そして、少年は唄となる
今まで防戦一方だった戦いが攻戦になる。それは兵士たちを歓喜させた。
「今までのうさを晴らしてやるぜ!」
「そうだ! あんな奴ら叩き潰せばいいんだ!」
長年の攻防の不満を爆発させるように士気が高まる。準備には時間をかけ、その間にも小競り合いは続いたが、来るその日のために士気は下がることはなかった。
動員された兵士は国中から集められた。領地の5000人の二倍以上もの兵士が集められた。補給部隊も含めるとその数は膨らんだ。
こんなに兵士がいるなんて……
ディーンはその数に目を見張った。どうやって集めたと驚くばかりだ。その中、グランドールの側近バロックは高らかに宣言し、隊は進んだ。
なぜ、人は戦うのか。
なぜ、命をかけて、剣を持つのだろう。
なぜ、今一時のかもしれない命を燃やし、突き進むのだろう。
なぜ……
それは、守りたいものがあるだからだ。
誇り、家族、金、そして、未来。
誰もが手に入れたい未来のために、突き進んでいく。一万五千の意思は一つとなり鉄壁と呼ばれる要塞へ砲弾を放った。
「撃てぇ!」
号令と共に轟音が放たれた。黒い塊は煉瓦の壁を打ち崩す。
――うおぉぉぉぉ!!
叫ぶ声と共に人は駆け、大地は揺れた。土埃が舞い、剣が鈍い音を立てながら激しく打ち合う。彼らの頭上を砲弾は飛び交った。
ディーンは黒いフードを被り、戦乱の中を走った。
子供しか通れないような狭い抜け穴を通り、中に潜り込み、混乱している人々に紛れて、外壁まで辿り着く。
敵の倒しながら外壁を上り、砲台がある場所まで駆け、跳ねた。
「なぁっ!?」
膝を突き出し、そのまま敵の顔面を叩く。他の敵が怯んだところで、ダガーを構え、一気に二人倒していく。
「おのれっ!」
剛剣を避け、姿勢を低くして、敵の足を払う。体が浮いたところで、外壁から突き落とした。
「ああああああああっ!」
剣を振り上げる敵の脛を蹴り倒し、胸にダガーを突き立てた。
「撃てぇ!」
矢が一斉にディーンに放たれ、倒れた男の体を盾として、矢がおさまると一気に距離をつめた。
「し、死神だっ!」
誰かが叫ぶと、敵は戦意を失っていく。司令官と思われる男が怯むな!と叫ぶが、その顔面に向けて、ダガーを投げつけた。どさりと倒れた司令官を見て、青ざめ逃げるもの、立ち向かうもの別れ、城壁の砲台は、機能を失っていく。
「今だ! 撃ち込め!」
ディーン陣営が勝機と見て、壁に向かい砲弾を放つ。爆音を聞きながらも、ディーンは戦い、逃げ惑っていた壁職人たちを捕らえた。
「こ、殺さないでくれ……」
ディーンは何も言わず昏い瞳で彼の腕を折った。
苦痛に喘ぐ男を一瞥した時、ディーンの近くで砲弾が直撃した。
「っ……」
爆風に体を吹き飛ばされ、ディーンの体は外壁の外へと投げ出された。落下する体を反転させるが、うまくできずにテントを張った露天に叩きつけられる。布地のテントは破け、ディーンはそのまま地面に叩きつけられた。
「がはっ……」
口から血を吐き出し、体を起こす。顔を上げると、小さな子供を抱きかかえて震える女がいた。ディーンは小さく笑い、声を出す。
「逃げて、早く……」
そう言うと、軋む体でまた駆け出した。
――――…………
戦闘は丸五日に及んだ。想定よりも早く終わったのはディーンが砲台の一部を無効化したのと、壁職人に怪我を負わせたものが大きかった。
城壁の一部に穴が開き、そのから兵士が流れ込み、自主領地は制圧された。
敵、味方合わせて二万以上の死者を出す戦いだった。
戦いが終わり、歓喜の声を上げる中、ディーンの姿を見た者はいなかった。
彼の体は要塞から離れた場所に倒れていた。彼の周りには無数の亡骸があり、その中で同じように動きを止めていた。
口からはかろうじて息が出ているが、肩からは血が流れ、彼から命を奪っていく。
戦いが終わった後も一部の者に追われ、ディーンは一人、戦いを強いられていた。彼らは復讐に燃えていた。降伏をしようが関係ない。目の前の死神を倒す。それだけの為に彼らは剣を振るってきた。
ディーンの体は限界に来ていた。いくらディーンが無敗を誇ろうとも、五日間、駆け抜ければ、力は尽きる。それに砲弾を近くで聞いたせいで、右耳の鼓膜が破けたらしい。音がうまく拾えない。
