夏の始まり
プロローグ
時々僕は空を見上げる。
多くの人は空を見上げることがあるだろう。
空を見てなにを感じるかは人それぞれだ。
僕の場合は空の先には何があるかを考えながら見上げている。
それを考えるのは僕にとってとても楽しい。
なぜかと言うと、答えがないからだ。
この問題は一種の哲学ともいえるだろう。
ある人は空の先には理想郷があると言う。
また、ある人は宇宙があると言う。
後者はロマンの欠片も感じられない。
僕はどちらかと言えば前者が好きだ。
理想郷は人によって違う。
真の理想郷とは何か考えることは誰もが楽しめるだろう。
ただの現実逃避と言われればその通りかもしれない。
しかし、僕はその一言で終わらせることは嫌いだ。
人には自分の好きなことと嫌いなことがある。
それを個人の価値観で決めるのは間違っていると思う。
1 夏の始まり
「正樹、やっと学校終わったね! 今日から長い長い夏の休みだよ」
「つまり夏休みのことだろ。面倒くさい言い方するなよ」
真奈はよっぽど夏休みが待ち遠しかったのか、目をキラキラさせ ながら話しかけてきた。
僕も今年の夏休みはとても楽しみだった。
真奈と二人で1ヶ月の旅をすることになっていたからだ。
僕たちは高校2年生であるため、来年は大学受験がある。
休みを堪能出来るのは今年が最後である。
そこで、二人で話し合った結果旅をすることになった。
今回の旅の目的は具体的には決まっていない。
行き当たりばったりの旅になることは間違いない。
「出発は明後日だからね! 絶対に忘れないでよね。朝8時に駅集合だよ! はぁ、楽しみで寝れないかもしれない」
「忘れるわけないよ。あと、ちゃんと寝ないと駄目だからね! もし寝てなかったら行かないから」
真奈は少し落ち着いたが、そのあと「絶対寝るもん」と言って少し怒りながら、僕をポカポカ叩いてきた。
しかし、その顔は笑顔に満ちていた。
その顔を見て、僕は少し安心した。
朝の7時30分に駅に行った。僕は少し早すぎたかなと思いながら駅に入るとそこには真奈がすでにいた。
その顔を見ると少し怒っているようだった。
「なんで怒ってるの? 集合時間よりも早く来たんだけどな……」
「そんなの決まってるじゃない! 私より遅く来たからに決まってるでしょ! 集合時間に間に合うだけじゃなく、女の子よりも早く来るのが男子ってもんだよ。ちなみに、私は7時に着いたけどね」
自慢げに着いた時間を言っていたが、果たして集合時間の1時間前に集合する人はいるのだろうか。
僕は困惑の色を隠せないでいた。
むしろ、隠せる人の方がすごいと思う。
「それよりもさ、どっち方面に行くの? 都会の方に行くのか田舎に行くのか」
「それはもちろん田舎に決まってるじゃない! 旅といったら田舎でしょ? 都会に行きたい気持ちもあるけど……」
始めは田舎と言って興奮していたが、本当は都会に行きたかったらしい。
そのためか、語尾はテンションがとても下がっていた。
「都会も旅になるとは思うんだけど、田舎にする?」
僕は真奈の意思を尊重し、もう一度確認をとった。
すると、真奈の顔がパアッと明るくなり子供のようにはしゃぎ出した。
「本当に? 東京の方に行けるの? やったー! 嬉しい。ありがとう正樹!」
「うん。1ヶ月も旅に出るんだから2、3日観光くらいしてもいいと思うな」
「へ? 1週間位居るのかと思った。まあ、行けるんだし贅沢は言わない!」
そう言うと、真奈は東京行きの切符を買いホームまで走り出した。
僕も切符を買い、追いかけた。
途中駅員さんに「二人でデートですか? 楽しそうですね!」と言われ、少し照れ臭かった。
東京行の電車が来た。
東京行といっても、ここから2時間もかかる長旅だ。
僕たちの住んでいる町も田舎ではあるが、田舎過ぎるわけでもない。
駅は無人駅ではないし、ちょっとした売店もある。
バスの時刻表を見ても、1時間に一本はバスが来るのである。
東京まで2時間かかるとはいえ、一本で行けるのはとても便利である。
「ねぇねぇ正樹! 東京まで2時間かかるんだよね? そしたら今回の旅について何か考えようよ」
「そうだね。だけど、東京でなにするか決めるのが先だと思うけど……」
「そっか。そうだね! じゃあ、原宿とか秋葉原とか渋谷とか行ってみたいな」
「真奈って以外と東京を知ってるんだね! 僕なんて全然わからないよ。原宿ってなにが有名なの?」
「えっ? えーと……、ふぁっしょんとか? 若者のまち、そう、若者の街だよ!」
真奈は知っていた東京の地名を言っただけで、あまり東京には詳しくなかった。
むしろ、僕の方が知っている。
東京には明治神宮や皇居、歌舞伎座などありとあらゆる建物がある。
1週間かけても全て観光することが出来ない。
ましてや、今回は2、3日しか観光しないため行く場所をきちんと決めなければならない。
「わかったよ。僕は明治神宮や皇居に行ってみたいな」
僕は控えめに提案した。
「明治神宮か、いいと思うよ! 神社で旅の安全を願うのもいいと思うし。じゃあさ、そのあとに原宿に行こー!」
そう言いながら、真奈は待ちきれないとばかりに足をぶらぶらさせた。