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空の向こう側  作者: クチン
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はじまり

僕は家で待つことに決めたのだが、なんだか落ち着かない。

いつ、真奈が帰ってくるかわからない。加えて、なんて声をかければ良いかもわからない。

けれども、何を言えば良いか考えてもよい考えが思いつかない。

そんなことを思いつつ、僕は家の中をぐるぐると歩き回った。

散々歩き回ったが、特に良い考えが浮かんだわけでもなく、ただただ疲れるだけと悟った僕は部屋にこもった。

「真奈が早く帰ってくればいいのにな。この待ってる時間がつらいんだから」

 僕がポツリと独り言を言っていると、源太郎と真奈の声がして思わず窓の外を眺めた。

 二人はゆっくりと家の玄関まで近づいてくる。

 二人が家に近づくにつれ、僕の心はバクバクと音を奏でる。

 僕の耳には自分の心臓の音しか聞こえない。

 心臓のバクバクという振動に体全体が支配され、体中振動しているようにも感じる。

 僕の状態などお構いなしにその時は刻々と近づいてくる。

 一歩、一歩、そして、ついに二人は家の玄関に到達した。

「ただいまー、もういるかな?」

 真奈が小さな声で言ったが、小さすぎたため正樹の耳には届かなかった。

 ついでに、僕の体はまだ心臓の音に支配されていた。

 僕が真奈の存在に気付いたのはそれからしばらく経った時だった。

「正樹、入ってもいい?」

 真奈は小さな声で、控えめに部屋のドアを開けた。

「うん。入っていいよ」

 正樹も心臓の音から解放されて短く端的に答えた。

 しかし、今の僕には短い言葉を紡ぐのも大変だ。

 しばらくの間、二人の空間は森閑としていた。

 以外なことに、一番最初に口を開いたのは正樹だった。

「さっきはひどいこと言ってごめんなさい」

 やはり、短い言葉だったが、今の僕にとって精一杯の考えた結果の言葉だった。

「大丈夫だよ。私もなんかカッとなっちゃって家を飛び出してごめんね」

 真奈も謝り、二人の間は先ほどと打って変わって部屋の空気は暖かさに包まれた。

 これだけで終わればよかったのに、僕は余計な言葉を言ってしまった。

 苦手な会話を僕は無理やり続けようとした結果、新たな波紋を呼ぶことになってしまった。

「本当にそうだよね。真奈が家から飛び出さなければ僕も謝りやすかったんだもん」

 この言葉にはさすがの真奈もイラついてしまった。

「そんなこと言わなくてもいいでしょ? なんでわざわざ人がイラつくようなこと言うの? さっきので終わらせればハッピーエンドだったのに。流石の私でもこれは怒るよ。本当に自分が悪いと思ってるんならもっと誠意を見せてよ。それが出来ないなら仲直りは絶対無理だよ」

 真奈は飛び切り大きな声で怒鳴りつけた。

 その瞬間部屋の空気は一変して、凍りついたように誰も動かなくなった。

 否、僕だけが動けなかったのだ。

 事実、真奈はさっきの言葉を吐くと部屋から早足で去って行った。

 気付いた時には真奈は部屋に居ず、僕一人だけが取り残されていた。

「僕、そんなにひどいこと言ってないけどな。なんであんなに怒るのか全く分からないな」

 僕のつぶやきは悲しみが含まれていた。

 居間では、源太郎が真奈をなだめているのだった。

 真奈は正樹に大声を張り上げ、部屋から出て涙を流しながら居間に戻ったのだ。

 真奈を見た源太郎は心底驚き、真奈に事情を聞いた。

 すべてを聞き終えた源太郎は何も言わず、真奈の頭を撫でた。

「ちょっと、や、やめてよ。恥ずかしいよ。涙流してること誰にも言っちゃだめだよ。絶対だよ。てか、そんなに撫でないで」

 真奈は言葉では拒否しているが、体は正直で、ほっぺをほのかに赤らめながら目を伏せて無言で撫でてもらった。

「まさか、正樹がね。ここまで不器用だとは思っていなかったよ。本格的に大変になってきたね。首を突っ込みたくないけど本当に必要になったら言ってくれて構わないから」

 源太郎は撫でるのをやめ、真奈に向かい、まじめなトーンで言った。

 その日の夜、正樹が今に来ることは無く、夜ご飯も食べなかった。

 真奈は布団に入りながら正樹について考えていた。

 自分が反省するところはあるか。

 なぜ喧嘩が始まってしまったのか。

 しかし、いつまで考えても自分が悪いとは思えなかった。

 これでは駄目だと真奈自身も理解しているのだ。

 けれども、自分が悪いことを認めたくはなかった。

 人間誰しも自分が悪いことは認めたくないのだ。

 たとえ自分が悪い点がわかっていたとしても、なにか別の理由を捜す。

 無意識のうちに何か理由付けをし、自分の都合のいいように思い込むのだ。

 今の真奈もそんな状態に陥ってしまった。

 真奈はいろいろなことを考えているうちに深い眠りへと落ちて行った。

 その時、正樹は家には居なかった。

 どういうことかというと、真奈と喧嘩してから、感情が高ぶったままでとても眠ることは出来ず、少し頭を冷やそうかと考え、外を散歩していたのだ。

 町は静まり返っていて、僕が歩く足音しか聞こえなかった。

 僕一人しかいないはずの道に、別の音が聞こえた。

 足音だ。

 遠くに人影が見える。

 その人は月の光に照らされて、僕はその人が誰なのか理解した。

「春枝さん」

 僕はつぶやいた。

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