仲直り
しかし、二人の仲を取り戻すには自分一人ではできないと僕は考えたので、きちんと真奈と仲直りすることにした。
先ほどとは違い、言いたいことはその場ではっきりという。
これが出来れば、本当の意味での仲直りが出来る。
けれど、自分の気持ちを素直に伝えることで相手が幸せになるとは限らない。
時には優しい嘘も必要だと僕は思う。
親には昔から嘘は悪いことと言われて育ってきた。
嘘をついたことは何回かあるが、誰にもそれが嘘だったとばれていない。
すると嘘が本当になってしまう。
つまり、嘘はばれなければ良いということになりかねない。
けれども、そう簡単に物事が進むわけがない。
嘘をつくことによってほかの人を傷つけてしまうことも起こりうる、いや、必ず一度は起こるのだ。
やはり、嘘をつくのは良くないことだが、優しい嘘は良いのではないか。
真奈のことを考えると、言いたいことは包み隠さず言ったほうがいいと僕は思う。
真奈は昔っから思ったことはすぐに口に出してしまうのだ。
そのため、一週間に一度は誰かと喧嘩していたが、その代わりに仲直りするのも早かった。
しかし、僕とは喧嘩したことがなかったのだ。
僕は、真奈の言ったことに何にも反論せず、ただ聞いていただけだったので喧嘩にならなかった。
逆に、僕は思ったことを胸の中にしまいこんでいただけだったので、喧嘩になることはありえなかった。
また、僕は友達が少なかったこともあって、喧嘩をする機会がなかったのだ。
対照的に、真奈は友達がたくさんいたので、喧嘩をすることはよくあったのだ。
喧嘩をしたことのない僕にとっては仲直りとはどんなものかもわからなかったのだ。
しかし、僕は仲直りをしようとしたので大体どのようにやれば良いか考えられた。
「あの、春枝さん。きちんと真奈と仲直りをしたいので練習させてくれませんか? 真奈の役になってほしいのですが」
「もちろんです。正樹さんにはいろいろとお世話になっていますしね」
春枝は遠くを見て、僕を見つめて提案を受け入れてくれた。
「それでは、さっそく始めます」
僕は一息ついてから始めました。
「真奈! さっきはひどいことを言ってしまってごめんなさい。まさかあんなことを自分でも言うとは思ってなかったんだ。僕が悪いということは自分でもきちんと理解したんだ。だから、その、……今まで通り仲良くしてくれませんか?」
正樹は自分の気持ちを正直に話した。
それなのに、いつもと何か違う違和感を覚えた。
けれども、その正体にすぐ気付くことが出来たのだ。
それはいつも自分の気持ちを正直に口に出すことが少なかったので本当の気持ち、自分が本当に言いたいことを言ったからである。
誰が聞いても今の僕、正樹のことを変に思うかもしれないがこれが本当の僕なのかもしれない。
本来の自分をさらけ出しても真奈は今まで通り接してくるだろうか。
自分でも今の自分を受け入れきれていないのに、他人の評価なんてわからない。
今はとにかく、仲直りすることを第一に考えることにした。
「まさか、正樹があんなことを言うとは思いもしなかったなぁ。だけど、全部が全部正樹が悪いっていうわけじゃないのはわかってたよ。ただ、カッとなっちゃって。だけど、正樹が言っていたことも正しいとは思う。私もなんであんな対応したのか理解できない。だって喧嘩は何回もしたことあるし、仲直りだってね。けど、こんなことを続けてたら一生仲直りできないと思う。だから、ここで終わらせよう。……正樹」
正樹はこの言葉に聞き入っていた。
まるで本物の真奈が答えているようだったからだ。
僕は束の間、顔をあげられず俯いていることしか出来なかった。
いろいろな考えが頭をよぎり、自分の落ち度に気付き始めてまっすぐ人の顔を見ることが出来なくなってしまったからだ。
その間、春枝は物音をたてないで、静かにその場に立って僕のことを見つめていた。
しばらくたち、心の整理が出来た僕は顔をあげた。
すると、そこには真奈がいた。
静かに涙を流している真奈がいた。
その横には、相変わらず静かにたたずんでいる春枝がいた。
「真奈」
僕はとても小さな声、イルカでも聞こえないような声でか細くつぶやいた。
次の瞬間、僕は目をそらしてしまった。
しかしすぐに視線を真奈に戻して、じっと真奈のことを見つめた。
真奈もじっと僕のことを見つめている。
真奈は少しずつ僕の近くに寄ってきて、僕の目の前に立つと、背中に腕を回してきた。
その間も、真奈は涙を流していたため僕の洋服は次第に濡れてきてしまった。
しかし、それはとても暖かかった。
すぐに僕は恥ずかしくなり、手を払おうとしたが真奈の言葉がそれを拒んだ。
「私も恥ずかしんだから、今は離さないで。もう少しだけこうさせて」
しばらくの間、二人は静寂の中に包まれた。
真奈が落ち着いたのを見計らって腕を外し真奈を見つめると、僕と目はおろか、顔さえも合わせてくれなかった。
その代わりに一言言葉をかけてきた。
「これからも仲良くしようね」
それを言うや、真奈は源太郎の家まで駆けて行ってしまった。
気付いた時には僕一人だけが取り残されてしまった。
いつの間にやら、春枝もその場にはいなかった。