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空の向こう側  作者: クチン
2/14

東京

僕たちが東京に着いたのは午前10時位であった。

電車を降りて、初めて見た光景に驚きを隠せなかった。

どこを見渡しても人がいる。

僕たちの町にはこんなに人がいない。

この光景は僕たちを不安にさせた。

真奈は僕の襟をがっしりと掴み怯えていた。

「さっきまで東京のこといっぱい話してたよね? なんで怯えてるの?」

と、皮肉混じりに真奈をからかった。

「怯えてなんてないもん! 長旅で疲れただけですー」

口では否定しているが、誰がどう見ても怯えている。

僕が前に進もうとしても真奈が邪魔で進めない。

「やっぱり田舎に行く?」

僕は優しい声で真奈に言った。

「せっかく来たからには、頑張って行く! だから絶対に離れないでね」

と、いまだに襟を掴みながら涙目で訴えた。

駅から出ると、またもや驚かされた。

たくさんの車が行き交っているのである。

僕は人が多すぎて少し気分が悪くなってしまったが、後ろに真奈がいると思うと進むしかなかった。

すると、一人の女性が声をかけてきた。

「あなたたちどこから来たの?」

「田舎の方からです。」

「そっか、じゃあ疲れてるでしょ? 休憩するとこに案内して上げよっか?」

その女性はとても優しそうな目をして誘ってくれた。

「とても疲れてます。特に真奈がもっと疲れてると思いますが」

「それならちょうどよかった。一緒に行きましょ! 着いてきて」

と言い、3人は歩き出した。

その時、真奈は裾を引っ張っていたのに僕は気がつかなかった。

「田舎から来ると、ここってうるさいでしょ? 私も1年くらい前に上京してきてさ、初めは毎日毎日疲れっぱなしだったの。1年住めば馴れるものだけどね。あなたたちは旅行?」

「旅行というよりは旅と言った方が的確かもしれないです」

「それはどういう意味?」

女性は少し興味を持った感じで聞いてきた。

「僕たち高校2年生なんです。来年は大学受験があるから、その前にいろいろなことを経験してみたいと思って二人で旅することにしたんです。目的や予定は一切決めてないですけどね」

女性はそれを聞くと笑った。

「いいね、自分探しの旅ってやつかな? 青春してるね。だけど、親はどうして納得してくれたの?」

僕はもっともな疑問だと思った。

高校生が二人だけで1ヶ月も旅をするのは普通許されないことだ。

「僕の親はなぜか協力的だったんですよね。旅をしても良いかきくと、二つ返事で良いと言ってくれたんです。よっぽど、真奈は親を説得するのに1週間かかったと言ってましたがね」

言いながら僕は真奈に同意を求めた。

しかし、真奈はずっとうつむいたままで僕の話を聞かなかった。

「さ、着いたよ。今日はここでゆっくり休むといいよ」

着いたところはホテルだった。

「いや、僕たちお金をたくさん持っているわけではないのでこんなところには泊まれないです。親切にしていただきありがとうございました」

「いやいや、お金の心配はしないで! ちょっとホテルで仕事の手伝いをしてくれたらホテルに泊まるお金は出して上げる」

その言葉で正樹はすべてさとった。

「遠慮しておきます。僕たち東京に知り合いがいて、そこで泊まることになっているので大丈夫です。お心遣いありがとうございます」

とっさに出た言葉はこれっきりだった。

しかし、女性はしつこく誘ってきた。

「泊まらないにしても、少し休むくらいだからね? お姉さんに任せなさい」

すると、いままで静かに僕の後ろにいた真奈が大声で言った。

「私と正樹はそんな関係じゃありません! さっきから正樹が断ってるので諦めてください。当然私も行きたくないです。これ以上無理に誘うのでしたら警察呼びますよ!」

あまりにも大声で言ったせいか、通りすがりの人もこちらを見てきた。

状況が一変した瞬間、女性は逃げるようにその場を去った。

「駅で裾を引っ張ったの気付かなかったの? もし私がこのままなにも言わなかったら大変なことになってたかもしれないんだよ!それこそ警察沙汰にね! もしもわかったなら、知らないひとにはついていかないことね。……本当に怖かったんだからね! 女の子を守るのが男の子ってもんでしょ」