そのせいもあって、ディーンは苦戦を強いられ、全ての敵を倒した後、ばたりと倒れこんだ。
――体が……動かない……死ぬのか。
霞む思考で、死と向き合う。
メロ……メロ……
何度も彼女の名を呼んだ。
行かなければと強く思うのに、体が動かない。まぶたがゆっくりと落ちてしまう。
寝ては……だめだ。
寝たら、二度と目を開けられない。
メロ……
彼女の名を心で呟き、ディーンは目を閉じた。
目に光を感じて、ディーンは再び瞳を開ける。視界はぼやけたり、鮮明になりながら、徐々に元に戻っていった。
光につられて顔を上げると、曇天から天使の梯子が見えた。
なんで……メロっ
メロが歌っている。体を考えてと言ったのに。
恐怖で心が凍りつく。次、唄ったらメロはどうなる? 足が動きをとめたのなら、次は手かもしれない。いや、次は彼女の心臓を……
「やめっ……」
叫びたいのに声が喉にひっかかってうまく声が出せなかった。唄を止めようと光に手を伸ばしたところで、光は細くなり消えてしまう。
「っ……」
唄の欠片を集めるように手を伸ばしたのに、何も残らなかった。その拳を強く握りしめて、地面に叩きつけた。
どうして……なぜっ
なぜ!!
悔しさで顔を歪ませるディーンを追い詰めるように雨が降る。それは次第に強まり、彼の体を冷たくした。
声が聞こえる。
目を吊り上げて、頬を膨らませて。
腰に両手をあてて、彼女が怒っている。
――ディーンのバカ!! 帰ってらっしゃい!
膨れっ面はディーンの好きな顔だった。
それに目を細めながら、はっとした。
彼女がゆっくりと消えていったから……
意識を取り戻したディーンは消えた彼女の姿を探した。顔を上げるも、そこには誰もいない。雨に打たれながら、ディーンは呆然と辺りを見つめる。
そうだ。帰らないと。
メロが……待っている。
ディーンの瞳に光が戻る。強く腕を動かした。足に力は入らない。折れているようだ。左腕も上がらない。それでも、右腕が動く。片手だって、前に進める。
這いつくばるように進みながら、ディーンは懸命に前に進んだ。
泥水に落ち、ぬかるむ土に体を取られながらも、それでも前に進む。
ただ、メロに会うために。
メロと約束したから。
――絶対に、戻ってやる。
瞳に強い意思を宿し、ディーンは思い通りにならない体を動かし続けた。
――ばしゃり。
しばらくして、水溜まりを踏みながら走ってくる人影が見えた。
「ディ―――ン!! どこだー! 返事しろっ!!」
懐かしい声だ。なぜここに?と、疑問が出るが、それよりも嬉しさが込み上げる。ははっと、口元が笑ってしまう。そして、か細い声で彼を呼んだ。
「ガロン……」
その声が届いたのか分からないが、彼は真っ直ぐこっちにきた。
「ディーン!?」
すぐに見つけてくれ、駆け寄る。
「しっかりしろ! ほら!」
ガロンは逞しい体で小柄なディーンの体をひょいっと持ち上げる。彼に揺さぶられながら、ディーンは疑問を口にした。
「なんで……」
退役したのに、どうして彼が……
「補給部隊として参加したんだよ。……っていうか、黙っていろ! だけど、寝るな!!」
難しいことを言うもんだ。ディーンは安堵の表情を浮かべながら笑った。
「ごめっ……もう、指一本、動かせないや……」
そう言って、ディーンは目を閉じる。
「おい! バカ! 寝るな!!」
ガロンの声を聞きながらも、ディーンは暗闇に落ちていっていった。
◇◇◇
ディーンが再び瞳を開いた時、最初に見たのはメロの泣き顔だった。目も、鼻も、頬も真っ赤にさせて、目は吊り上げっている。怒っているようだ。でも、あぁ、そうか。生きていたんだ。
生きているんだ。
メロが。
ディーンの心に唄が響き出す。
あぁ、そうか……
たぶん、これは歓喜の唄だ。
「よかった……メロ……」
動かしづらい口ではそれ以上の言葉を紡げない。鼻の奥はツンとするし、視界が潤んで歪む。しっかりと見ていたいのに、涙が邪魔だ。
歪むメロは、なぜか口をパクパクと動かしている。口は動いているのに音は出ない。
「メロ……?」
ポロリと涙が落ち、視界が元の景色を写す。彼女は白い紙を持っていた。
“心配したのよ! バカバカバカバカ!”
