山登り
僕らは、天気が良い日を選んで山登りすることにした。
源太郎にはあらためて山に登ることを伝えた。
「気を付けて行ってきな。もしもまたその人に会ったら、話をしてきて」
と、言った。
源太郎は僕らが山に登ることを止めなかった。
そして、僕らはまた山の麓に来た。
鳥居をくぐったとき、前回とは違う感覚を覚えた。
今回の山登りは順調に進んだ。
「ねえねえ正樹! 今回は上まで登れそうだね」
真奈はとても嬉しそうに言った。
「そうだね、あの人には会えるかな?」
他愛もない会話をしながら山道をひたすら登ると、遠くの方に人影が見えた。
僕たちは人影の方に向かって歩いた。
しかし、いくら歩いても近づくことができない。
気づいたら山道から外れていた。
帰り道もわからなくなってしまった。
すると、人影がこちらに向かってきた。
「あなた達、また来たんですね。何しに来たのですか?」
「僕らは、頂上に登るために来ました。あと、あなたに会うために」
すると、女性は首をかしげて、説明を求めた。
「源太郎という人をあなたは知っていますよね? なぜ知っているのですか?」
すると、僕らの目的がわかり、納得したように答えた。
「そうですね。それを言ってませんでした。源太郎は私の古い友人なんです。最近は会ってないんですけれども。久しぶりに会いたいですね」
女性は昔のことを懐かしむように遠くを見つめながら言った。
「私もこれから山頂に登るから一緒に山頂まで登りませんか?」
女性がさりげなく誘ってきたので、僕たちは一緒に山登りすることにした。
女性はこの山に慣れている様子で、どんどん登っていった。
1時間ほど登ったら頂上が見えてきた。
「正樹! もう頂上につくよ! 結構大変だったけど楽しかったね」
汗がだらだらと垂れていたが、とても眩しい笑顔で言った。
「ありがとうございます! あと、今更で申し訳ないのですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
女性は慌てて名前を言った。
「すみません、名前を言ってませんでしたね。私は山咲春枝と申します。よろしくお願いします」
丁寧に答えた春枝は足早に山頂に向かって歩きだした。
山頂についた僕らは、ベンチに腰を掛け少しの間無言になり休んだ。
5分ほどたったとき、春枝が口を開いた。
「私、この山が大好きなんです。登山口には大きな鳥居が建ってるし、なんといっても山頂からの景色が目から離れません。多くの人は田舎といって小バカにしてきますが、私は田舎が大好きです。いえ、自然が好きなのかもしれません。あなた達はどうですか?」
春枝は僕たちにも感想を求めてきた。
「僕は、この間まで田舎は好きではありませんでした。私も田舎出身なんですけど。でも、東京に行ったと思ったんです。都会はうるさいなって。どこに行っても人の声がする。自然の音なんてこれっぽっちもない。だから、やっぱり田舎はいいなって思いました」
すると、真奈も言いはじめた。
「私も正樹と同じところ出身なんだけど、少し東京に行ってから都会は怖いなと思いました。実は、私たちが東京で観光しているとき、変な女性に声をかけられたんですよ。私たちは田舎者なので親切な人だなと思ってついて行ったんです。そしたら騙されていたらしく隙を見つけて私たちはその場から逃げました。もう少し気づくのが遅くなったらおそらく危ない目に合っていたと思います」
真奈はその時のことを思い出しながら少しくらい表情を浮かべていた。
それもそのはず、あの時は正樹が全く騙されていることに気付かずほいほいとついて行ったので真奈も仕方なく着いて行ったのだ。
実は、真奈は少し違和感を覚えていたのだ。
その時、真奈はその違和感を伝えていれば良かったと思い、とても後悔しているのだ。
真奈の尋常ではない気分の沈みを読み取った春枝は真奈を励まそうとした。
「子供のうちにそういう経験をして良かったと私は思います。大人になってから経験するよりも被害は大きくならないと思いますし」
これを聞いた真奈は、少し気持ちが楽になったのか顔を前に上げた。
真奈の心に残っていた罪悪感が少し取り除かれ、やっと心の底からこの山登りを楽しめるようになった。
真奈の表情を見た僕と春枝は少し笑った。
真奈もつられて笑った。
「あの、春枝さん。敬語使わないで話してもいいですか?」
春枝はもちろんと答えた。
それから僕たち三人は下山した。山頂から下にある鳥居まではあまり時間がかからなかった。
途中、僕は春枝に源太郎と会えばよいのではと進言したが春枝は断った。
しかし、その顔にはさっきまで見せていた笑顔が消え何か深刻なことを考えるかのような顔になっていた。
「二人ともありがとうございました! またどこかでお会いできたらなと思います。それでは」
短めのあいさつを交わした僕らは足早に源太郎の家に向かった。
源太郎の家に着いたのは夕方ごろであった。
家に着くと僕は真っ先に源太郎の前に行き、春枝のことを話した。
源太郎は終始表情を変えずに話を聞いていた。
「春枝さんに会いたいと思いませんか? 二人は古い友人、旧友なんですよね?」
「正樹は旧友の意味を知ってるかね?」
ぼくは質問返しが来るとは思っていなかったのでたじろいでしまった。
源太郎の目を見ると澄んだ瞳で僕の目をじっと見つめていた。
源太郎と目を合わせると目の中に吸い込まれそうになる錯覚を覚える。
答えるのを躊躇ったが、覚悟を決めて言った。
「古くからの友達という意味です」
源太郎は優しい顔をして言った。
「それも一つの意味だけど、もう一つ意味があるんだ。それは、昔の友達。今は友達ではないということだよ」
僕は言葉の意味は理解できたがどうしてそうなるのか理解できなかった。
友達は永遠のものになるとは考えていないが、なぜわざわざこのような言い方をするのか。
これ以上のことを源太郎に聞こうと考えたが、すでに源太郎は会話をやめる態勢になっていた。
もやもやとした気持ちが僕の心の中に残ったので、真奈と考えてみることにした。
「真奈、旧友ってなんだと思う?」
「そんなの決まってんじゃん! 昔からの友達って意味でしょ? そんぐらいはわかるし」
真奈は笑いながら答えた。
しかし、正樹の真剣なまなざしを見て笑うのをやめた。
「ほかに意味があるとしたらどういう意味だと思う?」
「昔の友達? 昔は友達だったみたいな?」
真奈は少し考えながら答えた。
源太郎と同じような答えが真奈から返ってきたので僕は驚いた。
「なんでそうなるの? 絶交とかって意味?」
「うーん、そうなるかな? まあ、人によってそれぞれだし。てか、今日の正樹めっちゃグイグイ来るね! そんなに私とおしゃべりしたいの? 朝まで付き合うよ」
真奈は今までの固く重い空気を一瞬で吹き飛ばした。
そこには真奈なりの考えがあって言ったのだろう。
しかし、僕はたぶらかされた気がしてならなかった。
「あの、まじめに答えてくれる? 僕、本当に悩んでるんだから。そんな能天気な真奈とは違うんだよ! 真面目に聞いてるのわからないの? 頭がお花畑状態の人にはわからないか。聞いた僕が間違いだったよ」
正樹は今までにない形相で真奈に不満をぶつけた。
言ったあとに、自分はなんてひどいことを言ってしまったんだと思ったが時すでに遅し、真奈はその場から離れてしまった。