幼馴染(真奈編)
「なんだよ。今日の正樹妙に熱が入ってるなって思ったらいきなりキレられた。いきなり怒りだすなんて」
真奈は源太郎の家から出ながら一人でつぶやいた。
家から出るとき源太郎に声をかけられた気がしたが、真奈はそのことに気付かず家を出て行ってしまった。
少し歩いた時、源太郎にひとこと声をかけておいたほうが良いかと思ったが、今さら戻ることもできずそのまま歩いた。
なぜ正樹が怒りだしたのか理解出来ない真奈は、心にモヤモヤとするものが残っていたが気にせず歩いた。
家から飛び出してきたため何も持っていなかった。
「あーあ、何か持ってくれば良かったな。そんな暇なかったんだけどね」
独り言をつぶやく真奈から哀愁が漂っていた。
真奈たちは小学生からの付き合いだ。つまり、幼馴染ということだ。
正樹は物静かで、内向的な性格だ。
真奈の性格とは正反対だ。
真奈は正樹に初めて会った時から積極的に話しかけていたが、正樹は自分から真奈に声をかけるわけでもなく、話しかけられたら話をする程度だった。
この関係が変わったのは小学校3年生の時、真奈が大切にしていた髪飾りを無くしたときにさかのぼる。
髪飾りはとても小さかったため血眼になって探していたがとうとう見つからず泣きながら家に帰ろうとした時、正樹が髪飾りを見つけて真奈に渡した。
その時の正樹の洋服は公園の泥と落ち葉でぐちゃぐちゃに汚れていた。
正樹は髪飾りを渡すと何も言わずに足早にその場を去った。
真奈が正樹に一目惚れしたのはその時だった。
次の日、真奈は学校で正樹に話しかけたが、反応はいつもと変わらず冷たかった。
しかし、真奈にはとてもかっこよく見えた。
人の役に立つことをやり、自慢するでもなくいつも通りの態度で接する。
とくに、小学生は良いことをすると自慢したがるが、正樹は他とは違った。
内向的な性格のせいでもあるが、真奈には特別に見えた。
それから、真奈の猛アタックにより正樹は今のようにしゃべるようになった。
今まで、仕様もないことで喧嘩をすることは度々あったが、今回のは今までのものと比べ物にならないくらい最悪だ。
真奈はすぐに泣き出したいほど心が傷ついていたが、正樹がなぜ怒りだしたか知るのが必要ではないかと考え推測することにした。
一番はじめに、状況を整理するため源太郎に話を聞くことにした。
しかし、家に帰ると正樹に会わなければいけなくなってしまう。
仕方なく家に帰ることにした真奈は、もしあった場合どんな言葉を話すか考えながら帰った。
「はぁ、まさか正樹とこんな関係になるなんて。……夢にも思わなかったな」
真奈はかろうじて聞き取れるほどの声で呟いた。
いつもの真奈はため息など絶対にしないが、大きなため息を漏らした。
源太郎からあまり離れていないはずなのに全然近づく気配がない。
それもそのはず、真奈の足取りはとても重く一歩一歩がとても小さい。
源太郎の家が近づくほど、気持ちはどんどん後ろ向きになっていく。
いままでに味わったことのない気持ちに真奈は戸惑っていた。
源太郎の家に着いたが、ドアを開ける勇気がなく、ドアの前でたじろいでいたら、ドアが空いた。
そこには驚いた表情の源太郎が立っていた。
「さっき走って家を飛び出したんじゃないのか? もう戻ってきたのか。正樹は相変わらずだけどいいのか?」
源太郎は優しく話しかけてきた。
源太郎の優しさに涙が溢れそうになったが、グッと堪え、答えた。
「向こうの田んぼまで行って戻ってきたの。なんで戻ってきたかというと、源太郎と話がしたくて」
源太郎は家の前で話すのは場所が悪いと思ったのか、真奈を回れ右させ田んぼの方に歩きだした。
「で、話ってなんだ?」
歩きながら話の続きを聞いた。
「そうそう、なんか正樹に『旧友』の話をした? なんか、いきなり旧友について聞いてきたんだよね」
「真奈も知ってると思うんだけど、山で会った春枝のことはわかるよな。わしは春枝とは旧友だから今は友達ではないって言ったんだ。そしたら正樹はいきなり怒りだして……。あの時はとても驚いたよ。いつも静かな正樹がこんなに感情的になるなんて」
そこまで語り、源太郎は少し嬉しそうに笑った。
真奈はなぜ源太郎が笑ったのか理解が出来ず困惑した表情を浮かべていたら源太郎が続けてきた。
「こんなに素晴らしいことはないじゃない! いつも静かな正樹が口答え……、聞こえが悪いかもしれないが、これは成長した証だとわしは思うんだ。真奈にはわからないかもしれないけどね」
真奈は納得したように頷いた。
源太郎が言っていることの意味が完璧に理解できたとは思わないが、大筋は理解できていた真奈も、成長の機会ではないかという考えが頭に浮かんだ。
しかし、正樹の心情を考えると複雑な気持ちになるのだが、今までにないことだったので正樹のためになると考え心を鬼にして正樹と向き合うことにした。
「どうやったら正樹が成長するかな? 私から話しかけないほうが良いと思うんだけど、どうかな?」
「そうだね、正樹が自分から謝ってくるのを待つのがいいとわしは思うな。自分から謝るということは自分の間違いを自分で見つけ、相手に反省の気持ちを伝えることになる。軽く謝る場合は簡単だが、まじめに謝ろうとするととても大変だからね」
源太郎の言葉すべてに同意した真奈は正樹が話しかけてくるのを待つことにした。
「せっかく二人で散歩してるんだから少し町を案内しようか。まあ、緑ばっかの田舎だけど」
源太郎なりに気遣ってくれているのであろう。真奈その気遣いをありがたく受け取ることにした。
まだ旅は始まったばかりだが、真奈は旅に出て良かったと思っている。
なぜかというと、正樹が良い方向に成長しているからだ。
東京では役に立たなかったが、成海と出会ったときから少しづつ変わっていたのだ。
普段は好んで話をする人ではなかったが、楽しそうに話している節が時々みえた。
そしていま、大きな変化が正樹に起きようとしているのだ。
真奈は正樹の大切な変化を目の当たりに出来るのがとてもうれしかった。