感謝
町の中心部からあまり離れていない場所でも十分自然が美しいところがあった。
そのため、あまり遠くに行かなくても自然に身を置くことが出来たので遅い時間まで散策することは無かった。
「この町に来れて本当によかったね。正樹はどう思ってる?」
「僕も本当に良かったと思ってるよだって、色々な優しい人に出会うことが出来たし、楽しい経験もたくさん積むことが出来たしね。だけど、本当に長い間源太郎にお世話になるわけにはいかないから、ある程度のところでお別れしないといけないよね」
この言葉を聞いた真奈は、少しさびしそうな表情を浮かべた。
その表情になるのは納得できる。
僕の知らないところで、真奈は僕以上に源太郎に世話になっているからだ。
僕自身、一番お世話になった人も源太郎だが春枝にも、ものすごくお世話になったのだ。
真奈は源太郎で僕は春枝で。
それぞれお世話になったが、まだ感謝の言葉をきちんと伝えたことがない。
感謝の言葉を面と向かって伝えるのはとても勇気のいることだ。
恥ずかしさのあまり、その場から逃げ出したくなってしまうが、それを乗り越えて相手に思いを伝えると、びっくりするほどよく伝わる。
手紙を使って思いを伝えるのも良いとは思うが、相手の顔色がうかがえない。
ただ、手紙は字の書き方を見れば多少は相手の気持ちが伝わってくる。
文字が躍っていたら相手は楽しんで手紙を書いている。
文字が弱々しく、くねくねしていたら、相手は悲しんで手紙を書いている。
文字が荒々しかったら、相手は怒りを込めながら手紙を書いている。
言葉や文字は不思議なもので、相手に感情的な影響を与える。言葉以上に感情を伝えるのだ。
しかし、僕たちはまだ言葉や手紙では感謝の言葉を伝えることが出来ない。
まだ気持ちの整理がきちんとなされていないからだ。
そして、今回は感謝の気持ちを込めて花束を贈ることにした。
花束は、相手を祝福するときや、お祝い事で渡されることが多いので、僕たちも思いを込めて花束を贈ることにした。
花屋さんに戻った僕らは店員さんと軽くあいさつを交わしたら、そのまま源太郎の家に向かった。
「やっぱり、源太郎が喜んでくれるか心配してきちゃった。もしもだよ、もし源太郎が喜ばなかったらどうする?」
「もしもなんてことはないよ! 源太郎なら絶対喜ぶよ。もし喜ばなかったら僕が責任取るから。だけどそんなことにはならないと思うよ。だってさ、真奈も知ってる通り、源太郎は優しいから絶対に喜んで受け取ってくれるよ。それが好きかどうかは別としてだけど」
そんな僕の励ましで元気が出てきたのか、真奈は笑顔を取り戻して、田んぼ道を走り出した。
田舎道のため、遠くまで一直線の道が続いている。
僕は真奈の後ろをゆっくりと歩きながら後姿を目で追った。
真奈の後姿は夕日に照らされて、何とも言えない幻想的に見えた。
真奈も景色の一部となり、一枚の絵のような美しい風景がそこには広がっていた。
「正樹! 早くこっちに来なよ。おいて行っちゃうぞ」
僕の方を振り向きながら、にこにこして言った。
その笑顔に、僕はキュンときた。