はじめての世界
東京の朝は思っていたよりも静かだった。
朝早く目覚めた僕は、近くを散策することにした。
「おはようございます。お出かけですか? 7時頃には朝御飯が出来上がります」
「おはようございます。少し散策にいってこようと思いまして」
ちょっとした挨拶を交わし、僕は旅館を後にした。
鳥のさえずりがよく聞こえる気持ちのよい朝だった。
大きなあくびをし、体を伸ばした。
「今日も気持ちのいい朝だ」
すると、旅館の隣にある和菓子屋から若い女性が出てきて、話しかけてきた。
「朝早いんですね。旅館に泊まったのですか?」
「はい。僕は朝少し散歩するのが好きでして、……東京の朝も捨てたもんじゃありませんね」
僕は笑いながら言った。
「東京も良いところはたくさんありますよ。私も散歩に行くところなので一緒に行ってもかまいませんか?」
女性も笑いながら応え、散歩に誘ってきた。
「もちろんです。と、僕の名前は波羅正樹、高校生です。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「私は赤丸成海と申します。ここの和菓子屋の娘です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人の自己紹介が終わり、歩き始めた。
「東京に来るのは今回が初めてなんですか?」
「はい。僕ともう一人、夏目真奈っていうのと二人で来ました。」
「高校生二人で東京に来るなんてすごいですね。私なんて一人で旅しようなんて思いませんもん」
「そうですよね、僕だって真奈がいなかったら行こうと思いませんでした」
二人は横に並びながら、時折笑いを交えながら散歩した。
「今日はどこかに行く予定ありますか?」
「東京についてよく知らないので、新宿か渋谷か秋葉原のどこかに行こうと思ってます」
「もし迷惑でなければ私が案内しましょうか?」
成海は少し控えめに誘ってきた。
「ありがとうございます」
「いえいえ!」
成海は僕たちと行けることがとても嬉しかったのか、声が踊っていた。
旅館に戻ると、そこには真奈の姿があった。
真奈は僕たちを見つけると、腕を組み、こちらを睨んできた。
「私を置いて何してたの? しかも知らない人と一緒なんて。心配してたのが馬鹿みたい。で、この人は誰?」
と、成海のほうをにらみながら言った。
「突然すみません。私は赤丸成海と申します。今日はお世話になります。よろしくお願いします」
成海はにらまれているにも関わらず、律儀に自己紹介をし、お辞儀をした。
「『今日はお世話になる』ってどういう意味? まさか、一緒に行動するの?」
と、まさかと思いながら正樹に尋ねた。
「そうだけど、嫌じゃないでしょ?」
「嫌って訳じゃないけど……」
真奈は昨日起きたように、騙されてしまうのではないかと心配していたのだ。
人数が増えるのはより楽しくなること間違いないのだが、昨日の今日でまた騙されるのは真奈は嫌だった。
しかし、今回は礼儀正しく素性もわかっているので一緒に行動することにした。
三人は、9時に旅館の前で集合することにした。
その間、真奈と正樹は朝御飯を食べ荷物をまとめることにした。
「正樹、私ね、成海さんが悪い人ではないとわかってるんだけど、昨日の事があったから少し警戒してるんだよね」
とても言いにくいことだったが、真奈は正直な気持ちを正樹に伝えることにした。
「僕もはじめの方は少し警戒していたんだけど、やっぱり悪い人には見えなくて。もしも悪い人だったら僕が何とかするから安心して」
僕は笑顔で応えると、さっさと荷物をまとめた。
その表情を見て真奈の顔に安堵の色が見えた。
旅館の前で二人はしばらく待っていると、成海が小走りでやって来た。
「すみません、誘った身でありながら遅れるなんて」
深々とお辞儀をして謝ってきた。
「いえ、まだ集合よりは少し早いですし大丈夫ですよ」
正樹は優しく応えた。
その表情を見て安心したのか、成海は表情が明るくなった。
「それはそうと、今日はどこに行くの?」
真奈が間髪入れずに尋ねた。
「はい。今日は上野公園に行こうと思ってます。正樹さんは自然が好きと言っていましたので」
「良いわね! 私もうるさいのは好きじゃないから。成海さんも自然好きですか?」
真奈は少し相手のことを探ろうとしていた。
「はい! 大好きです!」
いいまでにないような声の大きさで応えた。
よっぽど自然が好きらしく、早く行きたいという気持ちが彼女を埋め尽くしていた。
「そうなんだ」
真奈は納得した様子で、言った。
上野公園に着くと、そこはたくさんの人で埋め尽くされていた。
東京の観光地はどこも人でごった返していることがわかった。
東京は土地が狭いうえに人口が多いため、このようなことが起こるのだろう。
人の間をすり抜けながら歩くとそこにはユニークな人がいた。
それは、道で楽器の演奏をしている人だ。
この光景を見ると僕は都会に来たと思う。
「どこに行きたいですか? 動物園とか美術館があるのですが」
「私は動物園がいい! パンダを見れるんだよね」
真奈がパンダの絵を指差して言った。
僕も動物園がよかったので三人で動物園に行くことにした。
夏休みなのでたくさんの人で賑わっていたが、パンダを見れると思うと胸の高鳴りが抑えられなかった。
「パンダ! パンダ! どこかなパンダ!」
スキップしながらパンダ歌を歌っていた。
パンダを見るためには1時間待たないといけないことがわかった瞬間、真奈は落胆した。
しかし、ここまで来て見ないわけにもいかず、並ぶことにした。
「ねぇねぇ、成海さん。なんで私たちと一緒に行こうと思ったの? あと、成海って呼んでいい?」
成海は驚いたように応えた。
「全然構いません。では、私も真奈って呼ばせてもらいますね!
