そして、少年は死神となった
流血・死の描写があります。
ディーンは王宮がある町へ来て目を丸くした。村とは全く違う雰囲気の町並みだ。村では木造の家が多いが、町は煉瓦作りの家が多い……というかそれしかない。似たような色合いが並んだ高い建物を見つめながら、迷いそうだと思った。
メロは第三王子に連れていかれた。彼女の口ぶりから第三王子は、彼女を王宮内から出さないような気がしていた。
メロの唄を独占するために。
「…………」
心にまたあの不協和音。
嫌だな。心が乱れる。
ため息をついて、王宮での仕事がないか探した。
だが、特技が木登りで、丈夫だという以外、取り柄がないディーンに就ける王宮での仕事などなかった。
王宮内に入れるのは第三王子の許可書を持つ僅かな人数だ。それも家柄、保証人など身分がしっかりしている者しか入れない。田舎から出てきたばかりのディーンにそんな伝手はなかった。
日雇いの仕事をしながら、ディーンはどうやって王宮の仕事にありつけるか考えた。
そんな時だ。
兵士が休む場所に唄う聖女が現れたと聞いたのは。それを聞いて彼はピンときた。メロだ。メロに違いない。
――そうか。兵士になれば!
そう思って、ディーンは兵士募集を行っているであろう駐屯地へ急いだ。
駐屯地を核としてこの町は形成されている。訓練兵を含めて約6000人が駐屯している。この場所は外周が直線六キロもある国内最大の軍事基地だ。駐屯地に付随するように商人や職人の集落があった。
広大な敷地の一角に、商人の出入りができる建物があり、ディーンはそこで兵士の募集がないか尋ねた。
「お前が兵士? そのちっこい体で?」
幸いにも兵士志願者は募っており、後ろ盾は特に問われないらしい。訓練兵として住居と食事は保証され、賃金はでないが、暮らしていく分には充分だ。
だが、志願者の窓口にいた髭の男は、ディーンを見るなり首を傾げた。
「はい。募集しているならぜひ」
「募集しているが……お前の体で剣が振れるのか?」
男はディーンの横に立ち、彼の体を肩や腕を触りだした。
「そんな細い腕で剣が振れるとは思えねぇな。帰れ帰れ」
しっしっと、追い払うように手を動かされ、ディーンは追いすがった。
「待ってください! 僕は兵士になりたいんです!」
男の服を掴み懇願する。男は「やめとけやめとけ」相手にしないが、ディーンはここで諦めるわけにはいかなかった。
「いい加減にっ!」
すがりつく彼に苛立ち、男が腕を振り上げる。殴られると思った瞬間、ディーンは手を離し身を屈める。
「なぁ!? とっ、とっ……」
男の拳は空を切り、バランスを崩して、片足で一歩、二歩とジャンプする。倒れなったが男のプライドが傷ついたのか睨みつけられる。ディーンは曖昧に笑った。
「ちっ……意外とすばしっこいやつめ。わかった、わかった」
その言葉にディーンは折り目正しく礼をした。
この日からディーンは訓練兵士となる。
訓練兵としての一年間は厳しいものだった。特に小柄で筋力のないディーンが苦労したのは剣の扱いだった。この国の主流は肉厚で幅広の両刃の刀剣だった。
度々攻め込む敵が屈強で大柄の兵士が多く、細身の剣では効率が悪かった。兵士も体に恵まれた者が多く、ちっぽけなディーンは赤子のようだった。
振るえない剣に苦戦する中、同じ訓練兵たちからは場違いだと度々、嫌みを言われた。
それでも、基礎体力をつける崖登りや、重い物資を運ぶ兵站移動。体術、兵法の講義、馬術の訓練で、ディーンはその身のこなしと努力のかいあって、トップクラスだった。
だから余計、面白くないと思う者がいた。影で呼び出されては、五人に囲まれたこともあった。
気に入らないとか、なんとか……ディーンは彼らの話を聞いてはなかったので、言葉は覚えていない。一方的に掃き溜めのように殴られても何も感じなかった。
下らないとも思わなかった。
憤りもない。
ただディーンの心を占めるのは、どうやったら剣が振るえるようになるか、それだけだった。
剣が使えなければ、兵士になれない。
メロに、会えない。
奥歯を噛みしめ、ディーンは来る日も来る日も身に余る剣を振り続けた。
そんな日の中、訓練兵を監督していた上官に呼び出され、ある武器を手渡された。
「これは……」
刃渡り30センチの小型の剣が、机に二本置かれていた。
「ダガーだ。剣とは違い、一降りで致命傷を負わせるのは難しいが、急所は突きやすい」
持ってみろと促され、手に取ると剣よりは軽かった。初めて持つのに手に馴染む。
「ディーン、お前は剣を使うな。兵士になりたければ、それを使え」
上官は鋭い眼差しで彼に言う。
「身体能力の高さはお前が一番だ。的確に急所を狙い、敵を動かなくさせればお前の兵士としての道は開ける。俺が使い方を教えてやる」
ディーンはダガーを握りしめ、「お願いします」と頭を下げた。
そして、訓練の後の一対一の訓練が始まった。
バカにされ続けた訓練兵時代だったが、同じ部屋で寝るガロンだけはディーンに親しくした。
「ディーンは真面目だな」
夜遅くまでベッドの中で兵法を読む彼に二段ベッドの上にいるガロンは呆れながら声をかけてきた。
「僕はこれくらいしかできないから」
「また、それか」