威勢のいい言葉がだんだんと安心してきたのか、本気で僕のことを叱った。

本当は僕に守って欲しかったのだろうが、守ることができなかった。

そこが僕の甘さだろう。

実は昔から僕の弱さは目に見えていた。

なんだかんだ言って、いつも守ってくれたのは真奈の方だ。

僕はなにぶん気が小さい男である。

僕も言うことを言っているつもりだが、足りないらしい。

僕には最後のひとおしが足りないのだろう。

今までわかっていたことであったのにも関わらず、直さないところが僕の落ち度だ。

今日、本当に危ないところを真奈に助けてもらった。

まだ、旅は始まったばかりであるため、このようなことは二度としまいと心に誓った。

真奈が落ち着き一段落すると、すでにお昼時になっていた。

そこで、僕たちは近くにあったカフェに入ることにした。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「二人です」

「タバコはお吸いになりますか?」

「いいえ」

「では、こちらのお席にご案内します。

御ゆっくりどうぞ」

席についた僕たちは、店の雰囲気に圧倒させられた。

僕たちの町では類を見ないほどのおしゃれなカフェであった。

机や椅子は茶色で統一され、少し汚れが付いている。

これも味があり、美しさをいっそう引き立てている。

壁までもが、茶色い木でできており、木箱の中にでもいるような 錯覚に陥る。

僕らの町にあるカフェは、せいぜい住宅をカフェ用に少し改装した位である。ここと比べると雰囲気の欠片もない。

そんな場所で自分達が休んでいると思うと、少し気持ちが高ぶった。

僕たちはケーキセットを二つ頼んだ。

僕はショートケーキ、真奈はチョコレートケーキをそれぞれ食べた。

お昼の時間にも関わらず、ケーキとコーヒーしか頼まなかったのには訳がある。

真奈が電車のなかでお菓子を振る舞ってくれたからだ。

お菓子と言っても煎餅などのしょっぱいものではなく、クッキーやチョコレートといった甘いものが大半であった。

僕は甘いものが特別好きというわけではない。

しかし、真奈と食べるお菓子はいつも違う。

とても美味しそうに食べるのである。

その顔を見ると僕は嬉しくなる。

ずっと一緒に食べていたい気持ちにさえなる。

だが、ずっと食べているわけにもいかない。

二人で食べるものはいつも美味しく感じる。

二人で食べるという行為が好きなのかもしれない。

「正樹! 今日はもうお昼だから明治神宮にお参りして泊まる場所を見つけよ! あと、知らないひとにはついていかない。これは絶対だよ! 絶対だからね」

やはり、さっきの出来事が真奈の大きな不安要素になってしまった。

念をおして言った真奈の目は、真っ直ぐ僕を見ていた。

「今度は引っ掛かりません。あの時は本当にごめん。……今度は僕が守るから」

言ったあとに気づいた。

僕はとても恥ずかしいことを言ったことに。

慌てて真奈を見てみると、真奈も頬を赤らめて僕と目を合わせないようにしていた。

そこからは、会計を済ませるまで無言で食べ続けた。

不思議なことに無言で食べていることは、ちっとも悪い気がしなかった。

真奈もいつも通りケーキを食べていた。

その顔はとても嬉しそうに笑っていた。

僕はそこまでケーキが好きなのかと思った。

会計を済ませると、外で真奈が待っていた。

「早く行こうよ! 高鳴る鼓動が抑えられない! ワクワクだよ。明治神宮へレッツゴー」

異様なまでにテンションの高い真奈に一瞬動揺したが、そこは流石幼馴染みだ。

すぐに体勢を立て直した。

「そんなに焦らなくても明治神宮は逃げないぞ、真奈。着いたときに疲れてたら元も子もないでしょ?」

今の言葉で幾分か落ち着いた。

僕たちは東京駅に戻り、山手線で向かうことにした。

