第一話「とりあえず、インターネットでカネ稼ごう!」
そう言うと、カッペーは両の手のひらを胸の前で打った。
パンッ、と乾いた音が周囲に響く。
拍手である。
「ずいぶんと簡単に言うんだな」
そう言うと、テルは右の眉をひそめ、口の右端を上げた。
その表情には疑心と興味が浮かんでいる。
「はっはっは」
カッペーは表情を崩し、笑ってみせた。
その目と表情には笑みが浮かんでいる。
何を考えているのかなど想像はできない顔だ。
「むしろ困難と捉えておいた方がいいだろうな」
「そりゃそうだろう」
「なぜ、そう思う?」
「なぜって・・・簡単なら誰でもやってるだろ」
「一理あるね」
右の親指と人差し指で顎を摘み、擦り、カッペーが答えた。
「だが、やるんだ。やって見せてみるんだ」
「カッペーがやるのか?」
「オレとオマエだよ、やるのは」
「オレもか」
「そうだ」
今度は左の眉をひそめる。
口は閉じたまま横一文字。
テルの表情に浮かんでいるのは困惑の色のみであった。
「しかし、オレは何をどうすればいいのかわからないんだが・・・カッペーは」
「いいか、よく聞け」
戸惑うテルの言葉をカッペーが遮る。
ハッキリとした、よく通る声だった。
「オレと会話するときに『わからない』と二度と言うな」
「なんでだよ」
「『わからない』と言うのは考えるのを止めた奴だ、仮に考えに考え続けた挙句に、そうだったとしても『わからない』とは言うな、何か言葉にしたいのであれば『知らない』と言え」
「うーむ、わかったよ」
「よし」
「ところで、宇宙の外側ってどうなってるんだろうな」
「わからない」
「おい」
「はっはっは」
テルは、カッペーがこういう類の冗談を言うこと知っていた。
ここ数日で、似たようなやり取りを何度かしている。
そのため、敢えて答えがないような質問をしてみせた。
『わからない』と言うなと命令した直後に『わからない』と回答する。
テルが憶測した通りの問答であった。
知り合って間もない二人だったが、すでに信頼関係が出来つつあるらしい。
「まぁ」と前置きを入れてから、カッペーは話を戻した。
「オレも詳しくは知らん。だから、やって見せてみるんだよ」
「詳しくは、ってことは、少なからず情報はあるのか」
「何もないのに提案するような男だと思われてるのか?」
「いや、それはない」
「だろ?」
入学式の日、クラス全員の自己紹介の後、初めて会話をした。
カッペーからテルに話し掛けたのが最初だ。
その時も今と同じように砕けた表情をしていた。
ニヤけている。
そう言われても仕方のない顔だった。
人を馬鹿にするような、世間を舐めているような。
そんな顔だ。
人によっては、憎たらしいと感じる顔かもしれない。
しかし、テルはその顔を不愉快に思ったことはない。
むしろ、その笑顔に不思議な魅力を感じていた。
心が幼いまま、子供のまま成長すると、こんな表情になるのかもしれない。
テルはカッペーに対し、興味を抱いていた。
同時に、会話を重ね、その思慮や思考を知るたびに、別のことを感じてもいた。
得体の知れない男。
それがカッペーに対するテルの評価であった。
謎めいている。
ミステリアス。
言い方は何でもいい。
とにかく、よくわからない。
だが、興味深い。
テルには、その得体の知れない男との会話が楽しかった。
「で、じゃあ、教えてくれよ」
「何をだい?」
「何をって・・・ネットを使ってカネを稼ぐ方法だよ」
「あぁ、それな」
「うん」
「簡単に言っちゃうと【アカウント】作って【サイト】作って【広告】を貼って、後は【アクセス】を【サイト】にバンバン流し込めばいいんだよ。バズるってやつ?とは違うか」
「いや、簡単って言うか、全然わから・・・もう少し詳しく教えてくれよ」
「要は【有名人】になっちゃえばいいんだ。【知名度】があれば勝手に価値が付いてくる。いわゆる【好感度】も気にすべきだろうけど、炎上マーケティングなんて馬鹿げた手法がまかり通ってるみたいだしなぁ。極論、犯罪者になってでも有名になることができれば良い気もするんだけど、さすがに逮捕されるのはちょっとイヤだな」
「いやいや・・、何から確認すればいいのかわか・・・もうちょっと丁寧に教えてくれ」
「オレはね、別に逮捕されてもいいと思ってるよ。最悪ね。いや、最悪でもないかな。2~3年で出てこれるなら、刑務所生活を経験するのも悪くないと思うんだ。どうせ入るなら若くて元気なうちの方が都合が良さそうだしさ。年取ってからの獄中はキツいだろ。寒そうだし。知らんけど。それに肉体労働とか耐えられるかなって不安になるもん。まぁせっかくの青春時代を塀の中で過ごすってのも寂しい気もするけど、よく考えたらオレたちは刑務所じゃなくて少年院に入ることになるのかな?」