ディーンが曖昧に笑うと、ガロンは肩を竦める。ただひたすら、兵士を目指す姿勢は他の兵士に比べて異様だった。中には敵を倒したいという志の者もいたが、兵士としての報奨目当ての者も多かった。ガロンもその一人だ。でも、ディーンにはただ単に敵を倒したいという以外に目的があるような気がした。
「なぁ、ディーン」
「ん? なに?」
「お前ってさ、なんで兵士になりたいんだ?」
問いかけに、彼は口元に微笑を作る。
「約束したから」
「約束?」
「会いたい人がいるんだ。その人に会うために僕は兵士になる」
ディーンの脳裏に”待ってる”と呟いたメロの声が蘇る。それを思い出す度に心は軋む。あの無力感を忘れはしない。
「会いたい人ね……まさか敵じゃないだろうな」
「ははっ。違うよ。今は手の届かない場所にいるんだ」
ディーンの声を聞きながら、ガロンはへぇと淡泊な声をだした。
「俺は兵士になって、たんまりと金を貰う」
ガロンは、フンと鼻で息を出しながら恥じることなく言う。
「たんまり貰って妹にいい家といい食事を与えてやるんだ」
ガロンは、にししっと歯を見せて笑った。それにディーンも目を細めて笑う。
違う目的だったが、二人とも自分以外の為に、戦場に身を置く決意をしていた。
ディーンはダガーを操り、その身のしなやかさと正確さから、急所を突くことに長けていった。
ガロンはその恵まれた体を生かした豪快な一撃を持ち味とし、相手を薙ぎ倒した。
彼らは兵士となり、周囲から、一目置かれる存在となっていった。
だが、まだその当時は誰もディーンのことを”小さな死神”と呼んではいなかった。
彼を死神としたのは、無情な戦さだった。
その日、曇天からは酷い雨が降っていた。矢を同時に何本も射る武器を持ち込まれ、撹乱され、他の隊と離れてしまった。どうにか武器は破壊できたが、同じ隊の者が幾人も息絶えた。
雨で視界が悪い中、森に身を潜めたが、救援を求めなければ全員が死ぬ。
そんな状況で追い詰めるように敵が迫っていた。
怪我をした仲間を抱え、まともに動けるのはディーンと一人の兵士だけだった。ガロンも負傷して、剣を振れる状態ではない。
「ちっ……うじゃうじゃと、群れてきやがって……くっ」
「ガロン、傷が開いてしまう」
「うるさい……おい、ディーン。俺たちを捨てろ」
ガロンの言葉にディーンの目が見開く。ガロンはディーンの胸ぐらを掴んで、よく聞けと声を出す。
「いいか。このままじゃ、全滅だ。お前とそこのやつで逃げろ」
「だけど、それじゃ……」
「バカか。今のままじゃ、無駄死にだ。お前は会いたい人がいるんだろ! 綺麗事言ってないで、逃げろ!」
仲間を捨てる?
もう何人も置き去りにしたのに?
脳裏に、泥にまみれた体躯を思い出す。
尊厳を奪われた彼らはやがて、森の養分となるだろう。誰にも葬られず、誰にも存在を知られることもなく。
……待っている人がいるかもしれないのに。
その人の手に白い骨の一つも渡せない。
残酷だけを押し付けて、喚く声さえ遠のける。
まだ息があるのに。
目の前にいるのに。
彼らにそんな未来を強いるのか。
「………………」
ディーンの心が旋律を掻き鳴らす。
血を滾らせ、命を燃やし、戦えと、旋律は訴える。
激しいメロディーを感じながら、ディーンは口を開いた。
「僕は、死なないよ。約束したから」
ディーンはうっすらと笑みを作った。それにガロンの目が見開く。彼がディーンの名を呼ぶが、それと同時にディーンは駆け出していた。
「居たぞ!」
敵が一斉にやってきた。まとめてきてくれた方がいい。ディーンは身を低くし、敵の懐へと入り込む。
振り上げられた剣をよけ、相手の脇腹を切り裂く。倒れた敵を踏み台に高く跳ね、右方向から覆い被さるように来た敵の上をいく。
すかさず小型のダガーを投げ、自分を見上げる敵のこめかみを突く。
体を反転させながら、着地し、低い体勢のまま敵の足元を駆け、相手の脛を切る。
ディーンの頭にあるのはどう動けば敵が倒れるのか、それしかない。
恐怖などはなかった。
ただ、機械的に体を動かし続けた。
今の自分の行為を正義などと、青臭いことを言うつもりはない。これは略奪だ。
命を消した仲間にそれぞれの人生や可能性があったように、今、倒れる敵も同じように未来や願いがあったはずだ。
それを自分は奪って、自分の願いを叶えようとしている。
「ひっ……死神だ!」
敵の一人がそう叫び、逃げていく。追わずに敵が去った隙に仲間の所へ戻る。
「バカか! お前は!」
ぶつぶつ文句を言うガロンに、苦笑いをする。呼吸がうまくできない。どうやら敵を倒している時に肋骨をやられたらしい。
「僕はこれしかできないから」
そう言って、仲間と共に戦線を離脱した。
ディーンはその後、六日間寝込んだ。
熱に浮かされながら、思うのはメロのことだった。
メロに会いたい。
メロの唄が聞きたい。
でも、あの頃に比べて自分は変わってしまった。無邪気にメロの側にいた自分ではない。自分は略奪者だ。もう、無邪気に笑えない。
それでも、会いたい。
会いたい。
会いたいっ
「メロ……」
ディーンの瞳から涙が流れ落ちる。
闇に落ちた彼の耳に、懐かしい音が聞こえたような気がした。