「正樹、絶対に私からはぐれないでね! ここで迷子になったら一生会えないからね」

と、言っているが言葉と行動は違う。

言葉では私についてきてと言っているのだが、行動では僕の裾を掴んで離さない。

さっきのことも含めて、僕が守ると決めたのでエスコートすることにした

代々木駅に着くとまた驚いた。

駅の前に大きな交差点があるのだ。

駅にあった地図を頼りに明治神宮への行き方を調べ、歩き始めた。

「正樹、すごいね! 東京ってどこ歩いてもこんなに人がいるんだよ。けど、こんなとこに住んでてみんな疲れないのかな? 私なら疲れちゃうけどな」

「そうだね、やっぱり都会は違うな。僕は住みたいとは思わないな」

「だよね、だってだって車がこんなにあるんだよ! 空気が悪そうだしうるさいし、何より人が多すぎて困る! 本当に誰が東京行こうって言ったの?」

「自分で言ってたじゃん! そのくらいは覚えておきなよ」

「あ、そうだった! ごめんごめん」

他愛もない話をしながら、僕たちは小田急線の参道橋駅の近くまで歩いた。

そして、念願の明治神宮に着いた。

着いたといっても、西詰所という入り口のようなものだ。

しかし、僕たちにとってみれば、明治神宮に着いたという感動に値するものであった。

「あ、見てみて! 鳥居だよ。大きいなぁ。ほら、森だよ、東京にも森があったんだ!」

鳥居を見つけたとたん真奈は走りだし、興奮して言った。

「まあ、ないことはないと思うけど……。これは見事だね!」

言葉では落ち着いている僕だが、内心はとても興奮していた。

「嬉しそうだね、ほんの少し顔に出てるよ! あと、嬉しいときはもっとうれしいを表現した方がいいよ! そのほうが楽しいしね」

顔に出ていたようだ。

しかし、僕は顔で感情表現するのが苦手である。

けして、感情が高ぶらない訳ではないが自分の中にしまい込んでしまう。

そのためか、友達に「嬉しくないの?」などと聞かれることがある。

「そうかな? ま、真奈に言われたら説得力があるね。いつも楽しそうに話してるもんね」

「そうそう、正樹も見習いなさい!」

真奈は胸を張って言い、そのあとは大声で笑った。

「それにしてもすごいね、ここ。私たちの町と同じくらいの森があるんだね! 少し東京も捨てたもんじゃないね」

「ほんの一部だけでも森があるのと無いのは変わるもんね。けど、僕は自分の町でいい」

5分ほど歩くと、本殿が見えてきた。

本殿でお参りするまえに、手を清めた。

本殿でお参りをしようとすると、1つ驚くことに気づいた。

お賽銭箱がとても長かったのだ。

さすが東京の有名な神社だ。

二人はお参りの手法通りにお参りをした。

「何を願ったの?」

「今回の旅が成功するようにだよ」

「へー、やっぱり正樹はまじめね! ちなみに私は『楽しい時間がいつまでも続きますように』って願った」

真奈は得意げに言った。

僕は真奈のお願いは少し間違っているのではないかと思った。

なぜかというと、楽しい時間は苦しいときがあってこそであると僕は考えるからである。

もし万が一楽しい時間が続いたとしても、いつか何が楽しいことなのかがわからなくなってしまう気がする。

だから僕は、楽しい時間が永遠に続くのはよくないことだと思う。

「ねぇねぇ、あの木、夫婦楠って言うんだって! すごく大きいね」

「そうだね、夫婦円満と家内安全を象徴するんだ」

「夫婦円満は今は関係ないや。だけど、いつかは結婚するんだろうな。……ねぇ、私ってモテるかな?」

けっこう真面目に聞いてきたので、僕も真面目に答えることにした。

「うん。みてくれはいいと思うけど、中身があれだからモテないんじゃないかな」

「なによ、失礼ね! どこに行っても私はモテるに決まってるでしょ? 私のよさがわからないなんてかわいそう」

真面目に答えたのがバカだった。

きちんと考えてだした結論に文句をつけられるなんて理不尽きわまりない。