強い筆圧で書きなぐられた文字を見て動揺した。なぜ、声を出さないのか。その文字が語っているような気がした。
「メロ……まさか……声が……」
動揺して出た声は酷く音痴だった。音程が狂って、正しい言葉にならない。
メロは吊り上げた目を下げて、口元に笑みを浮かべた。そして、文字を書き綴る。
そして、太陽のように笑った。
“よかった! ディーンが生きていて!”
彼女の文字は唄みたいだった。ディーンを労って、励ます言葉だ。
それに涙がまた零れた。
「うん……生きて……メロに会えてよかった」
嗚咽になってしまい、言葉を紡げなかった。メロはそんな彼を優しく見つめ、そっと指先を掴んだ。
メロの口が一文字、一文字区切るように動く。
その言葉は “あ り が と う”
約束を守りきったディーンへの感謝の言葉だった。
◇◇◇
メロはディーンが行方不明になっている時に唄を歌った。その後、彼女の声は消えて、本当に歌えなくなってしまった。
それを聞いたディーンは、眉根を潜めてごめんと呟くように言った。しかし、メロは目を吊り上げてプンと怒る。
“謝らないでよ。私は、後悔なんてちっともしてないんだからね!”
その顔と言葉にディーンは何よりも励まされた。
その後、ディーンの回復を待って、二人は村に帰れることとなった。
最後にグランドールと謁見する機会があったが、過分な報奨を与えるという話をされ面食らった。
彼は高圧的な態度をやめて、物思いにふけるように呟いた。
「お前のおかげで、逆位置になった」
その言葉の意味は結局、分からなかった。
結局、グランドールとメロの間にはディーンが危惧していたようなことは何もなかったらしい。
“あいつのものになったなんて冗談じゃないわ! 変なことをしたら、枕を投げて追い払ってやったのよ!”
変なことが気になったが、あまり聞くとメロの怒りが大爆発しそうなので、それ以上、聞かなかった。メロがそう言うなら、そうなんだろう。
村に帰る前に、ガロンにも会った。彼は涙ぐみながらも笑顔で言った。
「よかったな。本当によかった。結婚式には呼んでくれ、妹と一緒に行くからよ」
そう言われて大いに慌てた。ちらりとメロを見ると、頬を真っ赤にして目を吊り上げている。
“なによ! 私が相手じゃ不満なの?”
首をぎこちなく振ると、またメロは文字を乱暴に書く。
“私は、ずっと、ずっと、ず――っと前から、ディーンのお嫁さんになるって決めていたんだから!”
初めて聞かされた本音は膨れっ面で、目はやっぱり吊り上がっていた。
大好きな顔を見て、ディーンはポロっと涙を流す。
「僕も……メロをお嫁さんにしたかった……」
愛の告白を言う場面にしては、涙で顔はぐしゃぐしゃで、格好悪い。でも、メロは幸せそうに太陽のように笑った。
村に帰ったら、笑顔で皆が迎え入れてくれた。
メロは声も出ないし、足も動かない。
ディーンは右耳が回復せずに音は聞こえなくなってしまった。生死をさ迷った体はもう前のように身軽に跳ねられない。
それでも……
二人には後悔なんてなかった。
二人は側にいる幸せを噛み締めてこれからも寄り添っていく。
手をとりながら、ずっと。
「ねぇ、メロ。僕は、メロの唄になりたいんだ」
ディーンは穏やかに微笑みながら、愛しい人に想いを告げる。メロが唄っていたように、背筋を伸ばして、両手を広げて。
「音程は狂っているかもしれないけど、勘弁してね。思いの込めかたは覚えているから」
旋律は出せないが、ディーンは知っている。どんな言葉を口にすればメロが喜ぶのか。どんな言葉を自分は口にしたいのか。
「だから、ずっと側に居て、僕の言葉を聞いてね」
唯一の君へ。
愛の言葉を奏でよう。
ディーンは広げた両手でメロを包み込む。
「メロ、大好きだよ」
その言葉に、メロは太陽のように笑って、”私もよ”と伝えるように口を開いた。
ディーン編end
短編とは違い、暗い話をここまで読んでくださってありがとうございます。
丁寧な誤字報告をいつも、いつもありがとうございます。解説付きで勉強になります。ありがとうございます。




