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開幕話 変わり始める世界。

僕は冴えない男子高校生だ。特に何か特技があるというわけでもない。部活にも所属していない。


僕のクラスメイトたちは、ホームルームが終わるとそれぞれ部活に向かう。それを横目に見ながら帰路につくのが僕の普段の学校生活である。


みんな目標を持っている。地区大会や、インハイ出場という大きな目標を。僕はそんな活き活きとしたみんなの表情を見るのが嫌だった。自分がとてもみじめに思えてしまうからだ。


目標があって日々頑張る人たち。目標も特になく、やりたいこともない。日々をただ惰性的に生きている僕はそんな毎日がひどく憂鬱に感じる。


毎朝、学校へ通う電車内。僕は途中でどこかへ逃げ出したくなることがよくある。あそこは僕のいるべき場所じゃない。みんな僕とは違うもの、違う場所を見ている、と。


貴重な時間を毎日無駄に使ってしまっている。そんなことは分かっているのだが、如何せんやりたいことがなにもない。


小学生の頃は違った気がする。僕は水泳をしていた。その水泳で最上級まで取ろうという目標を持っていたのだ。そして、僕はそれを成し遂げた。あの時は嬉しかった。今まで頑張って来たかいがあったな、と思ったものだ。しかし、それまでである。いくら目標があったって成し遂げてしまえばそれは終わったものとなってしまう。だからといってわざわざ今から高い目標を作ろうとはまったくもって思わない。というか思えないのである。なぜ、そこまで本気になれるのかわからない。


先程の弁論とは対照的になってしまうが、なにもしないのは無駄な時間の使い方だが、一つのことだけに打ち込むというのも酷く非効率的なものと思えてしまうのだ。もっとやるべきことがあるのではないかと。しかし、考えても考えても僕の「やるべきこと」は見つからない。


好きな人が出来れば違うのだろうか。その好きな人のために頑張ったりすることが出来るのだろうか。そんなことはない。僕に限ってそんなことはないと断言できる。いつ嫌いになるかもわからない。いつ裏切られるかもわからない。いくら好きでも、そんな人のために頑張ることなど僕にはできない。つまり僕は人を、異性を、好きになることができない。かと言って、決して同性が好きということではない。


そもそもが問題だったのだ。僕はかなりひねくれている。数少ない友人にもよく言われる。いや、向こうが僕のことを友人と思っているかどうかはわからない。だから人のことは信用できない。今もこんな風に考えてしまっているのだ。こんな僕にまっとうな人生など送れるわけがないのだ。ありえない。ひねくれている。うん。自分でもわかっている。


だが僕は僕の性格に自信を持っている。人が何を思っていようが勝手である。僕は僕のために生きている。こういうのを本当の意味で自己中というのだろうか。自己中でもいい。それが僕なのであれば。僕という存在がそこにあるのであれば自己中でも構わない。

僕はそんな上辺だけの関係で最期まで生きていくのだと、お互いのことを信じあえる人は現れないのだと、そう思っていた。いや、そう思っていたかったのに、


―――彼女が僕を変えてしまった―――


僕は今日も今日とて学校に向かう。いつも通りの時間に電車に乗って、いつも通りの時間に登校する。道中、いろんな人に出会う。通勤途中のサラリーマン、通学バスを待つ他校の高校生、やけに派手な格好をした、男性や女性。そのすべてが僕にはどうでもいいことだった。別になにを思うこともない。僕にはそのどれもが全部同じ人に見える。何が違うわけじゃない。僕の中では「僕の知らない人間」ということで通っているのだ。そう考えれば先程上げたどれもが対象となるはずだ。


人生なんてそんなものである。一生の中で、知っている人よりも知らない人の方が圧倒的に多いのである。故に、そんな知らない人一人一人に関心を抱いていられないのである。ぼくは常に合理的に考えている。そして、行動している。発言している。クラスにいてもそうだ。関わる必要がないと認識したものは僕の中で「知らない人」と一緒の扱いになる。関わらない人のことを知っていてもなんの利益も被らない。関わらない人など、僕にとっては知らない人だ。それでいい。おそらく一生関わることはないのだから。


そんなある日。僕はいつも通り下校していた。僕はいつも通常の下校経路とは違う道を通って帰る。この地域では通行禁止区域などと言われている範囲である。そんなの関係ない。僕はこの道が一番静かで安全だと思ったから変わらず通っているのである。もう一年前からだ。未だにバレることなどない。そんなものなのである。通行禁止などと言っておきながら、特に見回りやらなにやらするわけでもない。ここはダメだと、とにかくそう言っておけば通らないだろうと。「偉い」先生の言うことなのだから聞くに違いないと。残念ながら、僕にそんなものは通用しない。僕はこの道を気に入っている。誰ともすれ違うことはない。まるでここだけ虚無の空間かのような錯覚を覚える。