で、一緒に行こうと思ったのは、ただ単に正樹さんが東京の町並みを見てワクワクしているのを見て、もっと東京の事を知ってもらいたいと思ったからです」
それを聞いた僕は少し恥ずかしかった。
自分が興奮していることを他の人に知られていたからだ。
しかし、東京も良いところはたくさんあると思う。
「そうなんだ。正樹って物静かな性格に見えるでしょ?
けど、内心はとっても表情豊かなんだよ。自分では隠してるつもりでも外から見るとまるわかり。そこも面白いんだけどね」
真奈は得意気に僕の知られたくないことをしゃべった。
その話をしながら成海と真奈は笑っていた。
話しが盛り上がると時間が短く感じる。
いつの間にか列は進んでおりあと少しでパンダを見ることができる場所まで来ていた。
「やっとパンダが見れるよ! はぁ、長い道のりだったな」
「たかが1時間でしょ?」
すかさず僕は言った。
「実は私もパンダを見るの初めてなんです。いつも見たいみたいと思いながらも来ることができなくて……。ですから私もすごくテンション上がってます」
そういいながらニコッと笑った。
成海の笑顔はとても愛らしかった。
その表情を見た僕も思わず笑ってしまうほどであった。
それを見た真奈は僕にちょっかいを出してきた。
「あー! 今成海のことかわいいなって思ったでしょ? 私にはまるわかりだよ!」
「そんな、私がかわいいなんて」
と、顔を耳まで赤くし、隠してしまった。
僕も少し恥ずかしくなってしまった。
パンダの前に来た僕たちはとても感動した。
成海はジーっとパンダを見つめている。
真奈はというと、パンダの行動一つ一つにかわいいと言っている。
パンダを見終わった僕たちは昼食をとることにした。
すると、成海が弁当を持ってきたと言ったのでいただくことにした。
弁当を食べたあと、3人は園内をくまなく散策した。
すべて見終わる頃には夕方になっていた。
「上野動物園って大きくはないけどすごくたくさんの種類の動物がいて楽しかったね! 成海もこんど私たちの町にある動物園に来てね! 絶対楽しいから」
と、成海の腕を組ながら言った。
二人は動物園で一緒に過ごしているうちにとても仲良くなっていたようだった。
僕は後ろからそんな二人を見ていて、少し嬉しくなった。
「それでは帰りましょうか」
成海が言い、三人は旅館まで戻っていった。
旅館に着くと成海はすぐ家に帰ろうとしたが、真奈が少し話したいと言ったので旅館で話すことにした。
「あのさ、私たち明日には東京から離れないと行けないんだよね。で、成海ともっと話しとかしたいなって思ってるんだけど、連絡先くれないかな?」
真奈は少し恥ずかしそうに言った。
「そんなことでしたら。私ももっと話したいなと思ってたんですよ。また東京に来たときは是非寄ってくださいね。もう友達同士ですしね」
二人は短い会話で終わったが、二人の心はすでに固い絆で結ばれていた。
僕は、こんな短時間でよく友達になれるなと思った。
仲良くなればみんな友達という人もいるが、一体友達とはどういうものなのか疑問が浮かんだ。
しかし、そのようなことを考えている暇はなく、明日のことを考えなければならない僕たちは夕食後に今後の予定を話し合った。
そこで、僕たちは山の近くにある村を目指すことにした。
なぜ山にしたかというと、山の方が自然が豊かであり学ぶことがたくさんあると考えたからだ。
山の方にいくと決めた僕たちは明日、成海に挨拶をしてから行くことにした。
今日はたくさん歩いたせいか、二人ともぐっすりと眠った。
朝御飯を食べながら、僕たちは昨日の出来事について話した。
パンダの話になると真奈はとても興奮した様子で語っていた。
ご飯を食べ終え荷物の最終確認を終わらせた二人は成海に最後の挨拶をするため、隣の和菓子やを訪ねた。
「成海! 私たちもう行くけどこれからもたまに連絡とかしようね」
「そうですね! 私も真奈達の旅の話を楽しみにしてるから。どうか今後の旅を楽しく過ごしてください!」
今回の挨拶も昨日と同様短くて簡単な内容だった。
挨拶を済ませたあと僕たちは電車に乗り込んだ。
相変わらず電車運んでいたが、僕たちもそれには慣れてしまっていた。
2時間ほど電車に乗っていた。
気がつくと、あたり一面田畑が広がっていた。
東京にいるときには考えられなかった景色だ。
懐かしい景色を眺めつつ僕たちは電車を降りた。
やはり、田舎の駅であったため駅前にはなにもなかった。
一晩だけでも泊まる場所を見つけないといけない二人は一生懸命探した。
4軒目を伺ったとき、一晩泊めてくれるという人に出会った。
名前は源太郎という人だった。