「とりあえず逮捕されるのを前提で話すのはよせ」
「そうか?殺されたり殺したりしなければ、そんなに悪いもんじゃないと思うんだが」
「悪いだろ、犯罪したら」
「でも人が幸福になったり笑顔になるような犯罪なら良くない?」
「それは犯罪なのか?」
「知らん。はっはっは」
「ふふふ」
テルはつられて笑った。
唐突に、理解する速度が追いつかない情報量で突拍子もないことを喋りだす。
これもカッペーの特徴だと知っていたし、すでに何度か経験済みであった。
さて、何から突っ込むべきか。
思案したテルは、まだ喋り足りなそうなカッペーに訊ねた。
「ひとまず、犯罪をして笑うのは犯罪者ぐらいだから、法律に触れない方法で頼む」
「当たり前だろ、誰が好き好んで犯罪者になるかよ」
さすがにテルもイラっとしたが、堪えた。
その様子に気付いたのか気付いていないのか、カッペーは続けた。
「安心しろ、オレたちが実行するのは、完全に合法だよ」
「その言い方だと逆に不安になるな」
「非合法じゃないんだから犯罪にはならんよ、それとも脱法って言い方が好きか?」
「それは何か合法よりダメっぽい気がする、法の抜け道を行こうとする感じがして」
「そんなややこしいことはしないよ」
「ならいいんだが・・・なんだかオレには難しそうな気がするよ」
「簡単なことなんて、世の中にそうあるもんじゃないんだ」
「そういうものか?」
「あぁ、要は慣れてるかどうか、知ってるかどうか、経験済みかどうかって話さ」
そう言うと、カッペーは学ランの内ポケットからスマートフォンを取り出した。
液晶画面に触れ、何やらアプリを操作する。
それを見たテルは何か言いたげな表情をしたが、黙っていた。
「テル君は、オレがこういうことをしてるって知ってるもんね」
「あぁ、オレたちの会話を録音してたんだろ?」
「そうそう、だから理解するのは簡単、って寸法さね。説明が省けて助かる」
カッペーはスマホを耳に近づけた。
録音した音声ファイルを確認しているらしい。
「で、それを何に使うかまでは聞いてないんだが?」
「あぁ、そうだったっけ」
特に表情も変えずカッペーは答えた。
「早い話、この音声を文章にして、小説投稿サイトに匿名で投稿する。で、その小説を読んで興味を持ってくれた読者が、オレたちが匿名で作るブログにアクセスするようにする、って感じだね。非常にシンプル。シンプル・イズ・ベストだ」
テルに我慢の限界が訪れた。
「まったくわからん」
「『わからない』って言うなって言ったろ」
「大体オマエ『簡単に』だの『要は』だの『早い話』だの『シンプル』って言うけど、オレには何のことかちっともわからんぞ」
「また言った」
「わからんもんはわからん、ちゃんとわかるように説明してくれよ」
「はっはっは、そのためのコレよ」
手にしたスマホをテルの顔に近づけ、人を馬鹿にした笑みを浮かべてカッペーは言った。
「まぁ、わからんもんはわからんよな、ふっふっふ」
「知らない単語のオンパレードで、話のほとんど、理解できなかったぞ」
「これから一個ずつ、わかるように説明するから許せ」
「そうしてもらえると助かるよ」
「逆に、簡単に理解されたら面白くないからね」
液晶を触って何か操作した後、カッペーはスマホを内ポケットに入れた。
「だってさ、オレが言った話って、知ってるやつからしたら何も面白くない話なんだよ」
「そうなのか?オレには何がなんだか」
「『わからない』って言うなよ」
「言わないって。だから、オレでもわかるように一つずつ教えてくれよ」
「そうだったな」
「うん」
「うーむ・・・」
「要は【ユーチューバー】になればいい、って言えばわかるよな?」
「わからん」
二人の物語は、まだ始まったばかりだ。
とりあえず、始めてみました。ご覧頂きありがとうございます。98(キューハチ)と申します。
サイト名やサービス名は実名で書こうと思っていましたが、念のため微妙に変えて書きます。最低限、知ってる人に伝わればいいやって感じです。ニューチューバーで有名なのはキカヒン、とか。あと、当たり前ですが法律的に問題のある内容は含みません。どちらかと言うと内容的に「小説家になろう」の利用規約(第14条12項の(ア)とか)に引っ掛かるかどうかが気になりますが、気にしないでおきますので、気にしないで下さい。
楽しく続けたいと思っています。よろしければ、今後ともよろしくお願いいたします。
※2019/4/2 追記
↑で「微妙に変える」と言ってますが、やっぱり正式名称で書きます。ユーチューバーで有名なのはヒカキンです。