そんな僕だけの空間に、向こうから歩いてくる人影が見えた。


「…くそっ」


僕は思わずそう声を漏らしてしまっていた。僕の、僕だけの道、空間だと思っていたのに、異物が迷い込んだのである。今まで出くわさなかった他人に出会ってしまった。まぁ無視を決め込んで、なにもなかったようにすれ違えばいいだけである。なにも難しいことはない。なにせ僕は他人が嫌いである。上辺だけの関係…そんなものはいらないのである。故に挨拶などもってのほかだ。さぁ近づいてきた。さっさと帰ろう。人影が僕の横を通る。よし、なにごともなかった。これが最善の選択である。無意味な関係は絶つ。なんと効率的なことだろうか。さて、帰ろう。脳内で「直帰」の選択肢を押した。


「ねぇ。」

後ろから声をかけられた。


―――「ねぇ。」

…なん…だ…?声をかけられた?声的に女か、女だったのか、見る気もしなかったから全然わからなかった。僕は無視して帰っていいよな。別に興味ないし。


「ねぇってば。」


肩を掴まれた。赤の他人に。後ろを向かされる。頭の高い位置でポニーテールを結んでいる女だ。なんだこいつ、しらないやつだ。むかつくな。僕は今しがた帰る決意をしたばかりだ。その決意を踏みにじりやがって。


「なんで、返事してくれないの?私呼んでたよね?」


「…」


「え、うそ…しゃべれない人だった…?ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ…」


本当になんだこいつは、勝手に勘違いして謝られている。ばかばかしい。


「いや、普通にしゃべれるが。お前はなぜ僕の足を止めさせた。それなりの理由があるんだろうな?くだらない理由だったら容赦しないぞ。」


「うわ~やっとしゃべってくれたと思ったらこわ~。容赦しないってなに?私、犯されちゃうの?」


「お前…」

なんて下品な女だと思った。女の裏の顔なんてみんなこうだというのはしっていたが全面に出してきたやつはこいつが初めてである。しかも初対面の僕に対して。


「いやね、私があなたを呼び止めたのはちょっと気になったからだよ。」


「…」


「もう、また黙っちゃって。まぁいいやこの道って通行禁止だよね?あなたは通っていいの?…もしかして不良さん?」


勘違いと偏見もいいところだと思った。


「僕は不良じゃない。普通の、なんの特技もなんのやりたいこともない、ただの高校生だ。この道は僕が気に入ったから通ってるだけだ。禁止とかそんなの関係ない。…ってかなんで初対面のやつにこんな話してんだよ…」

余計なことを言ってしまった。若干後ろめたい部分も。


「ふーん…まぁいいんじゃない?私もいつも通ってるしね。学校は違うけど。私は帰り。あなたも帰る途中なの?」


自分で聞いてきたくせに返事は思いの外そっけなかった。むかつくやつだ。


「ああ、そうだよ。それが何か問題でもあるのか。」

ぶっきらぼうに答えてやった。


「いーえ?また会えるかな~と思ってね。」


「…」

こいつとまた会うなんてごめんだと思った。


「まーた黙っちゃって。もう、そんなんじゃモテないよ?」


「余計なお世話だ。ビッチ。」

なんかむかつくから言ってやった。僕は別にモテたいとかこれっぽっちも思っていない。


「んなっ…ビ、ビッチだとぉ~!!」


「うわっ、なんだよ。」


なにやらすごい剣幕でこちらへ来る。


「私はね!まだ!一度も!したことないから!!」


とても強調して言われた。なんかちょっといい匂いがした。見た目とは裏腹に清純な女の子っぽい匂いだった。もっと香水とか香料の匂いとかめっちゃすると思ったんだが。いや、でも言動は普通にビッチだと思ったんだが。


「あ、ああ悪かったよ。冗談だって。」

めんどくさそうだからとにかく謝った。


「…まぁいいよ。今回は許してあげる。でも次そんなこと言ったら許さないんだから。」


「次があるのかよ…」

驚愕の事実。次があるらしい。そこで彼女はスマホを見ながら、


「やばい!こんな時間!お母さんに怒られちゃう!じゃ、今日はこの辺で!」


「あ、ああ…」

騒がしいやつだと思った。最初から最後までしゃべりっぱなしだった気がする。と、


「あ、それと!」


立ち止まってなにやら言ってくる。


「…私も、なんの取り柄もない、なんにもやりたいこととかない普通の女子高生だから。あなただけがそういうわけじゃないからね。」


なにやら神妙な顔つきでそう言われた。


「あ、ああ…そうなのか。まぁ頑張れ。」

とにかく無難に言っておくとする。


「ふふっ。なにそれ。…うんありがと。また会おうね。」


そう言うと身を翻して行ってしまった。


「なるべく他人との関わりは絶ちたいんだけどな…」

なぜか、放っておけない雰囲気を醸し出していた。去り際に、どこか思いつめるような、そんな表情をしていた気がする。


「でも、俺はお人好しじゃない。ひねくれてるんだから。」

もう、できることなら会いたくないとそう思った。

彼女が去った後には冷たい風が吹いていた。―――

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