決める。お前には駐屯地へ行って、兵士の為に歌ってもらう」
兵士のために……
メロも少なからず聞いたことがある。この土地の豊かさを隣の自治領が狙っていることを。この土地には大規模な軍事基地があった。
――彼らのために歌う? 私が?
「お前にとって悪くない条件を提示してやろう。例えば、そうだな……祖母の治療費とか、な」
メロの目が驚きで見開いた。グランドールは不敵に笑いながら、続けて言う。
「王宮に勤める専属の医師の元、治療を行わせてやる。費用はなしだ。最新の設備で最高の治療を行わせてやる。どうだ?」
メロの心がぐらついた。ミドを助けられるかもしれない。その希望にすがり付きたくなる。
だが、その一縷の光はメロが思っているよりも残酷な条件で提示された。
「その代わり、お前は王宮へ行き、兵士の為に歌う。戦いが終わるまでだ。村には一生、戻れんかもな」
その一言にすがりつく心が冷えていく。
戻れない……じゃあ、ディーンとも……
青ざめるメロにグランドールは退路を断つように言った。
「家族を助けたいんじゃないのか?」
悪魔のような笑みで言われ、メロはぎゅっと唇を噛み締めた。
――――メロ!
ディーンの笑顔が脳裏に浮かぶ。
メロと、自分の名を呼ぶ声が。
いつも側にいて微笑んでくれた彼の顔が次々と浮かんでは消える。
好き。という感情を残して消えていく。
メロは自嘲気味に笑った。
好きだと伝えてなくてよかった。
思いを知られていなければ、別れることはたやすい。たやすい。……はずだ。
「お願い……します」
メロは震える体で頭を下げる。顔を上げると満足そうに口を歪めたグランドールが見えた。
「契約成立だな。詳細はそこにいるバロックに聞け」
メロはまだ青ざめる顔で、バロックと呼ばれた男を見上げた。彼は複雑そうな顔でメロを見るだけ、こちらへと別の部屋に促す。
足を動かそうと体を反転させたところで、グランドールが声を出した。
「そうそう……もし惚れている男でもいたら、しっかり別れてこいよ」
びくりと、体が震える。不快な低音の声がすぐ側で囁くように言う。
「――戻れると、期待させる方が残酷だろ?」
全身の血が巡り、怒りで狂いそうだった。メロは奥歯を噛みしめ、振り返らず歩きだす。
背後からメロを追うように、不快な低音の笑い声が響いた。
◇◇◇
グランドールの側近だと名乗るバロックからこれからについて聞いた。だが正気を失うほどの怒りで、ほとんど耳に入ってこない。
バロックはメロの心を察してか、話を終えた後、グランドールの言葉を後押しするようなことを言った。
「今している戦はいつ終わるか分かりません。家族と……大事な人とお話してから、この地を去った方がいいでしょう」
その言葉だけはメロの耳に届き、心に染みいった。
その後、メロはミドに話をした。王宮に行くと決めたことを。ミドは弱った力でメロの頬を叩いた。こずかれたことはあっても、こんな風に叩かれたことはなかった。ミドは目に涙を溜めて、声を振り絞るように出す。
「バカな子だとは思ってたけど、ここまでバカだったとはね!!」
怒りと悲しみを孕んだ怒号に、メロの感情も爆発する。
「じゃあ、どうすればいいのよ! どうしたらおばあちゃんは、生きてくれるのよ!」
メロは顔をしかめて、泣きじゃくる。
「お医者さんに聞いたの! おばあちゃんの心臓が悪いって! このままだと、死んじゃうって!」
メロは叫ぶように泣いた。
「嫌よ! イヤイヤ! おばあちゃんが死ぬなんて絶対嫌よ!! あああっ!」
大好きな人が死ぬなんて耐えられなかった。それならば、会えなくなる方がずっとマシだと思ってしまった。
「バカ娘!」
ミドは震える手でメロを抱き締める。力の弱った抱擁にメロの涙が止まらなくなる。
「人には寿命があるんだよ。お別れはくるんだよ。私と別れても、お前はお前の道を行くことが私には何よりなんだよ」
メロは首を振って、わからないと繰り返す。
「生きてよ! 可能性があるなら、それにすがらせてよ! 私からおばあちゃんを取り上げないで!!」
うああんと、子供のようにメロは泣いた。悲しくて、悔しくて、感情が溢れだして止まらない。唄なんか歌えない。
ミドはそんなメロを見つめて「ばか娘」と呟き、目から一筋の涙が道をつたい落ちる。そして、またメロをそっと抱きしめた。
「……元気になってやるから。泣くんじゃないよ」
それにすがりつくように、メロはまた泣いた。
メロが落ち着くと、ミドは皺が入った震える手で何度もメロを撫でた。
「いいかい。これだけは忘れるんじゃないよ」
ミドは真剣な眼差しでメロに告げる。
「兵士に対して、”救いたい”とは思っちゃいけないよ。お前の唄は”励まし”だ。励ましは、誰かの背を押す応援。唄う者の明るい心をのせて、相手がまた歩けるようにする」
「だけど、救いたいは、代償を伴う願いだ。自分の身を犠牲にしても相手を助けたいと願うことだ」
「救いたいと願って歌えば、唄はお前に代償を求める。その代償はお前の体を蝕むだろう」
ミドは力強い眼差しで、メロに言い聞かせる。
「いいかい。救いたいと思わないことだよ。それだけは願っちゃいけない」
メロはこの時、ミドが治療を受けてくれる喜びに溢れていて、言葉の意味を深く考えていなかった。
わかったとは言ったが、メロはわかってはいなかった。
そして、ディーンともお別れを告げる時がきた。
夕闇が迫り、赤く燃えるような太陽を見つめながら、ある木の場所にいた。ここはディーンが落ちたことのある場所だ。
今もキョトンとしているディーンを思い出すと、腹が立つような笑ってしまうような複雑な気持ちだ。
泣きそうな顔になって、くすっと笑ったメロの口をから小さな唄が奏でられる。
いつも歌っていた恋の唄。
その旋律は明るいものなのに、声が震えて途切れてしまった。
「メロ!」
後ろから、大好きな声がした。それに一瞬だけ泣きそうになったが、ぐっと堪えた。ディーンがメロの王宮行きを聞いてきた。メロは最大限に嫌みったらしい声色を出して、悪役を演じた。
彼に自分が残らないように。
権力者にほいほい付いていくような浅はかで、卑しい女だと印象づけるように。
……待っててなんて。残酷なことを言えない。
ディーンを自分で縛るわけにはいかなかった。
でも、ディーンはどこまでもディーンだった。
「メロ……僕はさよならは言わないよ」
彼はいつだって笑うんだ。一番、好きな笑顔で。最も欲しい言葉を笑っていう。
「メロが王宮に行くなら、僕も追いかける。……絶対に、メロの近くに行く」
それに、胸がつまった。
メロの口はいつも素直じゃなかった。言葉にすると、思いをのせられない。言葉は裏腹になり、思いは隠される。
だけど、この時、メロは本当の気持ちを言った。ディーンが側にくると言ってくれるのが嬉しくて。思いが溢れた。
「待ってる……」
初めて言った本音は涙でぐしゃぐしゃで、うまく言葉にならなかった。
その日のことをメロは幾度となく考えることになる。あの日、あの時、自分は本当に誰かの為に行動できたのだろうか。
自己満足のために大好きな二人を傷つけてしまったのではないか。何度も泣きながら、本当に手にしたかったものは何か問い続けることになる。




