進歩の鎧
「こんばんは、ナマコさん」
海底で食事をしていたナマコに、鎧の音を立てながら近づいて来たものがいた。
こんなに鎧の音をさせる生き物は少ししかいない。
「おや、伊勢海老さんですか、こんばんは。相変わらず立派な鎧ですねえ」
そう言われた伊勢海老は嬉しそうに、
「そうなんです。僕もついに大人になって、この立派な鎧を手に入れたんですよ」
と言って、
「ところでナマコさん、一体何を食べてるのですか?」
と尋ねてきた。
「ああ、砂を食べているんですよ。正確に言えば砂についた微生物を食べているんですけどね」
「なるほど。いや、私たち伊勢海老はこんなものは食べないので少し気になってしまってね」
「確かにそうですね。伊勢海老さんは普段何を食べているのですか?」
「僕たちは主に貝とかウニとかを食べていますよ」
「それでは競争相手も多いのではないですか?」
「ええ、ですから僕たちの祖先は子孫のためを思って、競争に勝てるようにどんどん進化してきたんです。この鎧は、言わば進歩の鎧なのですよ」
「なるほど、それでそんなに立派な鎧を手に入れたんですね」
そう、感心したようにナマコが言うと、
「ええ、こんな鎧をした僕の敵になるものはほとんどいませんからね。それに、危険な子供時代を生き延びて、大人になれた僕にはきっと特別な才能があるに違いありません。ですから、僕もこの優れた遺伝子を残していかなければならないのです」
そのときだった。
音もなく泳いできたタコが、その八本の腕で伊勢海老を捕まえたのだ。
伊勢海老は必死に逃れようとするものの、吸盤によってガッチリとつかまれてしまい離れることができない。
「ああ、なんということだ。こんなやつに……」
毒がまわったからかそれ以上の言葉は聞き取れず、代わりにタコが鎧を剥がして食べる音があたりに響いた。
伊勢海老を食べ終えたタコはまた静かに泳ぎ去っていき、ナマコもまた食事を再開した。