「まあ、親友ということで許してあげる!」

しょうもないやり取りを終え、御守り売り場に行った。

「御守り買っていこうよ! 旅の安全祈願だよ!」

「そうだね、せっかく来たんだから買った方がいいかもね」

そう言って、二人は御守りを買った。

二人は大鳥居を見にさらに歩いた。

大鳥居はとても大きかった。

普通の鳥居の4倍位の大きさであった。

大鳥居から少し歩いたところに明治神宮御苑があったので二人ではいることにした。

「こんにちは。高校生ですか?」

「はい」

「二人で400円です」

「はい」

「楽しんでください」

「ありがとうございます」

係りの人は意外と優しかった。

僕たちはずっと歩いていたので、休憩するところを見つけ、休んだ。

「きれいな池だね、正樹!」

太陽の光が水面にあたり、池が輝いているように見えた。

光の波が木に映り、なんとも幻想的な光景だった。

そよ風も吹き、水面が波立ちきらきらと輝いているのもとても美しかった。

10分くらい経っただろうか、真奈がとても静かになっていることに気がついた。

「おーい!」

僕の呼び掛けにも応じない。

「すやすや」

横を見ると寝息をたてながら寝ていた。

「しょうがないなぁ」

僕は真奈が起きるまで静かに待っていることにした。

東京は何かと疲れるが、ここは違った。

森に囲まれているとてもよい場所だ。

そして、何よりも静かであった。

東京に来てから、本当の意味での静かな場所はどこにもなかった。

その点、ここは自然にも恵まれて静かであったため緊張が溶け寝てしまったのだろう。

「起きて、起きてよ正樹! いつまで寝てるの? もう16時だよ、あと30分で出ないといけないから早く見て回ろう」

「本当? 気づかなくてごめん。ゆっくり見たかったけど仕方ないな。一応全部みよっか」

気づかないうちに僕も寝ていたらしい。

一番奥にある、清正井を目指して僕らは歩いた。

清正井から湧いている水はとても冷たかった。

「冷たかったね。きれいだったし。……ただ、飲めないのが残念だったな」

「そうだね。けど、美しい景色を見れただけで僕は満足だけどね」

そう言いながら、二人は明治神宮御苑をあとにした。

二人は原宿を見る予定だったが、あまりの人の多さに行くのを諦めた。

時間も5時を過ぎていたので目の前にあった旅館で宿泊することにした。

「今日は新しい経験ばっかで疲れたね。最初はどうなるかと思ったけど、次は正樹が守ってくれるんだもんね! 心強い!

あの時は本当に嬉しかったんだからちゃんと守ってよね!」

と、満面の笑みを浮かべ枕を投げてきた。

すかさず僕も投げ返した。

「これからもよろしくね!」

「こちらこそよろしく」

改まって挨拶をするとなんともやりにくい。

ひとしきり今日の出来事を話した後、二人は布団に入った。

「正樹。起きてる?」

「起きてるよ、眠れないの?」

「うん。正樹も眠れないんだ。私ね、本当はこの旅に行く前、楽しみもあったけど不安の方が大きかったんだ。もしも正樹と喧嘩したらどうしようとか、迷子になったらどうしようとか、事件や事故に巻き込まれたらどうしようって。だけど安心した!

正樹ってばいつも静かなわりに私のこと一番に考えてくれるもん。旅に一緒に行けてとても楽しいよ! ありがと」

「そんなことないよ、僕だって真奈がいなかったら旅に行こうなんて思わなかったよ。それに、初めは僕の方が守られたし。あの時はありがとう。……一緒に来てくれてありがとう」

二人とも布団に入り、暗かったのでお互いの顔が見えなかった。

しかし、二人ともとても恥ずかしそうに声を小さくして話していた。

月明かりが僕たちを静かに照らしていた。

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